第18話 2010年1月31日

2014年11月28日      STORY FOR 5 YEARS      Tagged with:



旅行業ではなく宿をやろう、だったら誰かがやる前にいち早くはじめよう。そんなことを本間君が言い出してから一ヶ月が経った。年が明けても僕らの混線した状況はほとんど変わらず、計画通り世界一周に行くのか、行かずに宿業に方向転換するのか、はたまたその間に折衷案はあるのか、いまだ意見はまとまっていなかった。

単に意見が割れているのではなく、この一ヶ月の間にそれぞれの考えが何度も変わっている。そして一度たりとも全会一致となっていない。仮にいっとき全員の意見が揃っても、次の日には誰かが「いや、やっぱりこれは、」などど言い出して決まりかけた方針も解消されてしまう。

「世界一周で強固な理念を見つけるべきだ。知識も経験も無いのに、何で勝負をするのかと言ったら想いしかないじゃないか。今なら無理なく始められるから、だなんて安易な選択をしたら今後もその安易な価値観に縛られる」


と誰かが発せば


「は?今の働ける環境も、稼いだお金も、世界一周行って帰って来たら何もないじゃん。想いがあったって起業できなきゃ仕方が無い。借金するの?したことないのに、その重圧に耐えられるの?」


と誰かが野次り、


「将来するのが旅行業じゃないんだとしたら、世界一周の旅に事業化に向けてのモデリングの意味合いはなくなる。世界の宿を見てくるってのなら、それは一人だってできる」


と誰かが提言すれば


「だからそれは参加者にとっての企画の意味が変わってくるよね。全然その人たちの気持ち考えてない。自分勝手すぎるでしょ。誘った責任があるんだよ」


と誰かが抗弁した。

 

しまいには「というかこういう可能性を想定して話を詰められなかった俺らの負け。どれをとっても負けよ。ある意味企画は失敗だわな」「一番つらい道を行って決めよう。今までもそうしてきたじゃないか」などと、言っても仕方の無い話をし合うほどに僕らの議論は迷走した。

 

今回、議論が長引く中で、自分たちではなく周囲の人にも意見を求めた。

専務は相変わらず、「世界一周なんか行ったって意味が無い。しない方がいいに決まってる」の主張を変えず(かと言って宿をやるために今踏み出せというわけでもないが)、ひとまずまだしばらくはたい焼き屋でお金を稼ぎなさいと強く僕らに教えた。

逆に宮嶌父と宮嶌兄は世界一周に行くことを推した。「お前らぐらいの年で明日食う飯を心配するぐらいなら生きる価値はない。もっと大事なものを築きなさい」「宿ならなおさら世界を相手にすることになる。じゃあ世界を見なきゃ。見てないものは伝えられないし、誰もやったことが無いから魅力的なんだろ」とそう言って、 別々に相談したにも関わらず、二人は違う言い方で同じ方向に結論づけた。

 

しかしそのどちらの意見も僕たち全員の考えを統一させるには至らなかった。


「代表がブレてるんだから、そりゃ全部ブレるわ」


この一言を最後に、僕らの議論はぴたりと止まってしまった。先月の発言をきっかけに、はっきりと輪郭を持って大きくなり始めた本間君への不信感は、未だ好転する兆しを見せていないのだった。

それ以上誰も何も言おうとはしなかった。本間君は誰の視線も捉えず黙って何もない場所を見つめ、僕たち三人は引き取り手のないその陰鬱な沈黙を自分たちで持ち帰った。以後、ミーティングは開かれていない。

 

 

ミーティングが開かれない間、家の空気は冷えきっていた。ただでさえ気温が下がるこの時期は自然と考えが縮こまる。積極的にコミュニケーションを取らねば、感情がどんどん薄昏い方に傾いていってしまうというのに、不和を引き摺った僕らにはそれができなかった。極力会話を無くすことが、僕らにとって一番自然な選択であるように思えた。

本間君は「どちらにせよ宿業での起業が現実的に可能なのかの確証が無いと前提が成り立たない。それ無しではそもそも議論ができない」と言って一人で観光庁のデータを集めたり、都内のバックパッカーに一人で泊まったりしていた。店に出ない分の穴埋めは僕たちや新たに据えた店長が行い、本間君は家を空けることも多くなった。僕らは益々すれ違うばかりであった。


「はあ、」


僕は町田店の締め作業を終え、歩いて古淵駅へと向かっていた。店も暇なので一日考える時間ばかりある。かと言って気の利いた発案は特に無く、家から引き摺り出した重苦しい空気を日中店の中で遊ばせてはまた背中におぶって帰っていく、そんな日々だった。


一体どうすればいいのか。僕は今後の決定よりもむしろこの四人の不穏な空気を憂い始めていた。ミヤはすっかり怒って本間君とは極力話したくないと言った様子だし、琢也君はそう簡単に話は聞かぬという態度な上に厚木店があるためそもそも家に居ない。

本間君はそんな二人に対し、どうしていいか分からないという気持ちと構っていられないという気持ちの半々と言ったところか。とすると僕は一体どうなのだろう。先月の段階では、どこかごっこ遊びみたいな遣り取りにうんざりしていたところはあったけれど、今はそれどころではないし…。


とにかく、どうにかしないとこのまま事態は進展しない。今のままではどの選択をとっても明るい未来はやって来ない気がした。


あれこれと思い悩む中で、僕は一人の人物のことが頭に浮かんだ。本間君の弟の智裕君だ。彼は本間君のことを良く知る上に時折僕たちに客観的且つ的確な意見をくれる。観察力に優れているのか、僕らと会ったことは数える程しか無いはずなのに個人の性格や考え方を良く把握しており、いま相談するには一番の相手だと感じた。




そう思いついたあたりで家に着いた。「ただいま」とドアを開けて中に入るが明かりは点いていなかった。ミヤはまだ帰って来ていないようだし、本間君も外に出ている日なのだろう。絶好の機会である。思い立ったが吉日という言葉は今までどれほどの人の背中を押したろうか。とにかくぼくは早速、智裕君に電話をかけることにした。


「はい、もしもし」


数度呼び出し音が鳴ってから、大きくも小さくもない落ち着いた声が電話口で僕を迎えた。どうしたの、いっしーから電話なんて珍しい、と智裕君が続ける。


「うん。突然ごめん、実は」


と僕は昨年からのあらましを彼に説明した。たい焼き屋の売上げが下がったこと、旅行業から宿業へと方向転換することや世界一周をするかどうかで揉めていること、本間君の仕事や生活態度、行き過ぎた個人行動により不信感が生まれていること、それら全てが関係し合って、今後の方針が定まらないこと、四人の中に感情的な不和が生まれていることなど。

うまく話せるか不安だったが、話し始めてみると思いがけない程にするするとそれらは溢れ出た。


話の流れ上、本間君の粗雑さを実弟に伝えねばならないのは心苦しかったが、説明せぬことには現状を伝え切れない。感情の摩擦が今回の話をややこしくしていることは間違いなかったからだ。一方で「起業する」などと意気込んで親の反対を押し切った自分たちの実力が話すほどに見えてきて、自身の恥をさらすようで情けなくもあった。


しかし智裕君は僕の話に関して、別段不快さを感じるわけでも、失望するわけでも無くただ相槌を打って聞いていた。そして僕が話し終わってから、「まあ、」と言って間を置いた。答えを望んでいながら、僕は彼のその計るような余白に緊張した。見透かされているような気がした。


「まあ、兄ちゃんはそういうところあるから。みんなで続けてこうと思うんならそれはもう諦めるしかないですよね」


彼はそういって、呆れた風にほんの少し笑った。智裕君が初めに取り沙汰したのは本間君の素行とそれについての僕たちの態度だった。


智裕君のその簡潔な回答に対し、僕には「ああ」と不思議に腑に落ちるものがあった。すぐに返事ができないぐらい、今まで足らなかった言葉が全身にゆっくりと満ちていく。僕にだけとって言えば、ここ数ヶ月で積み重ねて来た悩みを、彼はたった一言で解決した。

「諦めるしか無い」という表現は「受け入れるしかない」よりも随分と現実的な響きで以て今の現状を正確に言い当てている。有り体に言って、これ以上無い程にその通りなのであった。


そして僕らがいくら不満を漏らしたところで変わらないということだ。十数年一緒に生きてきた弟が言うのだから説得力がある。


智裕君はその本間君の素行に対し肯定こそしないものの、一言たりとも糾弾しなかった。糾弾は言い過ぎだとしても、ふつう相談される側としては相談者への同情などがあってもいいと思うが、それが全くない。そして同時に気付かされた。「あぁ、これは僕も不満を漏らしたかっただけなのだ」と。だから余計に腹に落ちた。


僕は誰かに本間君のことを正してほしかったのだ。「そのやり方は自分勝手だし、みんなに迷惑を掛けている。道理を通せ」と誰かに言って筋を通して欲しかった。自分ではそれが言えなかったから鬱屈としていたのである。

琢也君とミヤが分かりやすく半旗を翻していたため、僕は安易にその立場を取るまいという思いもあったが、それはあくまで建前で、 自分の意見を述べて抵抗することから逃げていたのだろう。


そのようにして膠着していったこの状況を他の誰かに判断、いやもっと言えば裁判してほしかった。より客観的な意見からの断罪を求めていた。そしてその結果「罪はなし」と判決が下された。悪いところはあるのかもしれないが、今のメンバーで続けるんだったらそれは仕方の無いことだ、と。

もともと僕が望む形ではなかったのだろうが、そうかそうかと靄が晴れて行くような気持ちだった。これでいい、とそう思える実感があった。


僕が浸っていると智裕君が話題を移してくれた。つまり、宿泊業と世界一周についてである。


「とりあえず宿業の方が進むのなら市場調査は必須でしょ」


「うん。確かに」


僕も持ち直して答える。智裕君が続ける。


「そして市場調査をする為だったらその為の経費は惜しんじゃだめですよね。もっと大きなお金が動きうるんだから。だから今の兄ちゃんの動きは正しい。今はみんな不信がってるからなかなかそういう頭で考えられないかもしれないけど」


ぐうの音も出ない。まったくその通りである。そして、最後に聞かれた。


「で、いっしーはどうしたいんですか?」


少しだけ考えてみた。初めから持っていた思いに関して、ぼくは本当にそう思っているんだろうかという確認作業である。


「うん。この良くない空気をなんとかしたい」


そう答えた。本心だった。


「そしたら変えられるのはたぶんいっしーしかいないと思いますけど。今兄ちゃんは孤立してる状況みたいだけど、このままなんとなくバランスが持ち直すことってないと思います。誰かが意識して行動を変えないと」


僕はその提案に短い頷きで答えた。そうだと思う、などと応答するのは薄っぺらい気がしたからだ。空気を感じ取ってくれたのか、智裕君はそのまま続けた。


「三人で話したことってあります?」


僕と琢也君とミヤで、ということだろうか。本間君のことを?


「いや、無いと思うなたぶん。いつも四人でのミーテイングだから」


「話聞いてるときっと三人で責めるような形になってると思うんですよね。いっしーは中立のつもりかもしれないけど、そもそも力が均衡じゃないから、たぶん今は逆効果」


先ほど思い当たった節を思うと中立すらも怪しかった。中立に見せて傷のつかない位置から本間君への攻撃に加担していたのだろう。ただのレトリックだけど、人は誰も自分の生きたいように生きているという台詞がある。言葉に縛られる必要は無いが「自分の望まない状況を自分で望んで作り出していることがある」ぐらいの訓戒として心に留めておきたい。


「もし関係を好転させるきっかけを作るんだとしたら、一度兄ちゃんを外して三人で話した方がいいと思います。批判したり責めたりしていい。できれば初めから全員でそれをする方がいい。責め続けていっても相手がいなかったら空しいので、どこかで行き止まります。その場に居ない人のことをフォローしようという反動が場に生まれます。 起業でも世界一周でもなんでもいいけど、全員で成し遂げたい目標があって、そのための建設的な議論をしようという気持ちがあれば尚更です。機会を逃さなければ空気ぐらいは変えられます」


ありがとう、と最後に伝えて電話を切った。気付けば30分以上の長電話になってしまった。僕はそれまでもたれていた壁から背中を滑らすようにして座り込んだ。完膚なきまでに打ちのめされてしまった。本当にただの大学生だろうか。

さて、僕はこれからどう動いたらよいだろう。相変わらず誰もいないしんとした部屋で、僕は暗転中の舞台のような、静かな緊張感に包まれていた。

 

 

それから僕は次のミーティングまで本間君寄りに舵を切ることにした。「肩を持つ」と言ったらいくらか邪な表現に聞こえるかもしれないけれど、理解者と代弁者になろうと思った。

僕は積極的にミヤと琢也君と話す機会を作り、しかしわざとらしくはならないように彼らの、そして僕ら三人の感情による揺れを整地しようと努めた。


そうして数日が経つうち、本間君の調べ上げた観光庁のデータを全員でシェアしようという主旨で会議が開かれた。前回黙ったまま話が終わって以来のミーティングだったが、僕の行動によるものかどうかは分からないものの、今回はつつがなく終了することができた。僕たちを纏っていた重苦しい空気も少し緩んだように感じた。一時は本間君に目も合わせなかったミヤも会話の中で少しだけ笑うようになっていた。


また、今回は他にも大きな一歩を踏み出すことができた。会社をいつ起こすかは分からないが、創業時の事業内容に宿泊業を据えることが内定したのである。本間君が調べて来た結果について全員で話す中で、大手が牛耳る旅行業に大量の資本を投下してニッチな旅行業を行うよりも、宿泊業としてバックパッカー宿を行う方が金銭面でも機会面でも堅実的だという結論になった。

「旅行業では、どうやっても”この旅のスタイルがいい”という価値観を押し付けることになる。宿という箱を作って、そこで自由に旅を楽しんでもらうというやり方で、もともと俺が考えていた旅のイメージは十分実践出来ると思う。旅の楽しさを味わえる空間をつくろう」という本間君の主張も今回はすんなり受け入れられた。


少しずつ、本当に少しずつ、停滞していた空気がずっと遠くで僅かに開いた窓に向かって流れはじめていた。

 

時を同じくして、僕らの間である新たな提案がされた。それは、僕たちのこの状況を世界一周の参加希望者に包み隠さず話してみようというものだった。


十二月のミーティングの時点では、そういった提案自体「参加者を幻滅させる」と反対意見が出そうなものだったが、良いか悪いか、膠着したこの一ヶ月強の中で起こったとある変化がその状況を変えていた。僕たち以外に五人いたはずの世界一周の参加者が、これまでの間に一人になっていたのである。

お金を集められなかった人も多いし、そもそも本気じゃなかったのかもしれないと思わない訳じゃなかったけれど、なにしろ僕たちがこんな状態である。こちらにも少なからず原因はあるわけでその人達の不参加を責められようはずもない。


最後に残った参加者は翔太郎君と言って、元々は琢也君と同じ高校のクラスメート、大学時代には琢也君とアメリカ横断の旅をしたこともあるという僕たちの友人である。参加を決めるのは一番遅かった彼だが、聞くと資金も順調に貯まっていっていると言う。

ミヤが言い続けている「参加者への責任」はありながらも、現在は翔太郎君ただ一人だけ、それも琢也君の昔からの顔なじみということもあって、意味合いは大きく変わっていた。「もしかしたら世界一周に行かないかもしれない」というある意味無茶苦茶な企画中止の可能性を伝えても、 過剰に落胆せず、ただ翔太郎君の思う事を率直に伝えてくれるのではないかという予感があった。

 

翔太郎君に打ち明ける事で合意した僕らは彼を八王子の家に呼んでミーティングする場を設けた。


“元々考えていた旅行業から宿泊業に事業の内容をシフトチェンジする流れになっていること、その場合資金と機会が潤沢な今のうちに起業し、それに伴い世界一周に行かないという選択を取るということも考えている。”

“しかしそれは本当に自分たちのするべきことなのか。参加を決めてくれた人にとっても、将来の自分たちにとってもここで世界一周に行くのが道理の通った方法なのではないか。”

―そんな様々な要因から一ヶ月以上も全員で頭を悩ませている、ということがまず本間君の口から翔太郎君に伝えられる。そのあとで僕たち三人も現在のそれぞれの意見を翔太郎君に話した。


翔太郎君はミーティングの初まりから表情を変えず、ごくごく真面目な顔で話を聞いていた。全員が話し終わり、彼は僕たち全員を順に眺めるようにして見て、それから少し困ったように表情を緩めた。

「ちょっと、考えさせてくれ。直ぐには意見出せん」


翔太郎君はそう言って落ち着いた仕草で煙草を取り出し、ベランダへと向かった。普段煙草を吸う琢也君や本間君もそれには続かず、煙草を一本分のその時間を僕たちは黙って凝視していた。


「あー。むずかしいなあ。これはなあ。」


ベランダから戻り、元の席に座った翔太郎君はやはり少しの笑顔でそういった。そして彼の意見を一つずつ、僕たちに伝えてくれた。


「まず、極端な話、ここで『誰もいかない』って言う選択をみんながしたとしても「話が違うじゃねーか」とは絶対ならない。そこは心配しないでほしい」


うん、と僕らはゆっくり深く頷く。


「そしてその分、俺がいるから、悪いから、みたいな考えで世界一周に行くと決定することもしないで欲しい」


「俺がメンバーだったら将来のことを考えて行かないって言う選択を推すかもしれん。いや、いややっぱそれでも行こうって言うかもしれん。どっちの考えも分かるから難しい。変な話、企画倒れももしかしたらあるかもと思ってはいた」


「希望はもちろん、今まで描いてたイメージ通り全員で世界一周に行きたい。最終的にはみんなが決めてくれていいけれど、その代わり、こうなった以上は俺も必ず行くとは言えない。誰も行かない、全員で行く、数人が行く…どのパターンになるにしろ旅のスタイルは大きく変わるし、成された決定に対してまた行くか行かないかをもう一度決めさせてほしい。行かないという選択を取ることだってあり得る」


ということだった。僕らも彼のその主張に対し再び深く頷いた。翔太郎君は結局最後まで、だから俺のことは気にするな、と僕らの気持ちを軽くするような言い方をしてくれたんだと僕はそう感じた。


OK、と言って本間君が手を叩き、僕たちはそこで姿勢を崩した。コンビニで買ってきた缶ビールそれぞれ開けて、車座になって世界一周や旅の話をした。

世界一周には全員で行く、という「前提」でルートや必要項目についてああだこうだと話し合う。翔太郎君がいるせいか、雰囲気はいつもよりも明るく、みんな軽口や冗談を言い合ったりして楽しい時間が過ぎていった。 思い返してみれば、みんなで酒を飲むのもいつぶりなのか分からないぐらい、久しぶりだった。

 

ただの空想になってしまうかもしれない世界一周の話でひとしきり盛り上がったのち、僕たちはまるで全員で図ったかのように、ゆっくりと落ち着きを取り戻していった。そうこれは仮初めの盛り上がりなのだ。世界一周をどうするか決めなければならない。決めるための条件はほぼ、出揃っていた。


「本間が最大納得する答えを頑として出すしかない」


会の終わりに、翔太郎君を含めた僕たち全員はそんな風に言って結論を付けた。僕は聞きながら、ミヤのお兄さん、ヒロさんの言葉が思い出していた。

「選択を誰かに任せる、ってのはそれは人のせいにしてるのと、責任転嫁と同じじゃないの。何でもっとぶつかり合って全員で決めないの」


しかし、これは本間君のせいにしたわけではないと自信を持って言えた。本間君は、確かにだらしないところもあるけれど、それでも、これから進む先を打ち出すのは、それは僕ら三人には出来ない仕事だった。 そして彼自身、任されるのを望んでいるのだろうとそう思った。きっと僕のした動きも無駄ではなかったのだろう。

その日はそれで解散し、次の日の朝、僕らの家に泊まった翔太郎君をみんなで見送った。本間君は別れ際、真面目な面持ちで翔太郎君に言った。

「この先の結論は俺が出す。だから、もう少しだけ待ってくれ」

翔太郎君に向かって言ったその一言は、まるで僕ら三人に向けて言っているみたいだった。だから信頼してほしい、と。翔太郎君はふ、と穏やかに笑って、別れを惜しむような言い方で言った。


「俺はどこかで、根拠もなくみんなで行くと思ってるけん」


本間君は言葉では返さず、じゃあまた、と手をあげて玄関から出る翔太郎君を見送った。翔太郎君もそれにならって手を挙げ、今度は僕ら三人がそれに答えた。

 

 

それから三日後の夜、本間君がリビングに僕たちを集めた。全員が席に着くと、前置き無しで彼は話し始めた。

「世界一周について、今まで出た意見全部踏まえて考えたんだけど、決めてきた」

「うん」


その話だろうと思っていた。僕らは腰を据えて静かに構えた。聞きたいが聞けば確実に何かは失われる、そんな緊張感が全員の間に漂う。

「2:2で、世界一周班と、日本残留班に分かれる」

一瞬胸が詰まる。2:2という言葉に様々な思いが交錯する。琢也君もミヤも同じだろう。自分は「どっち」で「誰と」組むのか、僕たちは固唾を飲んで次の言葉を待った。僕たちの視線を察して本間君が口を開く。


「俺といっしーが日本に残って市場調査、物件取得、ホームページ制作もろもろ現実的な作業を担当する。英語が話せて海外のものを吸収してこれる琢也と、将来宿にとどまって運営をしていくミヤが世界の宿を見てくるために世界一周」


自分の名前が出たことが分かり、一旦遅れて思考が追いつく。そこで初めて感情が湧く。世界一周には行けないかという落胆、反面市場調査の方が役立てそうだという安心、琢也君とミヤの組み合わせへの心配、翔太郎君と三人なら上手く行きそうだという期待。そして諸々を飛び越えて確かに一番バランスの取れた選択であるという思い。ふう、と緊張を押し殺した分の溜め息が外に出て行く。そうか、僕も意外と世界一周行きたかったんだな、と思うと少し笑えた。

 

琢也君とミヤの方を伺うと、二人とも何も言わず黙っていた。僕と同様、多方面に思惑を巡らせているのかもしれない。そんな様子を汲み取ってか、本間君は「ちょっと、考えてみて」と席を離れた。


三人になって僕が切り出す。反応がないので分からなかったが率直に、二人はどう思ったのか。

「決定についてはOK」


琢也君が短く答える。決定については、という言い方が気になったがそれ以上は言葉が続かなかったので、足りていないのは単に心の準備なのかもしれない。


「妥当な選択だと思う」


続けて、やはり短くミヤが答える。


「特性の違う二組のチームになる上、やることも増えるだろうから、それぞれ今よりも自分の役割をはっきりさせることが重要になりそうだね」


と言って僕は締めた。世界一周に行けない気持ちを誤摩化そうとしているように聞こえるのが嫌で「良い決定だと思う」というような言い方はできなかったが、「決定についてはOK」「妥当な選択」のその二つの答えは、表現の仕方も含めて非常によく理解出来るものだった。

改めて僕の仕事について考えてみる。市場調査というか、分析が好きなので向いていると思う。本間君とのコンビも順当である。ホームページをつくったことはないものの、学生時代に本間君と一緒にその「仕組み」みたいなものを一通りさらったことがあった。


本間君がリビングに戻って来て、三人とも納得した、という旨の返答をした。それを聞いた本間君が、よし、では、と口火を切る。


「これで、決定にします!」


本当は拍手でも欲しいところだったが散々言い争いを続けた僕らにとってそれはいささか虫のいい態度だったし、考えてみればそもそも僕らは努めて拍手をするようなタイプではなかった。全員で「はい」と頷くぐらいにとどめ、では早速、と浸る暇もなく翔太郎君に連絡を取ることにした。

選択次第では行かないこともある、と言った翔太郎君の事が思い出される。僕らはなんとなく連絡の手段にメールを選び、決定の内容とその経緯を簡潔に書いて送った。返事はすぐに返ってきた。


内容は、“世界一周、行きます。” だった。


ただ、最初の想定よりも人数が減った三人旅になるのであれば、今まで計画していたよりもっと自由度を増したい、ということだった。それについてはこれから出発までにゆっくり話し合おうということになった。

行くことに決めてくれてよかったという気持ち半分、翔太郎君ならきっとそういうと思っていたという気持ち半分で僕はとにかく胸を撫で下ろした。

 

 

翌日、今までよりも軽やかな気持ちで仕事場から家に帰ると、本間君が既に帰っており、買って来たばかりらしい本を数冊整理していた。


「おー、おかえり」


とりあえず僕はただいま、と返す。何の本?と聞こうとしたが本間君の発言に遮られた。


「いっしー、会社を起こそう。このままなるべく早く。早急に」


へ?と僕はあまりの展開の早さに耳を疑った。だって昨日世界一周が決まったばかりだってのに。だいたい、会社を起こすってのはいくら早くたって開業時期に合わせてではないのだろうか。


僕の反応に構わず、本間君はさも大真面目といった風な表情を続けている。

テーブルに並べられた本のタイトルを見ると「いちばんやさしい会社の作り方」とあった。

 

 『いちばんやさしい会社の作り方』

 

僕は頭の中で何度かそのタイトルを復唱した。





※この記事は当時書かれていたブログや日記を元に、また新たに書かれています。