第20話 2010年4月21日

2015年6月23日      STORY FOR 5 YEARS      Tagged with:



実に中学校の修学旅行ぶりの京都である。

久しぶりに降り立った駅前は僕が記憶しているよりもずっと多くの人が行き交っていて、この一ヶ月の間に訪れたどの街よりも賑わいがあった。

 

指定されたゲストハウスのカフェまで歩いて行くと本間君が入り口に近い席に座って待っていた。本間君も僕に気付く。

 

「おおー久しぶり。…って、いっしーだいぶ旅慣れた感じ出たねえ。おつかれおつかれ」

「まあさすがに一ヶ月もこれ担いで転々としてればね。あっという間だったなあ、思い返すと」

 

そう言って僕はバックパックを下ろす。荷物が増えるような旅ではなかったが、家を出た時と比べそのバックパックには方々傷や汚れが出来ており、時間の経過をよく示してくれていた。

 

会社設立から一ヶ月も経たない3月のはじめ、本間君と僕はたい焼き店を残りの二人と新店長たちに任せ、予定通り国内のゲストハウス調査へと乗り出した。

持ち物は青春18切符と日本の安宿が収められている「日本放浪宿ガイド」のコピー(本だとかさ張るし本間君と二人分買うのは勿体なかった)、訪問するオーナーさんに質問する事項をまとめたインタビューシート、 それから泊まり合わせた旅行者に尋ねるためのアンケート。他には着替えと洗面用具だけを詰め込んで合計40日の国内調査へと出掛けた。

 

僕が北海道、東北、関東、中部。本間君は同日に出発して中国、四国、九州、沖縄。軒数の多い東京と京都(大阪含む)は二人で見て回ろうということになっていたので、始めの数日を終えて別れて以来、最終地点の京都で再び合流したというわけだった。

 

本間君は「旅慣れて来た」というような言い方をしたけれど実際の内容が旅と言えるものだったかと言われると少し怪しい。観光する時間はほとんどないし、交通費と宿泊費以外は食事も含めほんの少ししか使えない。会社の形にはしてみたものの実際に利益を生む事業を持たない僕らはとにかく掛かる経費を節約する他なかった。

個人的な貯金もすべて資本金に突っ込んでしまったので持ち金も当然ない。行った先でなにか美味しいものを食べ飲みしたいと思うこともあったがそんな時は出発前の出来事が自然に思い出された。

 

——出発前、銀行からの融資などは受けることのできない僕たちは、友人を頼って更なるお金を工面するための相談をした。知り合いだと言っても、いやむしろ知人だからこそお金の相談というのはしづらいものだ。相談する方もされる方も少なくとも気持ちのいいものではない。

僕が相談する相手すら選べず戸惑っていたあるとき、本間君が晴れやかな顔で僕たちに報告した。

 

「徹君が、貸してくれるって。100万円。これで資本金に手を付けず国内調査に行ける」

「えっ」

 

うまい驚き方がわからなかった。徹君というのは本間君がオーストラリアに行っていた頃に出来た友人で、僕たちも何度か会っている。年は僕らとそんなに変わらないし、元が三味線引きで今は植木屋。100万円が少ない金額であるはずは絶対にない。

 

「『金は返さなくていい。元々お前らにくれてやるための100万だから』ってさ」

 

本間君と徹君の信頼関係というのはどれほどなのだろう。相談する相手もほとんど見つからない僕からしたら想像もつかないほどだった。

 

「お金はもちろん返すけど、気持ちが嬉しいよね」

 

そうやって嬉しそうに笑う本間君の顔と、徹君の台詞とを思い出すと余分にお金を使おうという気持ちは消え失せ、ほとんどの日を最低限の食事で過ごしていた。電車で一日移動してしまうときなんかは摂らないこともあった。

昼さえやり過ごせば昼食は夕飯と一緒に摂れる。 夜さえやり過ごせば夕食は次の日の朝飯と一緒に摂れる。一食抜いたから腹が二倍空くかと言ったらそういうわけではない。バックパックの中に忍ばせていた徳用のパスタが何度も役に立った。

 

「どうだった、そっちは?」

 

僕は目線をバックパックから戻し、本間君に尋ねる。

 

「だいたいは電話で話した通りだけどね。まあここでってのもなんだし、ちょっと出よう。久々の再会だし、一応ゴール地点だしさ」

 

そう言って本間君は悪知恵を思いついたような笑い方をした。

 

「出よう、って、まだ明るいうちから…」

 

なんだかんだ言って僕はこの共犯者に向けるような笑みに弱い。先程の話と対照するようだけど、ここまで食費を抑えて来たおかげで飲みに行く分ぐらいの余裕はあった。本間君の方の予算は、どうか知らないけれど。

 

宿に荷物を預け町に出て、そのまま烏丸のあたりまで歩く。夕方も早い時分だったが、大通り沿いの焼き鳥屋の提灯が灯っていたので僕らはそこに入ることにした。事前に店を調べたりはしなかった。ゆっくり話が出来てビールが飲めればとにかくどこでもよかった。

二人分のビールと焼鳥を適当に頼み、「じゃあとりあえずおつかれさま、ってことで」と言って乾杯をする。店で飲むこと自体久しぶりだ、美味しくないわけがない。飲みすぎないように気をつけて本間君の方を見遣ると、資料入りのファイルをバッグの中から取り出すところだった。

 

「さてじゃあやりますか、振り返り。日本全国の中で、どこで宿を開くのが一番いいか。と言っても俺の方の結果は一昨日あらかた話してからほとんど変わってない」

 

僕も本間君に倣ってファイルを取り出した。中にはオーナーさんへのインタビュー、宿泊客へのアンケートが詰まっている。それから、折りをみて考察をまとめたものも。

アンケートやインタビューシートを作ったことが無い僕たちは知り合いの中小企業診断士に言われた『100人聞いたら100人が同じ意味に取るようなものでなくてはならない』の言葉だけを頼りに、出発前の限られた時間でなんとか形にした。

 

各宿のオーナーさんへのインタビューは「自分たちも宿をやりたいんです」と伝えた上であくまで先方の好意の元、教えて頂こうという話になった。

失礼があってはいけないが、「ここだけは必ず聞いておきたい!」という事項もある。 あとは実際に行った時の様子を電話で共有しながら少しずつ修正していくことにしていた。

 

僕と本間君は5日に1度ぐらいの頻度で連絡を取り合う際、シート内容の修正と共にそれまでの私見や考察も自然な成り行きで発表し合っている。“あらかた電話で話した”とはそのことだ。僕は本間君に答えて言った。

 

「そうだね、じゃあもう結論からでいいんじゃないかな」

「了解。じゃあ俺から行くよ」

「たぶん、ほとんど一緒だと思う」

「まず、場所は東京都」

「うん。観光資源に近いか、空港からのアクセスが良くてトランジットになるような駅」

「やっぱメインの集客は外国人旅行者頼みになるだろうからなあ。且つ、駅からは徒歩10分圏内ってとこ」

「もちろん近ければ近い方がいいから、駅から同心円上に探すようになるだろうね。うん、異論なし」

 

 

だね、と本間君が最後に言って意見の合致をお互い確認した。

 

『東京23区内の外国人旅行者が多く集まる駅(トランジット駅、観光資源付近の駅etc)、徒歩10分圏内にある物件』

 

これだけを聞くと当たり前のことのようでもあるけど、全員が地方出身者の僕らは東京へのこだわりが全くないし、むしろ田舎の方が好きなぐらいだったので 地方の都市の方が収益が上がりそうだと判断すれば迷わずそちらにしていただろう。

その上での、東京。これまで様々な人にお世話になって、迷惑と心配をたくさんかけて、やっと始められる自分たちの最初の事業。とにかく失敗するわけにはいかなかった。好みなどは一切無視して「一番収益が見込める条件」として割り出したのがこの結論である。

 

判断に関しては僕と本間君に一任させてもらうことになっており、二人の意見に相違がないのでまず間違いなく決定であろう。なんというか、安心したような気持ちと拍子抜けしたような気持ちで肩の力が抜けた。

 

「こういう結果だけど、日本の色んな場所を見た意味はすごくあったと思ってる。いっしーはどう?」

「…言葉に尽くせません」

 

国内調査自体が本間君の提案なので、彼はそうだろうとばかりにこちらに笑みを向けてきた。

 

「よし、そうと決まれば京都と大阪で残りの数軒を訪問させてもらって東京に帰ろう。決まったら決まったで、かえって東京の情報が不足してる。また向こうで東京を中心に調べなきゃ」

 

僕たちはそうして京都大阪で何泊かしてから東京に帰った。京都と大阪でもまた素晴らしい宿と尊敬する人達との出会いがたくさんあったのだけれど、結論は揺るがなかった。東京に向かう高速バスの車中、「じゃあ日本調査の必要なんてなかったやん」と今にも言い出しそうな琢也君の顔が浮かんで少し笑えた。

 

 

**

 

 

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「気をつけて」

 

東京に戻って10日経ち、今度は僕らが見送る番だった。

 

「いまタイの情勢が不安やけんな。着いたら連絡入れるわ」

「物件探し、なにかあったらすぐ報告して」

 

うん、と僕らは頷く。

 

「翔太郎、たのむな」

 

本間君が翔太郎君の方を向きそう伝える。

 

「大丈夫大丈夫」

 

と翔太郎君は穏やかに言ったが、それはどこかわざとそうしているようにも聞こえ、かえってこれから向かう世界旅行への高揚を伝えているようでもあった。

 

国内調査の結果報告とたい焼き店の引き継ぎ、それから今後のスケジュールを共有するためのこの10日間。琢也君とミヤは僕らの調査が報告した内容におおむね頷いてくれた。

出発の日を迎え、物件の心配を一番しているのはミヤのようだった。さっきの台詞からもそれはわかる。これから色んな国に行けるのだからこっちのことは気にせず気楽に行ってくればいいのに、とも思うのだがそれがそうもいかないのが性分なのだろう。

 

僕たちが帰って数日してから、ミヤが「旅行中に泊まった宿の感想をまとめるレポートを作った」と言って僕と本間君に見せに来た。琢也君も海外用の宿の調査シートを作っていると言う。それを聞いて僕と本間君は驚いて顔を見合わせた。何か違うんじゃないか、と思った。

 

「あのさ、せっかく作ってくれたところ水を差すようなんだけど、こういうのはさ、要らないよ。ミヤと琢也は純粋に旅を楽しんで来てくれればそれでいい」

 

僕も同じ意見だったので本間君に任せる。

 

「もちろんあるのが無駄かって言われたらそうじゃないんだけど、きっと肩肘張らずにいろんなものを見て経験して来た方が、旅先で感じることってすっと体に入るんじゃないかな。せっかく色んな国行けるんだしさ」

 

二人はこの本間君の返事にどうも釈然としない風であった。どういう気持ちだったのかは僕たちには分からない。僕たちが物件探しをし始まる一方で自分たちだけ遊んでいる風なのが申し訳なかったのかもしれないし、悔しかったのかもしれないし、そのどちらでもないかもしれない。

 

「とにかく、楽しんで。俺たちの分も」

 

そのとき言った台詞を、本間君は空港でも二人に向かって繰り返した。挨拶は最低限、最小限。僕らは軽く手を振り、出発する三人の背中を見送った。

 

「行っちゃったね」

「行っちゃいましたねー」

「いいなあ、俺も行きたかった」

「知ってるよ」

 

本間君にしても僕にしても、その発言は半分本当で半分嘘だった。分かりやすく言って、僕たちは物件探しが始められることをすごく楽しみにしていた。世界一周よりも面白そうなことを見つけてしまっていた。そのために、世界一周をどこか「なんでもないこと」と咀嚼し終えていた節があったのだ。

 

とにかく早く始めたい気持ちでいっぱい。気持ちの面の準備はもうずいぶん前から整っていたわけである。

 

「よし、では行きますか!物件探し一日目!」

 

意気込んで僕らは成田から押上まで戻り、二人で歩みを並べ意気揚々と改札を抜けて駅を出た。

 

 

サアアアアアアアアアアア・・・

 

 

押上は土砂降りだった。

 

「なんか、思ってたのと違うね」

「なんか、思ってたのと違うな」

 

そう言い合って、僕らは気まずそうに笑った。

後になっても思い出せそうな、世界一周出発の日、そして物件探し開始の日だった。

 

 

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2010/04/21 Narita Airport

*これらの記事は当時書かれていブログや日記を元に新たに書かれています。