20.5話 2010年5月10日

2015年12月14日      STORY FOR 5 YEARS      Tagged with:



入谷という駅に初めて降り立つ。一応東京に住んで三年目になるけど駅名を聞いて何も思い浮かばないぐらいまったく馴染みが無い。

 

「どう、『入谷』」

 

ゲストハウスの物件探しが始まってからというもの、新しい駅に降りる度に僕は本間君にこの質問をしていた。名前の響きに好き嫌いがあるらしいのである。「押上」は好き、とかそういうごくごく個人的なやつだ。名前なんてそのうち馴染むし何でもいいと思うのだが本間君にとっては重要らしい。

始めは「はいはい」という気持ちで聞いていたがあまりに好き嫌いがはっきりしているので僕もだんだん聞くのが面白くなってきた。

 

「『入谷』?ふつう」

「あ、そう」

 

そういうパターンもあるのね。

 

階段を上って地上へ出ると早苗先輩が待っていた。「やあ」と手を開いて挨拶する先輩。

 

「おっすなえちゃん」

「こんにちは〜」

 

早苗先輩は僕らの大学の先輩で、同じくゲストハウス開業を目指して都内で物件探しをしている。18歳の時に出会った大学の同級生(本間君)とこうして物件を探している正に同じタイミングで、同じ頃に出会った大学の先輩も別口でゲストハウス物件を探しているというのは考えてみればなかなか面白い事態だった。

ちなみに本間君はある時から早苗先輩に対してタメ口になったようだが僕はずっと敬語のままである。

 

「ひとまず行こうか」

「不動産の担当の人は物件前で待ち合わせだっけ」

「ですね、時間もそろそろですし」

 

物件に向かって三人で歩き出す。今日これから見に行く物件は元々早苗先輩が見つけたものだった。「一人で運営するには物件自体が大きすぎるから」という理由で内見前に却下しようとしていたのを僕らに教えてくれたのである。先輩もどんな物件か興味はあったようで今回は三人で見に来ることになった。

 

駅から歩いてすぐに低い家と路地で構成される住宅エリアに入る。建物は古いようだけれどこれまでに見てきた墨田や谷中とはまた雰囲気が違う。

「暮らし」というよりも「生活」という表現がしっくりくるような普段着の街。ただその分、歩いてみただけでは町としての魅力はあまり感じられない。

しかも上野から一駅とは言え、僕らが物件探しの条件で出した「観光資源、またはトランジットになる駅」にぴったり当てはまるとは言いづらい。浅草や押上、また空港からの電車が直接接続する上野や日暮里と比べると劣ってしまう。

 

物件の前まで辿り着くと不動産の担当者がいた。

正面から見た物件は、まあ普通。なんの変哲も無い白塗りの建物だ。入り口は小さい。

入口の鍵を開けてくれ「どうぞ」と中に案内されて入るが、やはり広くない。クッションフロアが敷かれた1階と、右手側の階段から上がれる2階が同じ広さだとして70平米ほどか。

 

「んー。いいですね」

 

本間君が担当の方に言う。「普通です」もしくは「あまり良くないです」という意味の「いいですね」。ただの相づちのようなものである。

そのことに気付いたかどうかは分からないが、担当の方は困ったような笑いをわずかに浮かべて「ええ、ただこちらだけでなくて」と僕たちの前に立った。

 

「この扉の奥、こちらが母屋になるんです」

 

そう言って僕たちが入ってきた扉とは反対側のもう一つのドアを開けた。

 

そうしてドアを通ってすぐ目の前に飛び込んできた風景に僕らは圧倒された。出来てどれぐらい経つのだろう、古く、しかし立派な木造の日本家屋。飛び石や池、灯籠が配置された日本庭園風の庭も家と同じ敷地分ぐらいある。その庭を、おそらく何年も手入れされていないのだろう、鬱蒼と茂った木々が隠していた。

僕らが通ってきた建物を含め、四方が他の家に囲まれているため、この日本家屋は外側から見ることが出来ない。まるで人目から逃れるように存在している広い敷地の庭と古民家。これまで物件探しをしてきたエリアに限らず、東京のどこでも見たことが無い景色。まだ中にも入っていないというのに僕たちはこの風景にすっかり心を奪われてしまった。

 

「元々は貸し主でもある『東京眼鏡会館』の会合などで年に数回利用されていた建物なんです。長い間住みながら管理をされていたご夫婦がいらしたんですが、その方ももうお年で」

「なるほど、更にその前、大元は何の建物だったんですか?」

 

玄関で靴を脱ぎ廊下を歩きながら話を聞く。家の奥へと続く廊下は目立った老朽も感じられない。

右手側は襖で仕切られた大きな和室。左手側には庭を見ることができ、廊下と外を木製のガラス戸が区切っている。戸を開け放てば庭を臨む縁側のようにも使えそうだ。

 

「それが諸説ありまして、はっきりとしたことはわからないんです。建てられたのも、戦後直ぐという話もあれば大正時代後期という話もあって。建物のことから考えると大正時代の方が真実味がありそうですが」

「どちらにせよかなり立派な家ですよね」

 

台所や風呂、階段の造りを見ても空間に余裕がある。書院造りの和室や板の間付きの和室、更に洋間まであって内部で言ってもこれだけ贅沢なつくりの古民家はやはりそうそう無いように思えた。下町の古い家といってイメージするものとは全く違うし、ここなら建物の魅力を生かした宿にできるかもしれない。

 

「どうでしょう、使い方というのも、なかなか難しいとは思うんですが…」

「ふーん。なるほど」

 

本間君が腕を組んで渋い反応をする。けれど、これは前面の建物の反応の時とは、たぶん逆。

試しに担当者の後ろを歩く本間君を小突くとこちらを見て目配せをしてきた。了解、と僕は思う。その反応に「この物件でのゲストハウス」が現実味を増した気がして僕は静かに興奮した。

 

これまで谷中や押上で内見した物件も、いいなと思うものはあった。不動産屋を訪れる正攻法だけでなく、電気メーターをチェックして、完全に停止している家の持ち主を隣家に聞き込むという方法も試した。その方が気に入った物件が見つかる。それでも見つけられた物件は「まあいい」というものであった。なんとかできそうかな、というぐらい。

しかし今日見ているこの物件は圧倒的に違う。ここは人を魅了する建物だ。

 

本間君の反応はむしろ興奮を隠す為のものなのだろう。創業から間もない上に外国人を含む不特定多数が宿泊する事業。「ゲストハウス」の認知度も低い。ただでさえ不安定な要因ばかり抱えているというのに、契約で関わる相手に浮き足立った印象は与えたくない。

更に担当の方の様子を伺うと、どうやら紹介に対して少々弱腰であるように見えた。確かに構造上飲食店としては使いづらいし、居住するにしても規模的に借り手のつきやすい物件とは言い難いだろう。痛んでいるところの手直しもかなりかかりそうだし。

こちらが決定に対して慎重な態度をしておいた方が、今後の交渉がしやすくなる可能性がある。要は本間君も本気なのだ。

 

そのまま家を見回って、庭を見て、もう一度前面の建物まで戻ってきた。母屋ありきで考えると、こちらの建物も使いどころは工夫できそう。

 

「オーナーさん側では、母屋の方を借りて頂けるならこちらの建物を潰して駐車場にするなどの方法も検討出来るようです」

「もろもろ、検討させて頂きます」

 

ありがとうございました、と担当の方に伝え僕らは物件を後にした。再び早苗先輩と三人になり道路を歩く。

 

「いやあ、すごかったね。どう?」

 

にこにこ、というかにやにや、というか笑みを隠さずまっすぐに聞いて来るところが早苗先輩らしい。

 

「うん、ちょっと考えてみる」

 

本間君はなおも冷静。僕はどうしようか少し悩んで、それでも早苗先輩に聞いてみることにした。

 

「先輩。改めてなんですが、本当にあの物件、僕たちに紹介していいんですか?」

 

たぶん同じような建物にこの先出会えることは無いと思っていいだろう。この物件を見つけたのはあくまでも早苗先輩だ。少し強張って聞いたが、ここで改めて了解を得るのが義理だと思う。

 

「いやあ、興味本位で着いてきてみたけど、実際見て、ああやっぱりこれ一人ではできないなあって」

 

早苗先輩はてへへ、という感じで笑った。それ以上はなにも、という返答だった。

 

「なえちゃん、本当にありがとう」

「うん。また話が進む時は教えて〜」

 

そう言って早苗先輩はひらり身を翻し帰っていった。二人になって、僕らは言葉を探す。

 

「とりあえず、コンビニでも行く?」

「そうしよう」

 

入谷駅から離れて、鴬谷に向かう途中のセブンイレブンに入る。飲み物だけ買って店を出て、僕らは壁にもたれ掛かった。

 

「いやさ」

「いやあ、ね」

 

お互い向かい合ったところでつい表情が緩む。

 

「めちゃくちゃ良かった!」

「めっちゃくちゃよかったー!もうあそこ!絶っ対やりたい!」

「いやあすごい!やりたい!あれ出来ちゃったりしたら本当に嬉しい!」

「物件取得出来るかどうかはオーナーさんとの話し合いによるだろうからまだ分からないけどね、ちゃんと狙い定めてしっかり交渉しよう!」

 

抑えの利かなくなった僕らであった。

物件探しを初めて二週間、奇跡的に良い物件に出会う。本間君が隣でガッツポーズを取る。僕ももちろん同じポーズを取った。

 

その後不動産屋さんの協力、オーナーさんのご理解、大工さんたちや手伝いに来てくれた知人友人たちの力添えの元、この古民家がゲストハウスtoco.としてオープンするのがちょうど5ヶ月後、2010年の10月10日のことである。