大学卒業後企業に勤め出してから半年が経ち、都外への出張もようやく一人で行かせてもらえるようになった頃だった。出張の時は郊外に宿を取ることが多かったので、夜の間は時間はあってもすることが無い。その日も長野市と上田市の間にあるビジネスホテルで時間を持て余していると、大学時代の友人、本間君から電話がかかってきた。

 

「次の日曜に東京に行こうと思うんだけど、時間ある?」

「うん、今んとこ予定は入ってないよ。」

「実は将来一緒に何かしたいなって思っている人たちをちょっと集めようと思うんだよね。21日に井ノ頭公園。来れる?」

 

電話口の本間君は何かしらの決意をし切ったかのようにやたらと快活であった。僕は少し間を置き、「うん、わかった、行くよ」とだけ答えてその短い会話を終えた。少し緊張していた。

 

本間君は大学一年の頃のクラスメイトで、人違いで声を掛けられて以来それなりに仲良くしていた。性格は僕とは対照的で、新しいことを次々に見つけ、「あれ、何かやってるな」と僕が気づく頃にはそちらの道に向かってもう随分と進んでいる、そんなタイプだった。悪く言うと飽きっぽいとも言えるのだが悪く言っても何もいいことは無いし何にだって二面性はある。

 

そんな性格もあって、本間君は大学三年時に大学を休学し単身オーストラリアへ渡り、一年間バックパッカーをしていた。そのため僕と彼とでは卒業が一年違っていたのだが、彼も次の春からは仙台の経営コンサルタントの会社で働き出す予定だった。卒業後も本間君とはたまに連絡を取り合っていたので、その内定を9月の頭に辞退したことも知っていた。その辞退の裏で彼が固めた決意が今日の電話の内容に繋がっていることを想像するのは難しくなかった。

 

正直どうしたものだろう、と思っていた。

 

僕に電話を掛けてくるってことはもちろんその「将来一緒に何かしたいなと思っている人」の中に僕も入っているのだろうし、実際大学時代にも何度か仄めかされたことがあった。しかしそれの一員になってうまくやっていく自信は僕にはなかった。計画についていく自信が無い、というよりも、いざその「何か」が始まったときに、自分に期待されているものが発揮出来ず、周囲をがっかりさせてしまうのを畏れていたのだ。ただ、こうして誘ってくれるが嬉しい気持ちもあり感情としては複雑だった。

 

取り敢えず直接話を聞くまで考えても仕方がないな、とその日はそれ以上考えないことにした。

 

日曜日がやってきた。

 

夕方の集合だったが、その日の朝に本間君からメールが来た。メールはその日集まる全員に向けて放っているようで、内容はその会の目的と集まるメンバーの紹介だった。集まるのは僕も含め10人ほど。大抵が東京都外から駆けつけるようだ。僕も一応全員面識があり、三味線を持って世界一周していた元旅人や自転車でオーストラリアを縦断した強者など本間君がオーストラリアで出会った人が半分、もう半分は僕や本間君と同じ大学の人たち、といった感じだった。その参加者リストの最後の方に僕の名前も申し訳程度に入っていた。他の人のように海外を旅したことなどなかったので、肩書きについては書かれていなかった。

 

明らかに僕だけ浮いているよな…とメールを見た時は少し不安になったが顔見知りばかりだったことに安心していたし、計画云々はさて置き彼らと久々に再会できるのが単純に嬉しくもあった。どんな集まりになるだろうか、と想像を膨らませていると、ふいに電話が鳴った。

 

電話は琢也君からで、彼も今回の参加メンバーに入っていた。琢也君と本間君とはシドニーでシェアメイトだったようで本間君の紹介で知り合っていた。都内在住で同じ中央線沿いに住んでいたこともあり、会社に勤めてからも彼とは何度か個人的に飲みに行っていた。

 

電話の内容は「今日吉祥寺に行くんやけど、いっしーどこかいい店知ってる?」というものだった。僕はまさか、とは思いながらも自分も夕方には行く旨を伝えた。しかし嫌な予感は的中していて、「えっそうなん?名前載ってなかったやん」と笑われてしまったのであった。載ってる載ってる、と心の中で反論したが、かくして僕は自分だけでなく、他人からも招かれざる客の称号を貼られてしまったわけだった。

 

夕方になり井の頭公園へと向かうと本間君を含め既に何人か集まっていた。着いてみれば久々に会う友人たちは僕を歓迎ムードで迎えてくれ、久々の再会に少々照れながらも全員と挨拶をし、面々と同様、公園のステージ前のベンチに腰を下ろした。その時点ではそれぞれ何人かに別れお互いの近況を報告しているような形だったが、僕らが取り囲んでいる中央のベンチに、飲みかけの缶ビールとともに数枚の企画書が置かれているのに僕は気づいた。

 

そこにちょうど本間君がやって来たのでこれは何かのかと聞いてみることにした。

 

「やっとやりたいことが決まったんだ。まあ、見てみてよ。ここにまとめてあるから。」

 

表紙をめくるとこうあった。

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Chill out.

→(1)仲間とくつろいで時間を過ごす (2)一息入れる、魂を鎮める

これが僕らの旅のキーワード。 僕らにとって、観光=旅じゃない。 ゆっくりと流れる時。 眼前に広がる雄大な景色。 快く流れる音楽。 お気に入りの本。 仲間。

地球と、人間と、自分に向き合う時間。

共に生きていこう。 共に旅をしよう。

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「旅の価値観を伝えてゆく」ということについてが、これから本間君が目指していくものとして、その企画書に書かれていた。それを自分たちの仕事として継続させるために会社を起こす必要があり、それに必要な資金の獲得と必要な資格についても書き添えられていた。メンバーについては何も書かれてはいなかったが、「やりたいことをやりたい奴とやる」という、シンプルだけれども恐らく実現するのは困難であろう内容の言葉が指針として最後の方に書かれていた。

 

僕の後に来た人たちも含め、皆がその企画書に目を通し、本間君とその内容について個別に話していた。本間君と話す他はそのまま方々で雑談を続け、本間君が全員に向けて何か決定的な演説をするような場面は無かった。その後会場が居酒屋に移ってからもそれは一緒で、企画書の内容ついてや、一緒にやろうという投げかけに関して、本間君はあくまでひとりひとりと話しているようだった。

 

興味深く聞く人がいて、アドバイスを投げる人がいて、「俺はずるいからな。それがうまく行くようになった時にまた誘ってや。がはは」と笑う人がいた。僕はというと完全に場の観客になったつもりで、どんな人が今どんな風に考えているんだろうか、とか、誰だったらうまく行くかな、とかそんなことをぼんやり考えていた。企画書の内容が旅に関してのものだったことでより意識させられたのだが、その時点で僕にとっては、本間君の目指す会社もその集まり自体も、どこか遠い世界の話になっていた。それに気づいてか気づかずか、実際本間君も僕とはほとんど話さなかった。

 

しかし僕と同じ年代がこうして集まり、会社を起こしたいという個人に対し、わいわいがやがやと盛り上がっているその光景を見るのは実に気持ちの良いものだった。そこに集まったみんなの表情や声のトーンは終始明るいものであったし、なにより本間君が楽しそうだった。この企画書がいつ形になるのかは分からないが、彼ならたぶんその内やってのけてしまうんだろうとそう思った。そう思わせる雰囲気が、この集団から滲み出ていたのだった。

 

それから最後に本間君が軽く挨拶をし、三次会に流れる人たちと家に帰る人たちに分かれた。都外から来ている人や終電が過ぎてしまった人は、琢也君の家に泊まることになった。折角なのでと僕も同行することにし、その日は6畳の部屋に男7人を無理矢理詰め込まれた状態で眠りについた。

 

Written by Takahito Ishizaki *これらの記事は当時書かれていブログや日記を元に新たに書かれています。