朝目を覚ますと、既に何人かは何も言わずに帰ってしまったようで、僕だけが起きていて、それ以外にまだ数人が寝ていた。普通ならみんなが起きるタイミングまでなんとなくゴロゴロとその場にいたり、もしくは「朝だねー今日どうする?」などと言って周りを起こしたりしていたかもしれない。しかし僕はこの人たちの「連れ合わなさ」が気に入っていたので、先の人たちに倣い、寝ている何人かを起こさぬよう静かに準備して琢也君のアパートを出ることにした。

 

きっと彼らにとっては「何も言わずに帰った」ということについて、「ああ帰ったな」という認識しかしないのだろう。昨日は大勢であんなに盛り上がっておきながら、今日は都外から来た人も含め、挨拶もなしにあっさりと帰っていってしまう。それが僕には少し可笑しく、心地よかった。

 

僕は家に帰ってから少し寝て、昼過ぎには溜まった洗濯をしたり掃除をしたりして過ごした。夕方ぐらいになって本間君から電話がかかってきた。

 

「今家にいる?」

「今日はもう出る予定はないけど」

「時間あったらちょっと寄ろうと思うんだけど」

「いいよ。駅は武蔵小金井。荻窪からは近いよ。北口から出て右に真っ直ぐね」

「分かった。じゃあもう少ししたら行くよ」

 

昨日の集まりは本間君から見てどういうものだったのか、果たして目的は達成されていたのか、その辺りについて聞いてみたいと思っていたので僕にとっても丁度良かった。電話での話し振りからして何かしらの話をしに来るのだろうし、それは昨日の話で無いはずがなかった。一人で来るのかどうかだけでも聞いておけば良かったな、と僕は電話を切ってから思った。

 

本間君は一人でやってきた。僕が部屋の中に招き入れると、本間君は近くのコンビニで買ってきたコーヒーをテーブルの上に放り、そのまま迷わずに椅子に腰掛けた。僕はベッドに座ることにした。コーヒーは二本あった。

 

「さて、それで、だ。」

 

本間君はニヤリと笑って話を始めた。突然の訪問の後で話を切り出すには少々不敵な笑いが必要だったのかもしれないが、彼はあまりそういう笑いが得意ではなさそうだった。

 

「いっしーはどうだった?昨日の集まり」

「こっちもそれを聞きたかったんだよ。どうだった?」

「いやね、良かったね。よかったよかった。俺が今考えてることについて直接話せたし意見も貰えた。何より楽しかったね」

「そっか。それで、その企画書の話?はいつからスタートするの?」

「もう直ぐにでもスタートするつもりだよ。企画書は未だ”これをしたい”っていう俺の意思でしかないから、一緒にやる人と考えを摺り合わせてから、実際に会社を立ち上げるには現実的にどんな行動が必要か考えて動いて行く」

「でも本間君以外は殆どみんな働いてる人ばっかりじゃん」

「うん、だから暫くは働きながら頭をこっちにも使ってもらうしかないよな」

 

僕はふぅん、と曖昧に答えたが、同時に成る程、と思っていた。調べなきゃいけないことは今からでも沢山ありそうだし、確かにそれならすぐにでも踏み切れる。例えばバンド活動だって別に会社で働きながらやってたっていいわけだし、使える時間さえあれば仕事を辞めなくったって新しいことは始められる。

 

「いっしーは昨日どんなこと考えた?」

 

本間君がそう続けたので、僕は正直に伝えることにした。旅の価値観というものが自分には分からないので遠い世界の話のように感じていたこと。企画書についての良し悪しはおそらく今は判断できるレベルではないのだろうということ。それでも、このまま進み始めていつか形になってしまうんだろうな、という空気が感じれたこと。そしてチームを組むなら誰と誰が合いそうかな、などということ。

 

彼は興味深そうに聞いており、僕が話し終えると、「あいつがこんな感じでやってくれたらすごく楽しいんだけどな」とか「こんなキャラクター、チームには必要だよね」とか、そんな話に発展させていった。その時は、「共に仕事をする」という感覚では話していなかったようにと思う。共通してやりたいと思うことを一緒にやって、それが結果として仕事というものになっていくのだ、という漠然とした意識があるだけで。そもそも僕らは「仕事」ってものが一体何なのか、そこのところがよく分かっておらず、近くにいる人とどんなことができるのか、と、結局その論点でしか話せなかったのだ。

 

その内に夜になり、僕と本間君は外で夕食を取ってそのまま駅の辺りで別れることにした。別れ際、「何か役立つ話が出来たのかどうかわからないけど」と僕は加え、彼は「いや、よかったよ」と応えた。よかったよってそればっかりだな、と思ったが、まあそれもいいか、と思い直した。駅からの道を僕は自宅に向けて一人で帰り、久々に濃い週末だったな、と昨日今日みんなと話したことをもう一度思い返してみた。家に帰ってから頭が少しぼうっとしていたのでその日は早めに寝た。

 

 

週が明けてからの頭は完全に仕事用に切り替えていたし本間君とも連絡は取らなかったので、今回の集まりのことはそれから殆ど思い返すことなく少しずつ日常を取り戻していくだろう、と僕は思っていた。

 

しかし、集まりから未だ一週間も経たない内に本間君が再び家にやってきた。

 

「琢也を誘った。あいつは一緒にやるってさ。今勤めてるところも年内には辞めるって」

「えっ。…そうか、やっぱり話が進んだね、それはそれは…」

「うん。いっしーも一緒にやろう。今日は誘いに来た」

 

正直驚いていた。しかし今にも次の句を出そうとする本間君のペースに巻き込まれるのを畏れた僕は、素早く空唾を飲み込み、「とりあえず一から話を聞かせてくれ」となるべく落ち着いて言った。本間君はまたしてもニヤリと下手に笑った。

 

*これらの記事は、当時書かれていブログや日記を元に、今回また新たに書かれています。