「なんで琢也を誘ったかっていうと、簡単に言うと俺と正反対の人間だから、だね」

「一から聞かせてくれ」という僕の質問に本間君はこう答えた。前回の話し振りから考えても、本間君は確かにやるかやらないかでは悩んでいなかったし、どういう企画を作ればうまく行くかに関して考えていた訳でもなかった。「誰とやっていくのか」を決める段階にあり、この答えは確かに適切だと言えるのだろう。

 

「…正反対って言うとどういうこと?」

 

琢也君とは何回か飲みに行ったことはあっても、まだ付き合いは短かったので僕は聞いてみることにした。

 

「なんつーか、考え方の根本が違うんだよな。思考回路が違って今までの生き方も当然違う。あいつは俺に無いものを持ってて、逆に俺はあいつに無いものを持ってる。俺がチームを作ったら、こうだ、って思う方向に丸ごと持ってく自信がある。でもそれってある意味危険な状態で、力ずくで立ち止まらせる奴が絶対必要なんだよね」

 

「それはなんとなく分かるよ」

 

「もちろん全てが違えばいいって訳じゃなくてさ、大切にしたい部分とか根っこのところは共通してなきゃだめなんだよ。ただ、それを成し遂げる為に別の道を選ぶような奴がいて欲しい。俺の中でそれは琢也だからさ」

 

本間君は落ち着いた話し方でそう言う。座っている椅子をたまにくるりと動かして視線を変えたり、机に載せた手に頬を置きながら話したりと彼はあくまで自然体で、一方僕はベットに座って本間君の方を向き黙って話を聞いている状況である。もしここに誰か第三者が入ってきたら誰もが彼の方をこの部屋の主人だと思うだろう。

「成程。それで琢也君は?」

 

「あいつは…うん、なんていうか、あまり驚いたりもしなかったし、直ぐに決めたよ。多分こうなることを少しは予想してたんじゃないかな」

 

「会社は直ぐに辞めるって?」

 

「年内中には辞めるつもりらしい。琢也が今勤めてる会社もあまりいい状態じゃないらしいし」

 

「そうかあ…」

 

僕が会社いつ辞めるのかを聞いたのはもちろん自分の状況と照らし合わせる為だ。この質問が終れば、僕は本間君からの誘いについて考え、答えねばならない。琢也君の考え方を少しでも聞いてみようと思ったのだが、話を聞く限りあまり参考にはならなそうだった。琢也君はどうもほとんど迷っていないからだ。

 

「でもさ、琢也だけじゃだめなんだよ。多分ことあるごとに衝突してうまく行かなくなる。そこの間に入って…というかもうちょっと大きく、チームの状況や状態を客観的に見れる人が必要で、それでいっしーを誘ってる」

 

僕の個性は本間君がうまく言い当てていて、そこに関しては確かに自分でも得意なつもりでいた。今どんなことが起きてるかとか、誰がどんなことを考えてるかとか、建前と本音が分かったりとか、それは長所というよりはどちらかというと癖みたいなもので、臆病な人はどこかしら同じような癖を持っているものだと思うのだけれど、実際役に立つことも多いので、「折角だから」と自分でも大事にすることにしている。

 

僕は一番気になっていることを聞いてみた。

 

「でもさ、この前も話したけど旅とかそういうの経験ないよ?実感として分かってないものを目標に目指せないだろうし、”誰かに伝える”ときにスキルとしても持てていない」

 

「それは、俺は、大丈夫だと思う」

 

「えっ?」

 

「旅の価値観を伝える、って、俺はそれを大事にしたいって企画書にも書いたけれど、正確に言うと旅をして自分が感じた、”価値観が広がる瞬間の気持ちいい感覚”を伝えたいのであって、んでそれって別に旅しなくても感じれるんだよ。俺は旅で感じたし、そうなりやすい環境にあると思うんだけど、旅で知らなくたって別にいい。旅に出ようぜ!とか旅って最高!って言うつもりはこれから先もないし」

 

と、本間君は一切を滑らかに、けれど力強く話し切った。彼自身が考え、納得した答えをなぞって話しているから不思議な説得力を持つのだと僕は改めて実感した。

「んで、その感覚はいっしーはもう知ってると思うし、そうでなくても想像出来るはず。それからそれを良いものとして向かっていける」

 

「自信満々だね」と僕は少し笑った。

 

「まあそれはいっしーが判断すればいいところだと思うけどさ。少なくとも俺は気にしてないってこと。まあでもどっちにしろみんなで行くでしょう、旅。そしたら分かるんじゃない?」

 

「その辺はアバウトだなあ」

 

本間君はけらけらと笑った。僕の気分はこの時はもうだいぶ砕けたものになっていた。本間君がはっきりと僕を誘う理由を伝えてくれたお陰で、期待に応えられないんじゃないかという畏れが殆ど消えかけていたし、必要としてくれる人に自分の力が活かせるならそうしたいと思っていた。 僕はもう少し質問を続けることにした。

 

「他にも誰か誘うつもりはあるの?」

 

「うん、あとはミヤを誘おうと思ってる」

 

ミヤというのは僕や本間君と同じ大学の同級生で、大学時代には本間君と同じ学生団体で活動していた。前回の集まりにきていた唯一の女の子で、卒業してからはイベント関係の職場に就職し千葉で働いていた。

 

「ついでに聞くけど、ミヤはどうして?」

 

「あいつは、ほら、なんでもできるから」

 

「確かに」

 

ミヤは一言で言うと万能型だ。なんでもこなせる上にパフォーマンスが高い。リーダーになってチームを統率することもできる。学生団体では本間君が代表でミヤが副代表だった。

僕はそこでなるほどと思いついてペンと紙をとり、縦線と横線でその紙を四つのブロックに分けた。ペンで横軸に「狭⇔広」縦軸に「攻⇔守」を書いて、右上にミヤ、右下に僕、左上に本間君、左下に琢也君の名前を配置した。

「こういうこと?」と聞くと本間君は「なるほどね」と眉を上げた。

 

それからの話の中で、本間君は改めて「一緒にやろう」と誘ってきたり答えを求めてきたりはしなかった。本間君が帰る時、「じゃあどうするか決めたら連絡くれ。色々言ったけどとにかく俺は一緒にやりたいよ、ってことだから」と玄関先でそれだけ言って彼はドアを閉めた。今回は駅まで送らず「わかった」と応えそのまま玄関で見送った。

 

——数日後、僕は本間君に電話をかけ、「自分も一緒にやろうと思う」という旨を告げた。

 

その数日間は悩んでいたというよりも色んな事柄を整理する期間に充てていたという方が正しい。直ぐに返事をするのも軽率で嫌だと言う意識もあった。

働いている会社に不満があったわけではなく、むしろ楽しく仕事をしていた。ただ、「別にそれじゃなくてもいい」という気もしていた。選択肢が与えられ、会社を辞める道と会社を続ける道にレベルの違いがほとんどなかった。決定した瞬間の自分は驚くほど身軽だった。今日はこっちの道で帰ってみようかな、というぐらいの「やってみてもいいかな」が僕の中に満ち、決意というには申し訳ない程の「決定」がされた。社会人一年目、23歳。考えてみれば失うものは何もなかった。

 

琢也君に初めに話が行っていて、彼が既に決めていたことも僕にとっては大きい。本間君が先に僕を誘っていたら話に乗っていたかどうか分からない。うまく行かない気がするからだ。それなりに長い付き合いなのでその感覚は間違っていないと思う。僕には折衝するほどの力、というか主張が無いのだ。ただその代わり緩衝することは出来るので、本間君と琢也君の間に僕は役割を見い出せた。

そんなことを電話で本間君に伝えた。今度は僕が話す番で彼は聞いていた。

 

「しかしミヤが入ったとしても、なんというかばらばらのチームだなあ」

 

と僕は僕の話を結んだ。色が近い者同士の強固なチームという印象はこの四人から受けなかった。まあね、と本間君は軽く同意してから「それでも俺の中での三人への共通点はあるからね」と続けた。

 

「何、それ?」と僕は聞いた。

 

「三人とも一緒に働きたいと思ってるし、なにより尊敬してる」

 

僕はこういうやり取りが恥ずかしいのもあってそれにはうまく応えられなかった。

そんな空気に上塗りするように本間君は「とにかくありがとう、また連絡するよ」と締めて電話が切られた。 電話を切ってから僕は深く息を吐きベッドに寝転んだ。

肩のあたりが凝っていて、電話の間少し緊張していたことを僕に伝えた。

 

*これらの記事は、当時書かれていブログや日記を元に、今回また新たに書かれています。