僕たちが四人のチームになってから二ヶ月が経とうとする頃、仕事を終えた僕はミヤのアパートへと向かっていた。スカイプでのミーティングには四人とも慣れて来ていたが、年が終わる前にやはり一度顔を合わせて話をしようという風に前回のミーティングで決まったからだった。ミヤが住む千葉の街はクリスマスの準備に際し賑わっていた。駅から少し離れた住宅街に入ると、街の光を引き継ぐように、木々や塀に飾られた電飾は遠くの方までちかちかと各家庭を照らしていた。青や橙の慎ましい点灯はそれぞれの家にそれぞれの平和なクリスマスが訪れることを予感させた。

 

「今年はクリスマスどころじゃないなあ」と、足を止めてふと思った。すぐに「いや、今は決めねばならないことや考えねばならないことが沢山あるのだから」と思い直す。会社と自宅を行き来し、空いた時間に季節労働や世界一周のプラン立てをする。友人とも会わない生活が続いていた。初めての都会暮らしも相俟ってかふと寂しいような気分になることも確かにあったが、世間の流れと距離が置かれるのは当然、と僕は気分を改め目的地へ向けて足を早めた。

 

 

ミヤの家についてドアを開けると既に三人分の靴があった。どうやら僕の到着が一番遅かったらしい。時計を見ると21時を回っていた。僕の到着に気づいたのか、奥の部屋から「入って来ていいよ!」と元気な声が聞こえた。「お邪魔します」と僕は靴を脱ぎキッチンと部屋を分けるドアを開けてリビングに入った。

 

「よう」と本間君は笑って手を挙げ、琢也君はチラとこちらを見て「おお」と何か言葉を放ったように見えたがそれは挨拶に相応しい声量とは言えなかった。「ご飯食べてないよね?」とミヤがいいながらいそいそとお椀を準備している。テーブルの真ん中では大きめの鍋の中で沢山の具材がぐつぐつと煮えていた。

「お疲れさま」と僕は手を上げ彼らに答えた。四人で集合したことなんてほとんど無い筈なのに僕はその平凡で温かい光景に懐かしさを感じていた。道すがらの思考の反動もあってか、自分でも驚くぐらい安心して自然に微笑んでしまっていた。単に仕事を終えて一息つけた安堵ととってくれていればよいけれど、と急に恥ずかしくなり心の中で苦笑した。僕は僕の為に空けられていたテーブルの一辺に腰を落ち着け「いただきます」とお椀を取った。

 

ご飯が食べ終わり「さてではお願いします」とミーティングが始まった。初めのうちはSkypeのミーティングになれてしまっていたせいで、顔を見合わせて話すことにどこか照れやぎこちなさが伺えた。当たり前だが、こういう微妙な表情の変化や空気の揺らぎも面と向かって話してみないと気づけないものだなと改めて感じた。勿論それらは大きな問題ではなくすぐに普段の調子を取り戻してミーティングは進んだ。

 

この二ヶ月で個人の能力や適性に合わせて仕事の分担は自然と出来ていった。本間君はチームの理念や季節労働の計画づくり、琢也君は起業に必要な情報集めや季節労働の試算、ミヤは世界一周の企画づくりで、僕は情報発信。2010年4月の世界一周出発を目指し、次の3月には世界一周の参加者を集める為の告知を開始する予定だった。僕の仕事は友人や応援してくれる人が見れるブログやホームページをつくり、季節労働と世界一周、その先に目指す事業のカタチと僕たちの現在の状況を外に公開することだった。僕やミヤは仕事を終えて家に帰ってからの限られた時間内での作業となっていたが、今のところはほぼ予定通りに進んでいたのでこの日は進捗の報告程度で済んだ。

 

四月からの季節労働については、一番初めに働かせて頂く予定のお茶工場の社長と本間君が連絡を取り合っているところだった。季節労働の先輩である本間君の友人から社長を紹介してもらえたのは良かったものの、先方は直接僕らに会ってから働いてもらうかどうかを判断したいと話しているそうだ。女の子がいることも危惧しているという。来年の年始の三日に四人で静岡まで出向き、挨拶をさせていただく予定を本間君が取り付けていたので、「その時にしっかり自分たちを売り込もう」と意気込みこの日は挨拶に伺う日のスケジュールに関して話し合った。

 

しなければならない話も終わり、会社を辞めて自分たちで起業を目指すという今の状況について親や上司の反応はどうか、という方向に話は展開した。本間君は両親とも話した上で僕らのことを誘っており、彼の両親の意見については僕たちも聞いていた。しかし他のメンバーの親が今回の計画についてどう思っているかに関してはお互い知らないままだった。

 

琢也君は今月に入ってから僕とミヤに先駆けて会社を辞めていた。経営コンサルタントの会社であったため夢を追って独立していく人も多く、琢也君の上司は一切驚いたりはせず真剣に話を聞いてくれたそうである。会社を辞めることに関しても反対はされなかった。しかし資金を季節労働で集めようとしている点と、何より「仲間とやる」点で何点か忠告を貰ったとのことだった。琢也君がその忠告を僕らに伝え、僕らはうんうんと聞いた。

 

また、琢也君の父は大分では有名な焼肉チェーン店の経営者であり、琢也君が決意を表明したときも「起業?ガハハハ。やってみろ、絶対無理だ」と大声で笑われたという。琢也君はそのことに関して多くは語らなかったが、彼にしか感じ得ないプレッシャーを抱えているのは分かった。

 

僕は会社には未だ言っていないものの親には既に相談してあった。実際に話すまでは「大学を出してもらって申し訳ない」とか「折角しっかりした会社に入ることができたのに」という気持ちが僕の中にあって、二人を落胆させてしまうんじゃないかということばかり考えていた。しかし両親が僕に言ってくれたのは「タイミングは本当に今なのか」「友達と始めて、今は良くてもお金のことで元の関係すら保てなくなることだってあるんだぞ」等、僕の心配ばかりで仕事を辞めることや考えの甘さを責めるようなことは一切しなかった。申し訳ないなどという考え方がなんだか酷く自己中心的であるように思えて、僕は今の状況に浮き足だっていることを改めて感じた。両親は最終的に「賛成はできない。しかしそれでも止めはしない。後は自分で考えなさい」という結論を僕にくれた。

 

ミヤは会社の上司に話した際、起業を目指すことだけでなく会社を辞めることに関してもしっかりと反対されたと話した。「辞める人に対して会社として反対することはある。しかし君のことついては私個人としても反対だ。未だ君はここで何も見つけて見つけていないだろう」とミヤの上司は言ってくれたという。

 

そして彼女の場合は彼女のお父さんからの反対が大きかったようである。ミヤのお父さんも経営者であり、僕たちの計画がいかに無謀か、どれだけ考えが甘いか、想像力が足らないかについて懇々と語ってくれて、一つの反論もできない状態だったとミヤは言った。「すべてその通りだと思った」とミヤが最後に言って、僕たちはそのまま全員口をつぐんでしまった。僕や琢也君や本間君の親と違うのは、会社を辞めることに対して全面的に反対していることであり「そこまで言うならやってみろ」というような赦しが一片としてなかったことであった。

 

暫く沈黙が続いた後本間君が言った。

 

「ミヤの実家へ、山形へ行こう。そして直接お父さんと話そう」

 

本間君以外の三人が無言で本間君の方を見た。

 

「意見をぶつけに行くんじゃなくて、聞きに行こう。失敗するって言われてるなら失敗しないようにアドバイスをしてもらおう。その上でどうしてもミヤと一緒にやりたいと思ってるっていうことを、そこだけをしっかり伝えよう」

 

本間君はまさに真剣そのものといった面持ちだった。

 

「本気で起業しようとするなら騙そうとしてくる人だってこの先絶対出てくる。人と違うことをしようとしているんだから、無理だって生じる。その中で俺たちを心配して意見をくれる人の言葉には全て真剣に耳を傾けよう。どうするかはその後でまた考えていけばいい」

 

琢也君の父も、それぞれの上司も、ミヤのお父さんも、僕たちよりも当然物事が見通せる人たちの話であってそれはきっと的を射ているのだ、とそこは僕たちの共通の認識でもあった。だから本間君のこの発言は現状を解決する案ではないけれど、今の僕たちにとって出来る唯一のことを指し示した提案であると言えた。同時にここまで続いていた暗いムードを壊すのにも十分な発言だった。

 

「全員で山形まで足を伸ばせるのは仕事の始まる前の年始休み。静岡のお茶工場に挨拶に行く前の日、なんとか会ってもらえるよう聞いてもらえないかな」

 

ミヤは携帯電話を取り出しすぐさま実家に電話をかけた。

 

「2日ならゆっくり話せるって。予定、合わせられそうだよ」

 

ミヤも僕たちも本間君の提案に同意した。考えてみれば9月から今まで自分たちなりに細かい活動や準備を続けて来て、全員で大人の方に意見を貰える場はここで初めてできたわけだった。「うん」と僕らは顔を合わせて頷き、僕らの間の緊張は少し和らいだ。その後は鍋の残った具材をつまみにビールを飲んだ。しばらくしてから僕はリビングの床の上に横になった。

 

みんなはそんな僕には気づかずに「会社ができたら名前はどうするか」だのなんだの、ここでは絶対に決まらないだろう議題について白熱していた。まじめな話し合いだけでなく、こんなふうに僕ら自身が楽しく過ごす時間も僕らには必要だったのだ。それはくだらない話でもなんでも良かった。こうしてみんなで話す度にすこしずつだけれど色んなものが動いていく。周りを流れて行くものに粗雑にならず、自分の感情にも、他人の意見にも丁寧に接しながら行動していこう、と本間君の言葉を自分なりに咀嚼した目標を立て、わいわいと三人の楽しそうな議論を聞きながら僕は目を閉じた。後から聞いた話ではそのまま一番先に寝てしまったそうである。

 

翌朝、ビールの缶と未だ寝ているみんなの体を踏まないように気をつけながら歯を磨きに行くと顔と足に落書きがされていた。 僕は何だか懐かしい気持ちになりその落書きに向かって小さく微笑んだ…りは決してせず、後ろの毛布の中でもぞもぞと動く三人をきっちり睨みつけてからひとり黙々と落書きを消した。消しながら、来る前に感じていた寂しさのようなものが自分の中からすっかりと無くなっていることに僕ははっきり気付いていた。

 

*この記事は当時書かれていたブログや日記を元に、また新たに書かれています。