1月3日。僕たちは東京でレンタカーを借りて静岡へと向かっていた。

 

運転席に本間君、助手席に琢也君、後部座席に僕とミヤが座った。四人でどこかに出掛けるのはもちろんこれが初めてだった。

琢也君が助手席の窓から煙草の煙を吐き出す。冷たい外の風に溶け込み後方に流れて行く煙を見ながら僕はぼんやりと昨日の出来事を思い出していた。

 

静岡へと向かう前日、本間君と琢也君と僕の三人は新幹線に乗り米沢を目指していた。ミヤのお父さんに話を聞きに行くためだ。

 

福島に入ったあたりから窓の外は雪景色となり、さらに峠を越えて山形に入る頃には雪は大きな壁へと姿を変え町にどっかりと腰を下ろしていた。大分出身の琢也君はこんなにたくさんの雪を見たのは初めてだと呟き、色の消えた外の景色をじっと眺めていた。

 

米沢駅に着いた僕たちは持って来ていたスーツへと着替えた。会ったことも見たことも無い若造三人が考えも計画も不透明なまま経営者の娘を起業に誘おうというのだ。初めて会うときぐらいせめて身なりは整えねば、という気持ちの現れだった。前回の会合の際にミヤから伝え聞いた話から、今回厳しい意見を貰うことは分かりきっていた。

 

態度の表れ方こそ個人差はあれど、僕たちは誰もが緊張していた。

 

駅の駐車場でミヤと合流し宮嶌家へと車を進める。米沢の町について僕ら三人が感想を述べ合い、ミヤは律儀にそれに答えた。

放っておけば大きくなってしまいそうな緊張を四人で解きほぐすように、僕たちは普通の話題を探していた。

 

宮嶌家に着くとミヤのお母さんが迎えて入れてくれた。「こんにちは、お邪魔します」と僕らは口々に言い、案内されるままダイニングへと向かった。

 

宮嶌さんは夕食が並ぶテーブルの向こう側に座っていた。ダイニングに入ってくる僕たちの姿を見て少し驚いたようで「とにかくスーツは脱ぎなさい」と言った。「いえ、」と言いかけた僕らを「そういうことではないのだから」と宮嶌さんは制し、僕らは気恥ずかしいような思いで上着を椅子に掛け、席に着いた。

 

奥に座り粛然と僕らの準備が整うのを待つ宮嶌さんと、次々に新たな料理を出しながら明るく朗らかに僕たちの間に入るミヤのお母さん。ミヤの人間性のそのルーツを、二人に感じないわけにはいかなかった。

 

美味しい夕食を頂きながら、投げかけられた質問に僕らが答えるようにして会話は進んでいった。始めはそれぞれ個人のこと、そしてなぜ自分たちで事業を興そうと思ったかということ、最後に季節労働と世界一周を踏まえた今後の行動計画について。

本間君は言葉を選んで話した。というより、まだはっきりと言葉になっていないものに関しては安易に口に出さないように気をつけていた。分からないことは取り繕わずに分からないといい、それらは結果的にすべて嘘の無い発言となった。

 

厳しく批判されることもあるだろうと想像していたが、そうではなかった。もちろん厳しい口調で問われることはあったもののそれは批判とはほど遠いものであった。なぜそうするのか、と宮嶌さんは終始僕たちに、そして本間君に問うた。

それは考えが甘い、と言われた場面もあったがそんなときはそれを一つ一つ心にとどめるようにして僕らは頷いた。前回のミーティングで「それを大事にしよう」と言われていた姿勢でもあった。

 

宮嶌さんは「どうして今、全員で集まって始める必要があるのか」とも言った。

今の会社で働きながらの方が安定した収入があるし、たとえ会社を辞めるにしても全員で季節労働という見通しのつかない方法をとらなくとも、アルバイトなり地元に帰ってくるなりして別の方法で貯めたお金を持ち寄るでもいいじゃないか、と。

 

それぞれがそうするという方法もあるだろう、という言い方ではあったものの、それはもちろんミヤのことを指してのことだったしミヤ本人に向けての発言でもあった。わけのわからない三人の計画に現在の状況を捨てて巻き込まれのるではなく、一年後、本当に起業に踏み切れるとなったらそこで合流すればいいだろう、という提案だった。

 

ミヤは俯きがちに発言を控えているようだった。どう答えるべきか分からなかったのかもしれない。

そんなミヤの様子を知ってか知らずか、本間君はほとんど間を開けずに

 

 

「ミヤの力が自分たちに必要です。今、このスタートから一緒にやりたいと思っています」

 

 

としっかりと告げた。言葉にできることの少ない今の状況で、このことは口に出してはっきりと伝えられる、曇り無い強い意思だった。

 

宮嶌さんもお母さんも遅くまでつき合ってくれ、次の日も午前中から車を出してくれた。はっきりと許しがあったわけではなかったが、今回顔を合わせることで僕らの間に、特に本間君と宮嶌さんの間にある種の橋が渡された実感はあった。僕らは「何かあったらまた相談します」と伝え米沢を離れた。

米沢から東京に戻る新幹線で僕たちはそれぞれ昨夜の話を思いだし、ペンを取ってノートに書き留めていった。

 

 

小田原を抜け、御殿場を通り、お茶工場のある町へとレンタカーを走らせる。今日のこの旅の目的はお茶工場の社長に直接会い、働きたい意志を伝え、四月からの住み込みでの仕事を確約させることだった。

 

国道が走る町から丘に向かって坂を上がると、段になった畑がいくつも広がっている。実物を初めて見る僕らはそれがお茶畑だと気づくまでに数分の時間を要した。

丘を上り切る前にカーナビが役目を終え、僕たちは目的のお茶工場へと到着した。

 

ドアを閉め外に出ると、都会でも雪国でもない、程よい緑と晴天を仰ぐことができた。丘の中腹に建つお茶工場の敷地からはその小さい町が見渡せた。気持ちのいい土地だった。

ミヤは眼下の町に向かって気持ち良さそうに伸びをし、琢也君は逆に無表情に工場の方を眺めていた。僕は二人を見ながらここで数ヶ月働く姿を想像してみた。悪くない。右の方に目をやると少し離れて僕ら三人を見る本間君と目が合った。口の端が上がっていたので彼も同じことを考えていたに違いなかった。

 

僕らは工場の隣に建つ事務所の扉を叩いた。中から声が上がる。本間君の知人から聞いた「仕事のことになると理不尽なぐらい厳しい頑固社長」という文句を思い出す。一度抜いた肩の力を僕は少しだけ取り戻した。

 

「失礼します」

 

中に入ると、50歳ぐらいの男性が僕らを迎えてくれた。噂に聞いた頑固社長は、想像したよりもずっと小柄な、静かな雰囲気の人だった。

 

「初めまして、お話させてもらっております本間です。」

 

本間君に続き、僕たち三人も名前を名乗る。全員の名前を告げた後に、僕たちはお土産にもってきたお酒を社長に渡した。

社長は変わらず静かな空気を纏ったまま何言か言葉を連ならせて僕らに向けた一応の歓迎をしてくれた。しかしそこに笑顔は無く、穏やかさも無く、かといって僕らを計るような眼光の鋭さもなく、かえって僕たちの方が社長を窺ってしまうほど話していても何か手応えのないような感覚を感じた。

 

僕たちとの簡単なやり取りを終え、「まずは」と言って社長は工場を案内してくれた。

時期外れの工場は電源が落とされ暗く、だだっ広い空間を渡るベルトコンベアがただの質量としてその空間に鎮座していた。

 

作業現場となる二つの巨大なラインを社長の案内で回る。社長は現場の作業や機械について話したが、やはりなぜか会話をしているような気持ちになれなかった。説明書を音声付きで聞いているような、そんな人間味のない文字の羅列が僕たちの前に点々と並べられていった。焦点も僕たちの方に合っていないように感じる。

それが社長の元々の人間性によるものなのか、僕らが信用されていないのか、他の仕事や考え事で忙しいからなのか、その短い時間ではもちろん僕らに推し量ることはできなかった。

 

最後に通された部屋には頭陀袋が積まれていた。僕たち全員がその部屋に着き整列すると、社長は「持ってみなさい」とその頭陀袋を指して僕らに促した。持てない重さではなさそうだ。

誰が初めに挑戦するか、僕と本間君と琢也君が目で相談しているところに「これが持てないようでは仕事はさせられない」と社長はぼそりと加えた。

 

重さにして30kgほどだろうか。本間君が初めに持ち上げ、社長は肩に担ぐようなやり方を本間君に手解きしてくれた。琢也君とぼくがそれに続く。

 

その作業になって初めて、社長は僕らの方に真っすぐ視線を合わせた。「仕事のことになると」という本間君の知人の言葉が思い出される。

入社試験のようなものかもしれないと思うともちろん下手をするわけにはいかず、僕らは無言で社長の教えてくれた方法に倣った。三人とも問題なく担ぎ上げられた。

 

社長はその様子を見てふむ、と一拍置き、

 

「女の子にはさせられないから、何か別の仕事だなあ」

 

とつぶやき、僕たち四人を見比べるようにしてから踵を返し事務所へと戻っていった。

 

ひとまずは良かったのだろう。相変わらず笑顔はなかったものの、社長の空気が変わったことは感じることができた。僕たちは軽く息をつき、社長の後に続いて事務所へと入った。