ベッドに放り投げていた携帯電話が突然鳴った。ハンガーに掛けたスーツを一度椅子の上に置き電話を取る。着信は琢也君からだった。

琢也君から僕に電話がかかってくること自体そうあるものではない。ミーティングを待たずに脈絡無くかかってくるその電話が吉報である可能性は極めて低かった。

 

「大変な事になった」

 

琢也君は僕が電話に出るなりそう言った。案の定その声には焦りの色が含まれていた。

 

「えっ、何。どうしたの」

 

あれこれと可能性を考える。僕たちの間で電話を掛けてまで話される用件と言えば世界一周か季節労働のどちらかしかあり得ない。

二週間ほど前、僕たちは一年後の世界一周をブログとホームページで公表していた。一緒に行く参加者を募るためだ。しかし世界一周はあくまでも一年後の話。そこまで緊急性を持った問題が今起こるとは考えづらい。

 

となると、あとは十日後に迫った季節労働に何か問題が起きたと考える方が妥当だろう。

 

僕の問いに琢也君がやや早口で答えた。

 

「今連絡があって、来月のお茶工場、三人で行けなくなるかもしれん。社長が二人で来いって」

 

予想は見事に的中していた。一拍置いて僕はため息をついた。

 

大きく驚かなかったのはお茶工業の社長の気変わりはこれが初めてではなかったからだ。十日ほど前に社長から連絡があり、やはり四人は雇えないので二人で来て欲しいと伝えられていた。

一度四人で良いと許可を貰っているだけにこの連絡を受けた僕たちは社長に食い下がった。実家に働き口のあるミヤを後の合流とし、せめて男三人は働かせてもらえるように再度頼みこんだのだ。

 

交渉の末「そこまで言うならば」と社長が熱意を認めてくれ、胸をなで下ろしたのがほんの一週間前のことだった。

 

この一週間の間にまた社長の気が変わってしまったのだろうか。社長がどういった理由でまた意見を変えたのかは測れなかったが、だからといってそのまま納得するわけにもいかない。僕は詳細を確認するために琢也君に聞いてみた。

 

「また気が変わったって?今回は交渉のしようがなさそうなの?」

 

「おそらく。それどころか少し怒り気味らしい」

 

聞いてみると昨今の不況下にあって社長は規模を縮小するのではなく、逆に設備に再投資し今年から勝負をかけていくと意気込んでいるとのことだった。そのため働いてくれれば誰でもいいという今までの考えからなるべく経験者を揃えるような方向へ方針を変更したらしい。

前回と同じように熱意を伝えても、「働かせてもらえると決まったから他の三人は会社を辞めたんです」と抗議口調で話しても「それはこちらには関係のないこと」の一点張りで取りつく島がないと琢也君は本間君から伝え聞いた状況を僕に話した。

 

一月にお茶工場へ向かったときのことが思い出される。社長への違和感。了解してくれた瞬間の喜び。契約書など形に残るものを要求しなかった僕たちにも責任がある。思いつきもしなかった、といった方が正しいけれど。残念さと情けなさが混ぜこぜになって悔しい気持ちになった。

 

「二人で行くかどうするかの決定は一週間後の29日まで。また何かあれば連絡するわ」

 

と言って琢也君は電話を切った。

 

電話を右手に握ったまま背中からベッドに倒れ込む。部屋の天井を眺めながら僕は考えた。

 

僕たちに与えられた選択肢は大きく二つある。

 

お茶工場で働く予定の七月までを二人ずつの別行動にし、二人はお茶工場、他の二人はなるべく割のいい別の仕事を探すという案。

もう一つはお茶工場を諦めリゾートバイトなど短期かつ四人で住み込みのできる働き口を別に探すという案である。

 

お茶の期間が終る七月からは計画通りシャケ漁を始める形で季節労働に戻ればいい。しかしお茶工場での稼ぎが試算の上で一番大きな割合を占めている。二人だけ違う仕事をするにしろ四人で違う働き口を探すにしろ、お茶工場の穴を塞ぐような給料の良い仕事を探すのはかなりの困難になるはずである。

 

僕はいつか伝え聞いた本間君の弟からの諌言を思い出していた。

 

「んで、季節労働が途中でポシャったらどうするつもり?考えてないの?そこまで考えてやってるんじゃなきゃ遊びと一緒だろ。」

 

僕たちは、少なくとも狼狽えない程度には、突然うまく行かなくなる場合の危険予測を予めしておくべきだったのだ。

 

 

 

次の日、退職の日が迫る僕の為に支店の人が集まって駅近くの居酒屋で送別会を開いてくれた。突然の事態が気がかりではあったがもちろん行かない訳にもいかなかったし、僕自身お世話になった方たちに挨拶をしたかった。

 

「お前がこの先これ以上大きな会社に入る事はまず無い。断言してもいい。一年で会社を辞めたって言うレッテルがこれからもずっと着いて回ること、その意味を噛み締めてから進め」

 

「会社ってやつはさ、やっぱり辞めるやつには冷たいんだよ。…お前さ、金だけは気をつけろよ。んで『着いていこう』とは思うな」

 

「残念だけどな。残念だけど、しっかり頑張れ」

 

先輩、上司、支店長…いろんな人がいろんな事を言ってくれた。その額面とは別に言葉はどれも優しかった。僕にはそう取れた。たくさんの感謝の気持ちを伝えてたくさんお酒を飲ませてもらって店を出た。

 

しかし季節労働の計画が危ぶまれている事は、僕はどうしても伝えられなかった。

 

 

 

琢也君から電話を貰ってから、僕たちはなるべくいい条件での選択肢を増やすため、山小屋やリゾート地の募集をインターネットで探して片っ端から労働条件を聞きこんでいった。

退職の手続きを終えた僕とミヤはそれぞれ実家に帰ってその作業を続けた。琢也君は東京に残り聞き込みの条件を元にお茶工場で働く場合と比べるための試算をした。

 

問い合わせを始めてみてわかったことが幾つかある。

 

リゾートバイトの派遣はバイト先と直接ではなく、仲介業者が希望者の登録を取りまとめて必要なときに連絡を寄越すケースが多いこと。五月に入ってからの募集は多いが四月初旬からという微妙な期間で始められることろが少ないこと。給与面が案外不明確であることなどなど。

 

つまりお茶工場と比べて給料が明確でないもしくは確実に少ないという状況である上、雇用の形態によっては四人で時間を取る事が難しくなる可能性もあった。

四人で住み込みのできる別の働き口を探そうとしたのは、随時四人で事業や世界一周について話し合えるメリットがあるからだ。それがそもそも出来ないのであれば給料のいいお茶工場に二人を残してお茶の方でしっかり稼いだ方がまだ割がいい。

 

僕たち四人の意見も割れていた。

 

「チームを分けてでも少しでも多くお金が貯まる方を選ぶべきだ」という者がいて「四人で行動できるメリットを大事にしたい」という者が居た。

前者の代表者は琢也君で、後者の代表者は僕だった。

 

僕に関して言えば話し合いの時間が持てるメリットはもちろん、顔の見えない「向こう側の二人」が居る状況でお金の事だけを考えて忙しく毎日を送るより四人で苦悩しながらスタートした方が後々僕たち自身の結びつきが強くなると思っていたからだった。

 

しかしそれは甘い考えだという意識も同時にあった。いくら仲良く始められても一年後までに目標のお金が集まらなければ意味が無い。このとき、一年後に100万円持って世界一周しましょうという僕たちの呼びかけに応え、世界一周の参加を決めた人が既に二人いた。

お金を貯め始めている彼らへの責任もあるし、目標の金額が達成できなかったから貯まるまで出発を延期しますでは示しも格好もつかない。

それに、一年間で1000万円という大味で荒唐無稽な計画が、いつの間にか僕らの精神的な拠り所になっていた。無理をせねば届かない金額の設定が安易な妥協を妨げていた。誰に言われたわけでもないのにもしここで目標を変えたり届かなくてもいいかと甘えてしまえば起業そのものがはるか彼方へ遠のいてしまうような強迫的な感覚がいつの間にか染み付いていた。

 

他の三人と意見交換をする中、そんな意識もあり、チームを分けてでもお茶工場の線を残して少しでも稼ぐ方に僕の気持ちは変わっていった。四人で話し合う時間も結びつく意識も、あとでしっかり合流できれば取り返しがつくという風にも思えるようになっていた。

 

週の半ばに行なわれたSkypeのミーティングではそんな僕の意見も含めそれぞれの考えを話していった。ミーティングでは次のシャケ漁まで二人ずつ分かれて働く方向に話が傾きかけていた。

 

そんな折りだった。琢也君がふとある話を僕らに持ちかけた。

 

「…あと、これ、全然別の話なんやけど、うちの実家でいま白いたい焼きってのを売ってて、これがかなり売れてるらしい。当たればでかい」

 

突拍子も無かった上、白いたい焼きが何かもわからなかった僕たちは冗談だと思い「なんだよそれ」と軽く笑って流そうとした。

しかし琢也君は半分馬鹿にしたような僕たちに顔色を変えること無く「いや、親父もお前らやってみろって言ってくれてる」と続けた。真剣な口調だったので僕らは黙って話を聞く事にした。

 

琢也君の実家は大分で焼肉チェーンを経営しており、白いたいやきで売り出した会社に最近FC加盟してそちらでも何軒か出店しているとのこと。

 

白いたいやきは福岡発祥で現在西日本を中心に徐々に店舗を増やしている。一方東京には未だ二店舗しか無い状態でこれから必ず伝播していくというのが琢也君のお父さんの見解。

しかも直営店を含めた全店舗の中で琢也君のお父さんが開いた店が群を抜いて売り上げ一位を叩き出していた。

 

琢也君のお父さんは、東京に自分の焼肉屋を出すのが目標の一つらしく、今回たいやき屋を東京に出店してその足がかりにしたいという。

大分から社員を送ることもできるがそのためには寮となるような部屋を借りる必要もあるし土地勘が無いところから始めねばならないため僕たちがやってくれれば助かる部分もあるというわけだ。

 

つまり僕らにたいやき店経営のノウハウを叩き込むから店の責任者として入らないか、という話だった。

 

聞きたいことはたくさんあった。いくらぐらい稼げるのか、どういった形での営業になるのか、うまく使われるような話ではないのか、なぜお父さんの店だけそんなに売れているのか、まずもって本当に東京にもブームが来るのか…しかし琢也君も分からないことだらけだろうと僕は一度自分の中で考えを整理することにした。ミヤが黙っていたのもそういう理由かもしれない。

 

しかし、説明を聞き終えてすぐに本間君が訊ねた質問は僕たちとは違う軸のものだった。

 

「それで、琢也はどう思ってるの」

 

琢也君の提案の芯を突く的確な質問だった。そしてその問いに琢也君は毅然として答えた。

 

「俺はありだと思う。少なくとも積極的に選択肢に入れるべきやと思う。ただいくら稼げるかのか試算すらできなくなるからそこがわからんけどな。東京でやるなら余計。賭けにはなる」

 

琢也君がお父さんとその仕事を尊敬していることは全員が知っていた。言葉にはしていなかったがそう言い切れる自信の裏付けにその絶対的な信頼があることは僕たちにも想像できた。そして、はっきりとは言わないながらも父の仕事を誇りに思う琢也君のそんな部分が僕らは好きだった。

しかしその賭けの感覚は商売を仕事にしたことの無い僕たちにとっては琢也君以上に不明確なものとして捉えるしか無かった。商品を作って売ってお金を稼ぐという感覚は不安すら感じづらいほどによく分からないものだった。

 

僕は自分の頭に浮かんだ先ほどの質問群から一番大事なものを取り出して聞くことにした。そう、僕たちには季節労働で試算した一年間で1000万という目標があるのだ。

 

「でもさ、いくら賭けったって当たった場合の上限にもよると思う。結局僕らが任せてもらうとしていくら貯められるんだろう。今お店を出してるなら大体の利益も分かるだろうし。その辺に関しては琢也君のお父さんは何て?」

 

琢也君はうんと頷き答えた。

 

「うまくやれば1000万も夢じゃねえぞって」

 

全員が沈黙した。そのあっさりとした証明は琢也君のお父さんからすれば経験に基づいた自信の表れなのだろう。しかし僕たち自身季節労働の試算時にさんざん絵に書いた餅だの捕らぬ狸の皮算用だの言ってた割にこの台詞はそのどれよりもよっぽど嘘みたいに聞こえた。

 

誰もそれに関して巧く発言出来ないまま、そこに琢也君が加えた。

 

「それから親父がこう言ってた。『そもそも季節労働なんて、お前らそんなの浮浪者と同じやねえか』って」

 

再び黙り込む僕たち。琢也君はもう言うことはない、というような黙り方だった。

僕は「琢也君はそれに対して何も反論しなかったのかよ」という思いもありつつ、まあでも一般的にはそう思われるってことだよなと思い直した。むしろ意地になって反論しない方がなかなかできることじゃないのかもしれない。

 

白いたい焼き。

 

現在のところ、お茶工場に匹敵しかつ四人で行なえるような他の仕事は見つかっていない。まさかのお茶工場での四人住み込み頓挫時に表れたこの選択肢に運命性を感じないわけには確かにいかなかった。白いたい焼きなら自分たちで店を持つのだから四人で始めることができる。1000万貯めるのも可能だと言ってくれている。

 

 

 

そして僕は思った。「…旅、関係なくなっちゃうな」と。

 

 

格好は気にしてもしょうがないと分かってはいるが、この瞬間他の二人もそう思っているに違いない。誰も発言しない空気の中僕はそんなことを考えていた。

 

ここで足下も踏み固めず安易に選択してしまってはそれこそ二の轍を踏むことになる。しかも店を構えるなら季節労働と違って途中で路線変更というわけにはいかない。期限はあと3日。どれを選ぶにせよなにかしら覚悟はせねばならない。

 

頭に浮かんだたい焼きの表情がこの張りつめた空気に似合わな過ぎてせせら笑っているようにさえ見えた。僕はその運命的な嘲笑のたいやきに対抗すべくひとり心の中で精一杯の苦笑いをした。

 

※この記事は当時書かれていたブログや日記を元に、また新たに書かれています。