約束の29日がやってきた。静岡のお茶工場に二人だけで働きに行くかそれとも全員辞退するかを、今日中に社長に伝えねばならなかった。

 

これから行なうミーティングでその返事について話し合われるわけだが、それと同時に僕たちの四月からの行動も決まる事となる。

パソコンの電源を付けてミーティングの準備をする。画面を確認するとみんなもう揃っているようだった。僕は今ある選択肢を整理し直した。

 

二人だけでお茶工場に行くのなら、他の二人はお茶の終わる七月まで給料のいいバイトを探し、その後合流して四人での季節労働を継続させる流れ。

全員が辞退するなら、七月までの間四人でできる条件の良い住み込みのバイトを他に探し、七月からは同じように予定通りの季節労働に戻るという計画だった。

そこに加え、季節労働の話をすべて白紙に戻し、白いたい焼き店の運営に携わり一年間での貯金目標を達成させるという新たな選択肢が数日前に琢也君から提案された。

 

ただ、この一週間手当り次第に住み込みバイトを探した僕たちだったが四人で住み込みのできる条件のいい仕事は結局見つからなかった。そのため実質二つ目の選択肢はほとんど消えかけていたようなものだった。

 

たい焼きの案に関しては話が持ち上がったばかりだったこともあり、ミーティング前にまずは琢也君のお父さんに思っている疑問や質問をぶつけるところから始まった。

ものを売る商売でお金を稼ぐという選択。僕たちの質問はそのどれもが不安からくるものだった。一通りの回答を僕らに伝えた後、琢也君がお父さんからの伝言を僕たちに伝える。

 

「全くリスクがないのに今踏み切らない意味がない。やれ」

 

開店資金やトレーニングはすべて琢也君のお父さんの方でサポートしてくれるという。そのため僕たちがたい焼きを選んだ場合、確かに大失敗する事はない。純粋に目標金額分稼げるか、稼げないかという話になってくる。

琢也君のお父さんの一言はまるで矢を射るかのように素早く、深いところを目がけて僕たちに投げられた。

 

「…とにかく、これで条件は揃ったわけだ。はじめようか」

 

琢也君のお父さんの一言が僕らの会議の空気を支配してしまう前に本間君が仕切り直すように言った。

 

「はい」「うん」「よろしく」と、僕たち三人がそれぞれ応じる。いつもと同じ口調だったが、そにこはやはり何かしらの緊張感があった。考えてみれば、四人全員でする大きな選択というのはこれが初めてかもしれない。

 

「じゃあ考えがまとまってる人から。どの選択を取るべきかについて理由も踏まえて話そう」

 

本間君が切り出すとほとんど間をあけずに「はい。じゃあ俺から」と琢也君がまず意見を述べた。

 

琢也君の考えは四人でたい焼き屋をやろうというものだった。

 

季節労働よりもウチのたい焼きの方が信用できる、という分かりやすい理由だ。いくら商売だ契約だといっても身内の開いた土壌で仕事を出来るのは最大のメリットになる。それが商売で実績のある人となると尚のことだし将来的に勉強になる部分も多いから、と琢也君は話した。

 

琢也君は初めから本間君の友人から聞いた季節労働の話そのものに懐疑的なところがあったので、彼としては無理の無い正直な選択だったのだろう。

なにより、僕らの中で誰よりたい焼きの話に「賭ける」ことができるのは当然琢也君でなければならなかった。仮に前回のミーティングでも今回のミーティングでも琢也君がたい焼きに関して弱腰であったならそもそも選択肢として継続される事自体危ぶまれていただろう。

逆に言えば僕たちにとっては会った事も話した事も無い琢也君のお父さんを信用する事は難しく、代わりに琢也君のことを信用するしかなかった。

 

「でも、前回の話には上がらなかったけど、旅を仕事するために日本を回るっていうメリットは失われる。そこに関してはどう?」

 

と口を挟んだのはミヤだった。確かにそこについてはぼんやりと考えながら誰も言及してこなかった。琢也君はどう考えているのだろう。

 

「まあそれはあれやな」

 

うん、と少しだけ考え琢也君が続ける。

 

「『志売る前にたい焼き売れ』ってことやな」

 

どんな論理を持ち込んで話されるのかと構えていた僕は、あまりに自信満々なその名言めいた物言いに机の上でがくっと崩れてしまった。

 

「なに、それもお父さんの受け売り?」

 

「いや、俺が今考えた」

 

「あ、そう…」

 

なににせよ、琢也君に迷いは無く腹が決まったようだった。そして彼の性格そうさせるのか、琢也君は自分の考えを述べるだけで他の人を引き入れるような言い方はしなかった。

 

琢也君の表明を受け、次にミヤが意見を述べた。

 

「まず、たい焼き屋は絶対にイヤ。私はたい焼き屋をやるために会社を辞めたんじゃない」

 

進む方向を知らず鎮座した空気をキッと縛り上げるようなはっきりとした口調だった。ミヤの意見もまた明確で的を射ており、なにより正直であった。

季節労働で日本を知り、世界一周で世界を知り、旅の感覚を実感として育てていく中で旅の価値を広められる会社をしようというその大事なスタートラインからいきない軸をぶらしてしまってどうするのだという憤りに近い疑問視に溢れていた。

それは琢也君にも向けられていたし、ここまでこの選択肢を生かしていた僕たちにも向けられているようであった。しっかりしてよ、と。

 

それからミヤは、たい焼き屋でお金を稼ぐ姿が自分個人としても直感的に想像できないことや、商売への後ろめたさがあることや、会社や親への体裁を気にしていることを話した。そしてそれらは「たい焼き屋をやるために会社を辞めたんじゃない」というその一言にもよく表れていたと言える。

 

そして僕の番になった。

自分の意見を言い終えた二人は黙って僕が話すのを待っていた。本間君は質問も含めミーティングが始まったからほとんど何も発言していない。普段は自ら話して会議を進めていく彼だが意見が分かれそうな時には今日のように敢えて発言を控えることも少なくない。俯瞰する側に回り状況を判断しているのだ、と思う。

ならば、と僕も会議の流れを気にせず二人と同じように自分の考えをなるべく素直に言おうと思った。本間君がまとめてくれるだろうという気がしていた。

 

「なるべく手短かに言うね。まずスタートを二人ずつに分けて季節労働に戻る方を選択するのが堅実だと思う。どうせ二手に分かれることになるのなら仕事の無い時期は派遣でも掛け持ちでもなんでも割りきって探してみればいい」

 

一旦間を置いて続ける。

 

「それでも最悪一年後にお金が貯まらなかったら、その責任を飲んで誠意を持って参加者に謝ることを受け入れる。大事なのは参加を決めてくれた人に対する気持ちだと思うから。起業が先延ばしになることももちろん甘んじる。でも」

 

再び間を置く。ここからが大事だった。

 

「たい焼きに向けて賭けてみよう、ってみんなで思えるならそれでもいいと思ってる。そとのきは、一緒にやるよ」

 

「うん」と琢也君が言ってミヤは黙ったままだった。

 

これこそ論理も何もない、ただの意思の発表だった。たい焼き屋を選ぶとしたら大事なのは計算や条件ではなく覚悟だろうと思っていたからだ。やるなら覚悟してやるよ、とそれを僕は伝えたかった。

 

本間君が最後に口を開いた。

 

「みんなの意見が出たので俺の意見と合わせて決めようと思う。分かってると思うけど、正解がある選択じゃないから、ここは意見を総合して俺が決める。これが最終決定になるけどそれでいい?何かあれば言って欲しい」

 

それぞれ少し考えた後、それで構わない、と全員が頷いた。

 

「少しだけ考えをまとめたいから、五分後にもう一回Skypeをつけよう。一旦解散で」

 

「はい」「うん」「OK」

 

口々に言い、僕たちはパソコンの前を離れた。

 

 

5分経つ少し前に、僕は再びパソコンの前に戻ってきた。首を回し深く息を吐いてから呼吸を整える。

 

あともう少しで決まると思うと、不思議と心の波は静まり落ち着いた気持ちになった。

今までと同じだ。一度突き詰めて考えたなら、あとは選んだ方を正解にすればいい。どちらになってもそのフィールドで精一杯頑張ろう、そう自然に思えたのはある意味幸運だった。

 

だから僕は、本間君の決定を心穏やかに聞く事ができた。

 

「みんな居るね。じゃあ、俺の方から、四月からの動きについて発表します」

 

僕たちはみな黙って次の一言を待った。

 

「色々考えたけれど、琢也のお父さんにお願いして白いたい焼きをやろうと思う」

 

ゆったりと一拍置いて僕が「はい」琢也君が「わかった」と言った。ミヤは答えなかった。

 

「簡単に理由を話すよ」と言って本間君が続けた。

 

本間君はたい焼きの話があった後、季節労働を紹介してくれた知り合いにもう一回連絡を取ってみたそうだ。その際「去年のリーマンショックの煽りが必ずどこかに影響してくる。お茶工場の雇用取り止めもそのことと関係がないとは言い難い。この不況下で派遣が他から流れてくることを考えると製糖も入りづらくなる可能性がある」と助言されたとのことだった。

 

「お茶の後に給料がいいのが最後の製糖。そこも難しくなるとなると季節労働自体考え直さなきゃいけない、というのが理由の一つ」

 

本間君が話すのを聞きながら僕は改めて気づかされていた。今回口約束とはいえ一度決定していたはずの雇用を断られていた僕たちだったが、それは何も今回のお茶工場だけに限ったことではないと考えるべきだ。僕たちはシャケ漁・みかん畑・製糖のあと三回分、同じように土壇場で働けなくなるリスクを抱えている状態なのだ。

 

元々は「お茶工場で働ければその後は自然に話が結びついていくから」と本間君の知り合いに言われていたのだが、その人ですら製糖での雇用を案じるぐらいなのだから、確かではないと思っていた方がいいだろう。常に働けるか働けないかのリスクの上に季節労働はあり、試算すること自体が間違っていたのかもしれない。

 

「それから、ミヤが言ってた旅を仕事にするっていう軸をぶらすことに関してだけど」

 

本間君がさらに続ける。

 

「ここに関してうちの親父に相談したんだ。将来の起業とは関係ないたい焼き屋でお金を稼ぐ事についてどう思うかって。そしたら、

『失敗してもいい経験になるし、仮に成功したとして簡単に稼げる感覚を知ったお前らがちゃんと志の部分にもどってこれるのか、一度ふるいにかける意味でもちょうどいいんじゃないのか?』

ってさ。どっちにしろそこで戻って来れないようなら会社起こしたって駄目だ、って。俺もそう思う」

 

この一言にも不思議な説得力があった。起業は予め描かれたゴールではない。それはあくまでも結果であって常に僕たちが芯を大事にした行動をしていなければそもそも世に生まれさえしないだろう。人が集まろうが、お金が集まろうが、仲間割れせず上手くやれていようが、それでも会社が作れないことだって確かにあり得るよなと僕は想像した。琢也君も「そうやな」と本間君に同意した。

 

「ただ、たい焼きを選ぶにはやっぱり他のみんなの意思が大事だった。俺一人じゃ賭けられない。そう思って俺を最後にしてみんなに話してもらった。琢也はそのつもりだったみたいだし、いっしーもやってくれるっていうから覚悟決めて選ぶことにした。…で、」

 

本間君が次に話す言葉は誰もが想像できた。ミーティングが再開されてからミヤはまだ一言も話していなかった。

 

「ミヤは、どう?決定したことはもう変えるつもりはないけど、何かあれば今言って欲しい」

 

ミヤはふーんと言ったきりしばらく答えなかった。誰も答えを急かすことなく黙ってその続きを待った。

 

「私は」

 

しばらくしてミヤが口を開いた。

 

「…私はどうしてもたいやきで納得できない。そこまでのギャンブルを出来ないし、納得出来ないままきっと続けられない。他の手段を選びたい」

 

そう言った。ミヤに反して本間君の応答は早かった。その答えをある程度予想していたのかもしれない。

 

「わかった。親父の話もあるし、世界一周と起業の目的さえぶれてなければ、必ずしも全員で同じ仕事をする必要はない。ただ四人で話せるメリットは大事にしたいから、同じ場所に住んで欲しい。それはいい?」

 

ミヤは手短に「はい」と答えた。活力のある返事ではなかった。僕たちがたい焼きの選択をすることを仮に納得できても賛同はできない、その思いがひしひしと伝わって来た。

 

「うん、ありがとう。それからもう一個。こっちはお願い。たい焼きの方でどうしてもミヤの力が必要だってなった時は、その時は頼む。来てくれ」

 

本間君は加えた。最後にこういうところが本間君らしい。こんな風に言われたらいくら反対してたってやるしかないじゃないか。僕はパソコンの向こうのみんなに悟られないよう、口元だけで微笑んだ。

 

「よしOK。じゃあ、これで決定。四月からはたい焼き。東京に四人で住んで随時ミーティング。琢也はお父さんに連絡とって。俺は社長に断りを入れる」

 

「わかった。親父からまた何かあればメールか電話するわ」と琢也君が答えた。

「はい」「了解」と僕たち二人は短くに答えてミーティングは終わった。

 

 

パソコンの電源を落とす。

たい焼きになったか、と改めて自分の中で呟いてみる。

 

友人や会社に季節労働の話をしてしまった手前、たい焼きじゃかっこつかないよなあという思いもありつつ、今の僕たちを俯瞰して見てみるとこれはこれでとても面白く、魅力に溢れた展開だった。

 

さて、決まったならやることは次から次へと出てくる。琢也君のお父さんと細かい条件について話さねばならないし、一年後の世界一周時にお店を抜けれるよう打診しなければならない。僕たちの方でたい焼き屋を行なう物件を探す必要もあるし四人で住む家も探すことになる。

忙しくなるな、と思ったが晴れて無職になった僕たちにとって進んでいるのかどうかも分からないこの一週間より多忙が想像されるこれからの方が断然良かった。

 

2009年4月。新たな季節を目前にし、僕たちはここで改めてスタートを切ったのだった。

 

 

※この記事は当時書かれていたブログや日記を元に、また新たに書かれています。