「っしゃ、誰が一番多く車を抜けるか競争しよう!」

 

ハンドルを握りながらそう宣言する本間君を僕は呆れ顔で見つめた。助手席の窓縁に肘をついてから僕は「元気がある分しばらく交代しなくても大丈夫そうだね」と横目で見て答えた。

シート越しに後ろを見遣ると先ほど運転を代わったばかりの琢也君は腕を組んで目を閉じていた。運転中の琢也君に疲れた様子はなかったがそれは彼が見せなかっただけなのかもしれない。

 

季節労働を取りやめ代わりに白いたい焼き屋をやることを決めたのが先月末なのでそれからあっという間に一ヶ月が経ったことになる。

振り返ってみるとやや無理矢理な方向転換ではあったがさすがに一ヶ月もすると状況に慣れるもので季節労働への未練もなく、僕たちはすっかりたい焼き屋オープンに向けてやる気に満ちていた。

 

運転席との間にあるカーナビを覗く。車はちょうど愛知県に入るところだ。季節労働で訪れるはずだった静岡を通過し、僕たちはたい焼きの修行をするため琢也君の実家のある大分県へと向かっていた。

 

「はしゃぐのはいいけど、ヒロ、この先絶対事故起こすと思う」

 

後部座席からミヤが本間君に向かって忠告した。たい焼き屋をやることを断固反対し東京で他のアルバイトをする予定だったミヤもこの大分行きの車にしっかり乗り合わせていた。

明確な示し合わせは何もなかったが、この一ヶ月間たい焼き屋の物件探しから契約まで全て一緒に関わってきたミヤはこのままの流れで共にたい焼き屋をやることになるだろうと僕たちは予感していた。「どうする?やっぱりやる?」と改めてミヤに聞くのもかえって水臭い気がして、そういったことはすべて成り行きに任せていた。

 

宣言通り、本間君の運転する車はぐんぐんと車を追い抜きながら深夜の高速道路を駆けて行った。

 

一見するともっぱら本間君だけが浮かれているようだが、自分でも感じ取れるぐらい車内の空気は全体的に軽快だった。

 

運転の交代まではまだ暫くあるが、助手席なので眠るわけにもいかない。ひさびさの長距離運転に目を輝かす本間君を横目に僕はこの一ヶ月を振り返ることにした。

 

 

 

たい焼き屋をやることを決意して四月を迎えた僕たちはまず店舗となる物件を探す事からはじめた。

開業に向けて大分の事務所との連絡が増えていくにあたり、琢也君からの提案もあって僕たちは琢也君のお父さんを専務と呼ぶ事にした。僕たちは一刻も早く候補地を見つけ、専務に東京に来てもらって物件を選定してもらう必要があった。白いたい焼きのブームが関東圏に及んでいない今、誰かが先に火をつけてしまっては大きな機会損失になるからだ。

 

専務から出された探すべき物件の条件は「家賃面を考慮し都心から外れた場所」「広さは10~15坪程」「人目につく視認性の良い場所」の三つ。その他の細かい箇所も幾つかあるがそれは候補が揃ったのちに専務が実地にて検討するとのことだった。

 

とはいえ、三つの条件だけを並べてみてもいざ探すとなるとどこから調べていいのかがわからない。そもそも僕たち四人の中で東京に住んでいたのは僕と琢也君の二人だけ、それも一年そこそこ前に上京して来たばかりだ。土地に明るいものは居ないに等しかった。

そういった理由もあり僕と琢也君が住んでいた中央線を軸に、小田急線と京王線、それから西武新宿線や池袋線など新宿以西の駅を大きいところから順に当たっていくことにした。

 

探し始めて分かったことだが物件を探すのには大きく二つのパターンがある。

 

ひとつは不動産屋に駆け込んで紹介してもらう方法、もうひとつは実際に町を歩いてみて「テナント募集」と書いてあるところに電話して聞き込む方法だ。

 

不動産屋の対応はまちまちで、次々に物件を紹介してくれるところもあれば条件を聞くなり「紹介できるところはないよ。悪いけどほか当たって」とすぐさま帰されてしまうところもある。

またその一方で、そのように駅周辺の不動産屋をいくつ回っても出てこなかった物件が町中で突然現れることがある。

 

僕たちはその二つの方法のどちらもを取りながら、不動産屋を渡り駅を跨ぎ、一日掛けて次から次へと物件を探していった。

食事と睡眠以外はほとんど歩き回るだけの生活。アパートも解約してしまっていたのでバックパックひとつにとりあえずの生活用品と服を何着か詰め込んでネットカフェや友人の家を僕らはそれぞれ渡り歩いた。

 

「物件は縁モノだからね」と何ヶ所もの不動産屋で言われたがやることに変わりはない。とにかく僕らは素人だ。使えるものは今のところ時間と体力しかない。僕たちは二人ずつの組に分かれ、手当り次第に新たな駅へ降り立ち、少しずつではあるが手元に物件の資料を増やしていった。

 

 

そうして二週間が経ち、幾つかの候補物件の図面をもつ僕たちのもとに大分から桐村専務がやってきた。

 

専務との待ち合わせは候補地の一つでもある経堂駅で行なわれた。たい焼き屋の質問や物件探しのやりとりはすべて琢也君を介してしていたので、本間君とミヤと僕はお会いするのも話をするのもこれが初めてということになる。

 

琢也君からの伝言という形ではあるが、起業なんて絶対に無理と声を上げて笑われ、浮浪者と一緒じゃねえかと捌かれたことのある僕たちは専務と会うのに身構えないわけにはいかなかった。

その上これからしばらくの間仕事上でお世話になる方だ。ミヤのお父さんと会う時とはまた違った意味合いで僕たちは緊張していた。

 

「あっ」

 

改札から少し離れたところで人を探している様子の男性をミヤが見つけ、小さく声を漏らした。琢也君がそちらに目線を移す。

「ん」と言って琢也君が少し背筋を伸ばすのと、こちらに気付いた男性が「おお」と言って笑顔で近づいて来るのはほとんど同じタイミングだった。

 

僕もそちらに向き直る。軽く息を吸い正しく挨拶するための準備をした。

 

僕たち四人が並び、その前真ん中あたりにいまやってきたばかりの専務が立つ。本間君から順に、琢也君以外の三人が自己紹介をした。

 

「石崎です。今日はよろしくお願いします」

 

特別なことは何も言わず、僕はただ挨拶をして右手を差し出した。

 

「石崎君ね。お互いいいビジネスなるかもしれんからね。よろしく」

 

専務はそう言って満面の笑みで僕の手を握り返した。その様子は、琢也君の話す専務の姿とはどこか違うように思えた。

 

握手の感覚が残る右手を眺める。僕は何か大事な約束が果たされた後のような安心感をじわりと感じていた。

 

仮にも息子の友人たちと会うその第一声が「お互いいいビジネスになるかもしれんからね」だったことも影響しているのだろう。この先に待ち受けるのは紛れもない仕事の世界だという証明があり、達成せねばならない目標がある僕たちにとってそれはなによりの鼓舞だったからだ。

 

専務は「じゃあ早速行こうか」と言って相変わらず笑顔で琢也君に道案内を促した。本間君とミヤの表情を見るとまだ緊張感を残しながらもまるで専務につられるように、自然と笑顔が浮かんでいた。

 

 

…幸先のいいスタートが切られたものの、僕たちの意に反して候補に挙げた五件の物件に専務はどれも渋い反応だった。

 

僕たちが挙げた五件の物件は小田急線、京王線、横浜線、中央線、西武新宿線と全て別の路線上にあったので大きな移動を重ねる必要があった。

日も落ちかけ、良いと思っていた物件が響かない釣果の無さも相俟って僕たちの気勢もすっかりそがれていた。再び時間を掛け、これまでと同じような体力勝負の物件探しを続けなければならないのかという不安も頭をよぎっていた。

 

最後の五件目もやはり専務の眼鏡に適うものではなく、誰もが仕切り直しを予感したそのときに専務が言った。

 

「というか、あんたらが挙げたのはどれも駅前の物件ばっかりやけど駅から離れてもいいから車通りのある視認性のいい物件がいいんやけどなあ」

 

その台詞に僕たちはエッと驚いた気持ちだった。たい焼き屋と言えば駅近の人通りの多い場所だろうという潜入感で以てしか物件を探してこなかったからだ。車通りを重視するとなると物件探しのそもそもから間違っていたことになる。

 

「視認性の話は琢也にもしといたはずやけどなあ」

 

と専務が言うので僕たちは琢也君の方を見た。

 

「えっ、いや確かにしたけどふつう車通りの多いとかそういう風には思わんやん」

 

ふむ、と行き詰まってしまった。時間は17時になる頃で僕たちは一番新宿から離れた八王子にいた。

膠着した雰囲気にあって僕たちは誰も発言出来ずにいた。「今日は諦めましょうかという」一言を誰もが想像し、しかし声には出せない。

そんな状況の中、これまで目を臥せて口元に手を当てて考えていた本間君が顔を上げた。

 

「ダメもとでいいから、その条件で、今繋がりのある不動産屋さんにもう一度聞いてみよう」

 

その提案を聞いて、ならば、とミヤが後に続く。

 

「やり取りしながら一番お世話になったのが今いる八王子の不動産屋。電話してみようか」

 

そう言いながらミヤは携帯電話の履歴を開いていた。仕事が、というか反応が早い。「駅から離れてもいいので車通りのある人目につきやすい物件」という新たな条件を不動産屋の担当に告げ、僕たちは八王子の不動産屋に再び向かうことにした。

 

不動産屋を訪れると担当の方が「ご連絡頂きありがとうございます」と迎えてくれた後で申し訳なさそうに一枚の図面を差し出した。

 

「お聞きした条件ですと、今はここぐらいしか。家賃は安いのですが、ただ、駅と駅のちょうど間で歩くと遠いですし、たい焼き屋にはあまり向いてないかと…」

 

専務と僕たちは覗き込むように図面を見た。

 

「やっぱりそううまくはいかないよな」と、僕は正直に言って諦めムードだった。いくら条件を変えたところで二週間かけて良いものがでなかったのに、この一発目で相応しい物件が出るわけが無い。それが当然の流れだと思っていた。

 

しかし図面を見ただけで、専務の反応は明らかに今までと違った。

 

「んーこれは、面白い。これは、いいかもしれませんね」

 

そう言って不動産の担当の方に向き直った。担当の方も一瞬困惑したようだったが「ここなら今でも見に行けるので、いきましょうか?」と提案してくれた。

あやうく成り行きについて行けなくなりそうだった僕たちだったが、一度四人で顔を見合わせ「お願いします」と伝えた。

 

「うん、いいな。ここはなかなかいい」

 

実際に店舗を見た専務の反応はやはり良かった。実際に候補物件を訪れても曇った表情を浮かべていた専務の顔がここで初めて晴れた。専務は店舗内だけでなく、外観、そして近くの道路まで担当の方が案内するよりも先に動き回って観察している。それは一日の疲れなどをまったく感じさせない機敏な動きだった。

 

専務が言うには大通りから店舗脇に抜ける一方通行の細道が良いということなのだが、たい焼きを買うのに車でお客さんがやってくるイメージが上手く湧かない僕らは「そうなんですね」と相づちを打つしかなかった。その上、駅前と比べるとやはり人通りが圧倒的に少ないため物件に関してはどうしても半信半偽なところがある。

しかし一日行動を共にした専務が、他のどの人通りが多い店舗でもなくあの場所に目を輝かせていたのは紛れも無い事実で、僕たちはそれをとにかく信じよう、ということになった。

 

 

僕たちは担当の方に御礼を言い、物件を押さえる為の申し込み金を払い図面のコピーを頂いてから不動産屋と別れた。日もすっかり落ちて街は暗くなっている。僕たちは駅前まで戻り専務と共にご飯をいただくことにした。

 

「まあ、あそこの、八王子の物件でほとんど決まりやと思うけどな。一応持ち帰らせていただきます。本部にも相談しなきゃならんしね」

 

そう言った専務の顔を見ると朝会った時と同じ気持ちのよい笑顔だった。

その後はオープンまでの今後の日程を軽く話し合った。専務は今の仕事のこと、本業の焼き肉屋のこと、昔のことな元気いっぱいに語り、気持ち良さそうにビールを飲んだ。

 

店を出て、駅で専務を見送った後で本間君が誰に言うでもなく言った。

 

「取締役ってのはすげえな。人を惚れさせる人だわ」

 

本間君がそう言うのが実感としてすごく分かった。朝の場面でも、物件を見て回っている時でも、飲んでいる時でも、その専務の姿から活力を貰えるのだ。

本間君に続いてミヤが口を開いた。

 

「うん、琢也の話からだともっと厳しいってだけだと思ってた」

 

「まあ、だいぶ丸くなったけどなあ。昔はよく殴られてたけん」

 

琢也君の方を向く。今でも親父の背中を追っている、と琢也君から前に聞いた話を思い出す。

専務の姿が改札の向こうに見えなくなるまで見送ってから、僕たちもそれぞれ帰路についた。

 

 

 

そんな風にして、その更に数日後に通達があり八王子の物件で工事を進めることが決まった。

 

物件の契約を進めると同時に四人で住む家も八王子に決めた。川沿いのマンションの4DKで家賃は78000円。固定費を抑えて貯金を増やしたい僕たちにとっては十分すぎる条件だった。

さすがに八王子ともなると家賃がぐっと下がる。部屋だけでなく、たい焼き屋の店舗で借りる物件も賃料が安すぎたことを専務が心配して、僕たちに店舗の近所の家を回って信頼出来る物件かどうかを聞きに行かせる程だった。

 

ちなみにたい焼き屋の物件は都内から山梨方面に抜ける国道20号線(甲州街道)に道幅の広い別の道路が重なり、そこに店舗脇に抜ける横道を足した五叉路の、その中心に位置するような立地にある。

物件の契約が終了して間もなく業者さんの手が入り、たい焼き屋に適合させるため物件の改装が始まっていった。

 

 

 

そして大分に向けて今日までの最後の一週間。僕らはなにをするにも気力が湧かず非常にくすぶっていた。

契約は終っているし工事は業者さんに任せている。修行に行くにはまだ大分側での受け入れ態勢が整っていないし一番忙しくなるゴールデンウィークに合わせて来て欲しいとのことだったので、発揮出来ない力が有り余る状態だった。「ならば遊びに行こう!」という気にもなれなかったし派遣の仕事にも登録はしてみたが直ぐに紹介されるわけではないようだった。

 

する仕事が手元に無いという不安。少しでもお金を貯めねばならないというのに、ただ生活をするだけで貯金はどうしたって減っていく。そのストレスは思った以上に大きかった。

車内の空気が軽快なのはきっとその反動もあるのだろうな。この一ヶ月を振り返り、僕はそう思い当たった。

 

さて車はどこまで進んだだろう。再びカーナビを覗き込んでいると後部座席のミヤがぽつりと話をした。

 

「この前実家を出るときにね、在るものへの感謝が足りないって言われた」

 

「うん」「そっか」と本間君と僕は振り返らずに聞いた。

 

僕たちが普段当然あるものと思い込んでいるものは、誰か又は自分がどこかで確かに築き上げたものだということ。失って初めて気付くなんて有り触れた台詞に置き換えたくはないけれど、仕事もお金も立場も社会的信用も、今になってようやくその有り難みが実感になってきたのかもしれない。

 

「考えが足りないんじゃないか」と何度も言われた。その意味を本当に僕たちは理解していたのだろうか。そんな考えが頭を掠める。僕は同時に「でも、」と思い直した。でも、だから進めたという部分だって確かにあるのだ。

 

本間君が運転席から前を見たままで言った。

 

「でも後悔することはないよ。なにも生まれないし、今はもう進むしか無い」

 

「うんわかってる」

 

「その分これから俺たちの周りに生まれるものにはしっかり感謝をしよう。関係でも、なんでも。置かれてる状況や環境を当然とは思わない。そうじゃなきゃいつか足下を掬われる」

 

立ち止まっていればどうしたって不安になる。バランスだって取りにくくなる。そういった僕らの間に溜まりそうになっていた不安を吹き飛ばす意味でも、軽快さは必要だったのかもしれない。

 

それ以上、本間君もミヤもその話はしなかった。

 

振り切るようにスピードを上げたままの車が、真っすぐ大分へと向かっていった。

 

 

※この記事は当時書かれていたブログや日記を元に、また新たに書かれています。