「……ここに押せばいいんだよね」

「そうそう。俺と琢也の下ね」

テーブルの上には広げられた定款。会社登記の際、法務局に提出しなければならない書類のひとつである。

僕は三人の視線を浴びながら右手に小ぶりな印鑑を持って震えていた。これまで何度も話し合ってきたことだ、起業の決意が定まらないわけではない。「いよいよ登記まで漕ぎ着けたか」といった高揚による震えでもない。判子を押すのが絶望的に苦手なのだ。

前に勤めていた会社では、入社時の口座開設で軽く五回以上は押し直した。人事の担当はうんざりしていたし正直僕だってうんざりしていた。押印ひとつとっても人には得手不得手があるものだ。

 

「みんな、印鑑登録した実印持ってる?」

と本間君からメールが来たのがつい数日前のことである。

「もちろん」と琢也君が返す。

「持ってない」とミヤが返す。

「実印ってなんだったっけ?あるような、ないような……」と僕が返す。

「起業時の提出書類で必要だから早急に準備してくれ!」

本間君は焦れったさたっぷりの文面でそう言った。慌てて僕らは自分の判子を確認し、こうして持ち寄ったというわけである。

まずは本間君が押し、続いて琢也君が押し、三番目に僕の順番が回って来た。失敗したら提出が一日伸びるかもしれない。会社の登記にあたって、どう考えてももっと他のところで緊張するべきである。判子を持って震える姿は自分の目にも間抜けに見えた。

 

 

先月末、本間君が「このまま会社をつくってしまおう」と言ってきたのは単なる思いつきではなかった。

宿業に方向転換する話が出たあたりで、本間君はとある司法書士の先生と出会っていた。その方は主に若手の起業を応援しているらしく、知り合いづてに紹介されたのだ。現時点での起業に関しては、どうやらその先生からの勧めがあったらしい。

「何度か会って話をさせてもらう中で、俺たちの今の現状や構想、将来やりたいことを伝えたんだよね。そしたら『これは今のうちに会社を起こすべきだろう』ってさ」

本間君はそんなふうにぼくに伝えた。僕は向けられた視線から目を少しだけ逸らし、慎重に答えた。

「こんなこと言っちゃあれなんだけど、それって信用出来る話なのかな」

今のところ司法書士の先生に実際に会っているのは本間君だけで、僕にはその人の人柄さえ分からなかった。それに、つい最近までごたごたを抱えていた僕らが「いま会社を起こすべき」とはお世辞にも思えなかったのだ。

そんな僕の意図を汲んでか汲まずか、本間君は「うん」と短く頷いてから話を続けた。

「最初に会ったときに『いままでたくさんの人の思いを聞いたり、事業計画を見てきたりしてるけど、これはまだ起業すべきじゃないと思ったら躊躇無くそう言うようにしてる。そのときは悪く思わないでね』って言われてるんだよね。その上でのさっきの発言。もちろんそれだけじゃなんの証拠にもならないけど、俺は純粋に信用出来る人だと思ってる。それに、起業をふっかけたところでその人には別になんのメリットもないし」

「なるほど。具体的にはどんなところを推してくれてたんだろう」

「うん。先生が言うには、俺のやりたいことが明確に言葉になっているし、なによりその手段となる『小規模低価格の宿泊施設』が堅実だって。数字が訪日外国人の増加に裏付けられてるのも大きいんだと思う」

 

本間君は12月のうちから宿業を軸に据えての創業は本当に現実的かどうか、たい焼き屋を僕たちに任せる代わりに、一人で宿泊業と観光業について調査をしていた。そうして集めたデータが信用に足る材料としてしっかり役立っているようである。ふむ、と僕は短く唸った。

「それで、実はもう先生と相談しながら事業計画を形にしていってる。日本政策金融公庫からの融資も検討していて、事業計画はその為にも必要だしね」

本間君が都内のゲストハウスをいくつか訪問し、聞き込みによるおおまかな調査をした結果、ゲストハウスを一軒開業する際の初期投資額合計額がおよそ1000万円。一方、3月までで自分たちが貯められそうな金額は700万円ほど。そこから二人分の世界一周費用を減算しなければならないので、初期投資額にはさらに及ばなくなる。

「聞いた話では、日本政策金融公庫が融資してくれるのは最高で資本金の倍額ぐらいまでらしい。公庫は保証人無し担保無しでまとまった額の融資を受けられるメリットもあるし、新規事業を起こしてもらうための応援制度みたいなものもあって、銀行ほど実績を重視しないんだって」

「つまり会社として実績を持ってない僕らでも、例えば世界一周費用を抜いた500万円を資本金に起業した場合は最高で1000万円の融資を得れる可能性がある?」

「そう。そんで実績が無い分、事業計画が判断材料として重要になってくる、と」

「なるほどね」

たい焼き屋の売上が下がり続けているので、いつ店を閉めるかという問題も真剣に考えねばならないだろう。そうすると今の収入源は完全に断たれてしまうし、それと前後して物件探しも始めねばならない。物件を契約したあとには改装工事も控えているわけで、そんなに遠くない未来に多額のお金が必要になってくるはずである。

融資が下りるまでにどれだけ時間がかかるかは分からないが、初期投資額が貯金額を上回っている以上、なにかしらの形でのお金の工面が必要だ。その意味でもいまのうちに融資を見据え、無駄に経費を使ってしまう前になるべく多くの資本金で以て起業をした方がいいのだろう。

司法書士の先生の言う通り、これ以上はタイミングが遅くなるばかりなのかもしれない。

 

「大筋は納得出来たと思う」

僕と本間君が話をしている間にミヤが帰ってきたので再度説明をした。突然の提案にも関わらず、ミヤはすでに「やるならやりますよ」の姿勢だった。

「琢也には俺から話しておく。そんなわけだから、俺は会社をつくる方向でこのまま動きます。片手間じゃなくて全力で。早ければ2月の上旬には登記出来ると思う」

登記と平行して収益見込みと事業計画を作成する旨を告げ、本間君は作業へと戻っていった。そんな風に会社登記に向けての準備がはじまり、それから一週間ほどで、あとは必要書類を揃えるだけの状態になっていた。

 

 

「ふう」

なんとか失敗せずに判を押し終わって、僕は心から息を吐いた。順位を落とさずにたすきを繋いだ走者の気分である。次に走ったミヤは一瞬で最終区間を走り抜けた。

「なんつうか、こう、格好悪いなあ」

押された書類を見て、本間君が僕とは違った種類の溜め息を漏らした。判子が押されたその頁を見ると理由はすぐに分かった。本間君と琢也君は大きく立派な判子で、書体も印相体というのか篆書体というのか、風格のあるもの。一方僕とミヤは普通のサイズの普通の判子で、書体もなんの変哲もない平凡なものであった。

「うーん、竜頭蛇尾だ」

「バランスが悪いよね」

僕とミヤがそう言い合うのを本間君が呆れて見ていた。

「まあいいか、とりあえず次行こう。いっしーは取締役と監査、どっちがいい?」

本間君の方を向き直り、話を聞く。

株式会社では、三人の取締役と監査がいれば取締役会を設置できるのだという。僕たちは四人なのでちょうど条件を満たしている。琢也君と本間君は取締役ということで決定しているというのだった。

取締役がどうの、取締役会がどうのこうのと言われてもよくわからなかったので所々質問を挟んだが、最終的には本間君も「まあ、とにかくそういう決まりになってるんだよ」と答えた。琢也君はそんな僕らのやりとりを訳知り顔で聞いていたけれど、たぶん彼もよくわかっていないはずである。

「とにかく、取締役か監査ってことだよね。取締役は似合わなそうだから、監査かなあ」

「監査に関する項目あったね。ここ読んで」

本間君が指し示した箇所を読み進めていくと「監査については会計に関するものに限るとする」と書かれていた。

「ここちょっと不安だ。会計というか、お金の仕組みというか」

「いっしーは数字弱えけんな」

琢也君が僕より先に言う。本当のことなので仕方がないが少し傷つく。

「了解。じゃあいっしーは取締役、ミヤが監査ってことでいい?」

「私はなんでも」

ミヤは余裕の態度で自分が恥ずかしくなる。まあでも将来監査の仕事がざるになるよりはいいだろう。いい判断だと思う。

「じゃあこことここ、それからここにサインと押印ね」

本間君はそう言っててきぱきと僕たちに指示を出し、提出書類がまたひとつ出来上がった。

「あとは俺の方で届けを出してくる。不備がなければ明日か明後日には会社ができてる」

「できてる……?」

「……はず」

本間君ははにかむように言った。初めての作業なのである。当然といえば当然だ。「だよね」と言って僕は笑った。

「今回のこと、なんだか任せっぱなしになっちゃって悪いけど」

「いやいや、俺のこそ店の方を任せてて申し訳ない」

本間君は悪びれたふうにした。忙しそうにはしているものの、実際本間君は生き生きして見えた。

 

次の日、もうすぐ日も暮れようかという時分、僕は大学時代の先輩でもあるタケト先輩と高尾のカフェに居た。タケト先輩は僕の代わりに町田店の店長を任せることになっており、今日はその段取りについて話をしていた。話のキリがいいところで「ところで、会社は出来たの?」と先輩が切り出した。

「ちょうどいま本間が書類を出しに行っているところなんですよね。もう帰って来てもおかしくないと思うんですが……」

僕は本間君に電話を入れてみることにした。しかし本間君はその電話には出ず、数分経ってから折り返しがあった。

「あ、もしもし。どこだ、これ……?」

電話先からくぐもった声がする。どうやら八王子にはまだ帰って来ていないようである。

「ああ、うわ、そうか。電車で寝てたらいま横浜まで来ちゃってる」

横浜ということは、八王子に帰ってくる電車で折り返して反対側の終点まで行ったことになる。疲れが溜まっているためか、その間ずっと寝てしまっていたのだろう。

「最近あんまり寝てなかったもんねえ。……それで、どうだった?」

多少唐突だったが、そう聞いてみることにした。本間君も僕がなにについての質問をしているかはもちろんわかっているだろう。いま僕たちが話すことが会社登記のことでないはずがなかった。

僕の質問に対して「登記なんですが、」と本間君はわざともったいぶったように話しはじめる。その言い方にはすでに若干の落ち着きが含まれていた。

「無事、完了しました〜!」

「おお〜!おめでとう!!」

「とにかくこれから八王子に帰って、夜改めて報告します」

「了解」と言って僕はその短い電話を切った。いやあよかったよかった、とちょっとした余韻に浸る。そんな僕を見計らうようにして、終始横で話を聞いていたタケト先輩が「石崎さ」と控えめに声を掛けきた。

「自分の会社なのにおめでとうって」

確かに。いまいち実感が湧かないのであった。

 

 

夜の報告会では、本間君がリビングの入り口側に立ち、僕たち三人が彼に向かうように扇状に並んだ。

「先日書いてもらった書類を提出しに本日法務局に行って参りまして、無事、会社の登記が終わりました!」

おっ、とミヤが小さく声を漏らす。琢也君は表情を変えずにじっと聞いていた。「と、いうことは?」と僕が試しに合いの手を入れてみる。本間君が待ってましたとばかりにそれに応える。

「株式会社Backpackers’ Japan、ここに誕生でーす!」

長音つきの、陽気な発表。とここでようやく「イエーイ!」とミヤがそれに反応してぱちぱちと手を打ち、僕もおなじく拍手をした。琢也君は相変わらず無表情だったが、とりあえず拍手はしていた。

一度しかない、記念すべき会社の誕生にしてはいささか寂しい気がしないでもなかったが、まあでも案外こんなものなのかもしれない。本間君は安堵と嬉しさ半々といった表情だった。

改めて机の上の書類を見てみると、「株式会社Backpackers’ Japan」の文字が表紙に書かれている。本間君が「だって、分かりやすいから」という理由で付けた名前だった。バックパッカーたちのための日本をつくる、という意味が込められている。

「まだなんとも馴染まないね」

僕はほんの少し笑いながらそう言った。買ったばかりで誰にも見せたことがない服のような気恥ずかしさがある。「まあだんだんね。そのうちしっくりくるでしょう」と本間君が答えた。

「ここにTrip Box Senceって書いてあったかもしれんわけやな」

僕の方をちらっと見るようにして琢也君が言った。Trip Box Senceは琢也君が会社名として提案した名前である。琢也くんも独自のセンスを持ってはいる人ではあるが、たぶんその名前にはなることはないだろうなあと思っていた。「いっしー、すげえことに気付いてしまった。俺の名前、略すとTBSになる……!」とわざわざ人の部屋まで入って報告してきたときのあの嬉々とした表情はきっとこの先も忘れまい。

 

「さて、では報告も終わったことだし、ちょっとこの先のスケジュールを確認しておきますか」

「OK」「了解」と言って僕たちはテーブルを囲むようにして座った。

差し当たって、3月の1日から僕と本間君が国内のゲストハウスを訪問して回ることが決まっている。宿は必ずしも都内で開業すると決めているわけでもなく、市場調査という名目の下、実際に日本のいろんな土地を旅行して出店地を決める予定だ。旅先で会う外国人旅行者となるべく仲良くなり、日本の観光や、その土地のことを直接聞いてみようと思っていた。

国内の調査は4月2週目までの五週間。僕が東京から東周りで北海道まで行き、日本海側を下って中部地方を経由したのち京都大阪へ。本間君は西側の主要ルートを辿るため大阪、広島を経由して福岡から九州四国を周り京都へ戻ってくるようなかたちにした。

旅行前と旅行後に視点を擦り合せるため、そして日本の一大観光都市だからという理由で、東京と京都は二人で同じ場所に宿泊し、話し合いをしようということになった。

 

僕たちが東京に帰って来てからは、実際に物件探しをする土地と条件を定め、四人で今後の方向性を決める期間を一週間取ることにした。その後4月15日からミヤと琢也君が世界一周に出発。僕と本間君は同じタイミングで物件探しを開始する。たい焼き店はそれまでにいまある四店のうち二店舗を閉めさせてもらうよう専務に相談しようという運びになった。

確認してみるとなかなかに詰め込まれたスケジュールである。

半月後には日本調査、その一ヶ月半後には世界一周と物件探し。この一年があまりに濃く忙しかったため、一ヶ月という期間が短いのかそれとも長いのかよくわからなくなっていたが、計画が動き出している実感に僕らはときめいていた。

結局Backpackers’ Japanとしての一日目は飲みに行くでもなく、この先の計画ばかりを話した。自分たちにとって、それは誠実なはじまり方だったように思う。

 

*これらの記事は当時書かれていブログや日記を元に新たに書かれています。