STORY

第20話 | 2010年4月21日

中学校の修学旅行で来て以来の京都である。

久しぶりに降り立った駅前は僕が記憶しているよりもずっと多くの人が行き交っていて、この一ヶ月の間に訪れたどの街よりも賑わいがあった。

指定されたゲストハウスのカフェまで歩いて向かうと、本間君が入り口のそばの座って待っていた。本間君も僕に気付く。

「おおー、久しぶり。……って、いっしーだいぶ旅慣れた感じ出たねえ。おつかれおつかれ」

「まあ、さすがに一ヶ月もこれ担いで転々としてればね。あっという間だったなあ、思い返すと」

そう言って僕はバックパックを下ろす。荷物が増えるような旅ではなかったが、家を出た時と比べ、そのバックパックには方々傷や汚れでくたびれており、時間の経過をよく表していた。

 

会社設立から一ヶ月も経たない3月のはじめ、本間君と僕は四店舗のたい焼き店を残りの二人と新しく任命した店長たちに任せ、予定通り国内のゲストハウス調査へと乗り出した。

持ち物は青春18切符と、日本の安宿が収められている「日本放浪宿ガイド」のコピー(本だとかさばるし本間君と二人ぶん買うのはもったいなかった)、訪問するオーナーさんに質問する事項をまとめたインタビューシート、 それから泊まり合わせた旅行者に尋ねるためのアンケート。その他に着替えと洗面用具だけを詰め込んで合計40日の国内調査へと出掛けた。

 

僕が北海道、東北、関東、中部。本間君は同日に出発して中国、四国、九州、沖縄。宿の軒数が多い東京と京都・大阪含は二人で見て回ろうということになっていたので、始めの数日を終えて別れてぶりに、最終地点の京都で再び合流したというわけだった。

本間君は「旅慣れて来た」というような言い方をしたけれど、実際の内容が「旅」と言えるものだったかと言われると少し怪しい。観光する時間はほとんどないし、交通費と宿泊費以外は食事も含めほんの少ししか使えない。いちおう会社はつくったものの、現状利益を生む事業を持たない僕らは、とにかく掛かる経費を節約するしかなかった。

個人的な貯金もすべて資本金に突っ込んでしまったので持ち金も当然ない。行った先でなにか美味しいものを食べ飲みしたいと思うこともあったが、そんなときは出発前の出来事が自然に思い出された。

 

出発前、銀行からの融資などは受けることのできない僕たちは、友人を頼って更なるお金を工面するための相談をした。知り合いだと言っても、いや、むしろ知人だからこそお金の相談はしづらい。相談する方もされる方もあまり気持ちのいいものではない。

僕が相談する相手すら選べず戸惑っていたあるとき、本間君が晴れやかな顔で僕たちに報告した。

「徹君が、貸してくれるって。100万円。これで資本金に手を付けず国内調査に行ける」

「えっ!」

うまい驚き方がわからなかった。徹君は本間君がオーストラリアで出会った友人で、僕たちも何度か会っている。年齢は僕らとそんなに変わらないし、元が三味線引きで今は植木屋。100万円が彼にとって少ない金額であるはずは絶対になかった。

「『金は返さなくていい。元々お前らにくれてやるための100万だから』ってさ」

本間君と徹君の信頼関係はどれほどなのだろう。相談する相手さえほとんど見つからない僕からしたら想像もつかなかった。

「お金はもちろん返すけど、気持ちが嬉しいよね」

そうやって嬉しそうに笑う本間君の顔と、徹君の台詞とを思い出すと余分にお金を使おうという気持ちは消え失せ、ほとんどの日を最低限の食事で過ごしていた。電車で一日移動してしまうときなんかは食事を摂らないこともあった。

昼間の空腹さえやり過ごせば昼食は夕飯と一緒に摂れる。 夜の空腹さえやり過ごせば夕食は次の日の朝食と一緒に摂れる。一食抜いたら腹が二倍空くかと言ったらそうでもない。バックパックの中に忍ばせていた徳用のパスタが何度も役に立った。

 

「どうだった、そっちは?」

僕は目線をバックパックから戻し、本間君に尋ねる。

「だいたいは電話で話した通りだけどね。まあここでってのもなんだし、ちょっと出よう。久々の再会だし、いちおうゴール地点だしさ」

そう言って本間君はにやっと笑った。

「出ようって、まだこんな明るいうちから……」

なんだかんだ言いながら、僕はこの共犯者に向けるような笑みに弱い。先程の話と対照するようだけど、ここまで食費を抑えて来たおかげで飲みに行くぶんぐらいの余裕はあった。本間君の方の予算はどうか知らないけれど。

 

宿に荷物を預けて、そのまま烏丸あたりまで歩く。夕方も早い時分だったが、大通り沿いの焼き鳥屋の提灯が灯っていたので僕らはそこに入ることにした。事前に店を調べたりはしなかった。ゆっくり話が出来てビールが飲めればとにかくどこでもよかった。

二人ぶんのビールと焼鳥を適当に頼み、「じゃあとりあえずおつかれさま、ってことで」と言って乾杯をする。店で飲むこと自体久しぶりだ、美味しくないわけがない。飲みすぎないように気をつけようと思って本間君の方を見遣ると、資料入りのファイルをバッグの中から取り出すところだった。

「さてじゃあやりますか、振り返り。日本全国の中で、どこで宿を開くのが一番いいか。と言っても俺の方の結果は一昨日あらかた話してからほとんど変わってない」

僕も本間君に倣ってファイルを取り出した。中にはオーナーさんへのインタビュー、宿泊客へのアンケートがぎっしり入っている。それから、自分なりに考察をまとめたものも。

 

アンケートやインタビューシートをつくったことがなかった僕たちは、知り合いの中小企業診断士に言われた『100人聞いたら100人が同じ意味に取るようなものでなくてはならない』の言葉だけを頼りに、出発前の限られた時間でなんとか形にした。

各宿のオーナーさんへのインタビューは「自分たちも宿をやりたいんです」と正直に伝えた上で、あくまで先方の好意のもとに教えて頂こう、という話になった。

質問に失礼があってはいけないが「ここだけは必ず聞いておきたい!」という事項もある。 僕たちは、実際にインタビューやアンケートを行いながら、細かい点については適宜本間君と連絡を取り合い、内容を修正していった。

本間君と5日に1度ぐらいの頻度で連絡を取り合う際、内容の修正とともに、それまでの私見や考察についてもなりゆきで発表し合っている。“あらかた電話で話した”とはそのことだ。僕は本間君に答えて言った。

 

「そうだね、じゃあもう結論からでいいんじゃないかな」

「了解。じゃあ俺からいくよ」

「たぶん、ほとんど一緒だと思う」

「まず、場所は東京都」

「うん。観光資源に近いか、空港からのアクセスがよくて、トランジットになるような駅」

「やっぱメインの集客は外国人旅行者頼みになるだろうからなあ。かつ、駅からは徒歩10分圏内ってとこ」

「もちろん近ければ近い方がいいから、駅から同心円上に探すようになるだろうね。うん、異論なし」

だね、と本間君が最後に言って意見の合致をお互い確認した。

 

「東京23区内の外国人旅行者が多く集まる駅(トランジット駅、観光資源付近の駅etc)、徒歩10分圏内にある物件」

 

これだけを聞くと当たり前のことのようでもあるけど、全員が地方出身者の僕らは東京へのこだわりはまったくないし、むしろ田舎の方が好きなぐらいだったので、地方都市の方が収益が上がりそうだと判断すれば迷わずそちらにしていただろう。

その上での東京。これまで様々な人にお世話になって、迷惑と心配をたくさんかけて、やっと始められる自分たちの最初の事業。とにかく失敗するわけにはいかなかった。好みなどは一切無視して「一番収益が見込める条件」として割り出したのがこの結論である。

この判断に関しては僕と本間君に一任させてもらうことで琢也君とミヤからも合意をとっており、意見に相違がないのでまず間違いなく決定であろう。なんというか、安心したような気持ちと拍子抜けしたような気持ちで肩の力が抜けた。

 

「こういう結果だけど、日本のいろんな場所を見た意味はすごくあったと思ってる。いっしーはどう?」

「そうね、言葉に尽くせません」

彼はそうだろうとばかりにこちらに笑みを向けてきた。実際に40日間の一人旅で得たものは大きかった。海外旅行も国内旅行も、一人旅もゲストハウス泊もしたことがなかったからこそ、漢字いるものがあった。

「よし、そうと決まれば京都と大阪で残りの数軒を訪問させてもらって東京に帰ろう。決まったら決まったで、かえって東京の情報が不足してる。また向こうで東京を中心に調べなきゃ」

僕たちはそうして京都大阪で何泊かしてから東京に帰った。京都と大阪でも素晴らしい宿と尊敬する人たちとの出会いが多くあったのだけれど、結論は揺るがなかった。東京に向かう高速バスの車中、「じゃあ日本中まわる必要なんてなかったやん」と言う琢也君の顔が浮かんで少し笑えた。

 

 

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「気をつけて」

東京に戻って10日経ち、今度は僕らが見送る番だった。

「いまタイの情勢が不安やけんな。着いたら連絡入れるわ」

「物件探し、なにかあったらすぐ報告して」

うん、と僕らは頷く。

「翔太郎、たのむな」

本間君が翔太郎君の方を向きそう伝える。

「大丈夫大丈夫」

と翔太郎君は穏やかに言ったが、それはどこかわざとそうしているようにも聞こえ、かえってこれから向かう世界旅行への高揚を伝えているようでもあった。

 

国内調査の結果報告とたい焼き店の引き継ぎ、それから今後のスケジュールを共有するためのこの10日間。琢也君とミヤは僕らの調査が報告した内容におおむね頷いてくれた。

出発の日を迎え、これから探す物件に関して一番心配をしているのはミヤのようだった。さっきの台詞からもそれはわかる。これから色んな国に行けるのだからこっちのことは気にせず気楽に行ってくればいいのに、とも思うのだがそれはそうもいかないのだろう。

僕たちが帰って数日してから、ミヤが「世界一周中に泊まった宿の感想をまとめるレポート用紙をつくった」と言って僕と本間君に見せに来た。琢也君も海外用の宿の調査シートをつくっていると言う。それを聞いて僕と本間君は驚いて顔を見合わせた。なにか違うんじゃないか、と思った。

「あのさ、せっかく作ってくれたところ水を差すようなんだけど、こういうのはさ、要らないよ。ミヤと琢也は純粋に旅を楽しんで来てくれればそれでいい」

僕も同じ意見だったので本間君に任せる。

「もちろんあるのが無駄かって言われたらそうじゃないんだけど、きっと肩肘張らずにいろんなものを見て経験して来た方が、旅先で感じることってすっと体に入ってくるんじゃないかな。せっかくいろんな国行けるんだしさ」

二人はこの本間君の返事にどうも釈然としないふうであった。どういう気持ちだったのかは僕たちには分からない。僕たちが物件探しをし始める一方で自分たちだけ遊んでいる風なのが申し訳なかったのかもしれないし、日本調査で一つの結論を出せたのが悔しかったのかもしれない。もちろん、そのどちらでもないかもしれない。

「とにかく、楽しんで。俺たちの分も」

そのとき言った台詞を、本間君は空港でも二人に向かって繰り返した。挨拶は最低限、最小限。僕らは軽く手を振り、出発する三人の背中を見送った。

 

「行っちゃったね」

「行っちゃいましたね」

「いいなあ、俺も行きたかった」

「知ってるよ」

本間君にしても僕にしても、その発言は半分本当で半分嘘だった。つまり、僕たちは世界一周を羨ましがるのとおなじぐらい、物件探しが始められることをすごく楽しみにしていたのだ。世界一周よりも面白そうなことを見つけてしまった、そんな感覚。

とにかく、自分たちの宿をつくるため、早く始めたい気持ちでいっぱいだ。気持ちの面の準備はもうずいぶん前から整っていたわけである。

 

「よし、では行きますか!物件探し一日目!」

そう意気込んで、僕らは三人を見送った成田から押上まで戻り、二人で歩みを並べ意気揚々と改札を抜けて駅を出た。

 

サアアアアアアアアアアア・・・

 

押上は土砂降りだった。

「なんか、思ってたのと違うね」

「間違いない」

本間君とそう言い合って、僕らは気まずそうに笑った。後になっても思い出せそうな、世界一周出発の日、そして物件探し開始の日だった。