COLUMN

場所に込める願い —— Arbor Onomichi開業に寄せて

Backpackers' Japan初のホテル業態となる「Arbor」。その1号店「Arbor Onomichi」が2026年の4月に開業を迎えました。このコラムは、ホテルの企画案を作った石崎が、企画当初に考えていたことや、開業準備を進める中での逡巡、開業前後の想いについて振り返り、まとめたものです。

 

今から2ヶ月ほど前、1年半ほど準備を進めていたホテル「Arbor Onomichi(アーバーオノミチ)」が広島県尾道市で誕生した。開業にあたっては一部のウェブメディアと地元の新聞社2社が取り上げてくれたが、どちらかというと淡々粛々とオープンを迎えた。自分としては、その慎ましいスタートも気に入っていた。

一方で、尾道市内のほとんどの人が知っている建物を活用したこともあってか、地元の方向け内覧会には何百人という方が訪れてくれて、開業後すぐのゴールデンウィーク期間はカフェを中心に賑わった。利用する方々の年齢も、僕たちがこれまで開業してきたどんな店舗よりも幅広かった。「注目されていた」と言えば聞こえはいいけれど、尾道に住む多くの人が、期待とともに、この場所がどんなふうになるのか、どんな人たちが運営をするのか、心配していたのだとも思う。

それでも、直接お会いした街の人たちのほとんどが応援のメッセージをくれ、明るい声で激励してくれた。開業直前まで尾道に滞在する中で、初めてお会いする近隣の方々に、しかもたった5分か10分立ち話したをだけで、「この建物に明かりが灯ってることが嬉しい!」「期待してるからね、頑張ってね!」とたくさん声を掛けてもらった。責任とは、とりもなおさずこういったやり取りを真摯に受け止めることであるよな、と久しぶりに思い出した。

その想いは本物か

Arbor Onomichiは、我々Backpackers’ Japanが企画・運営するスモールホテルで、手掛けてきた宿泊施設としては5軒目となる。これまでの4軒はどれもゲストハウス、ホステルに属する業態だったので、初めてのホテル業態での出店だ。Arborは今後も地方都市での出店を目指しており、Arbor Onomichiはその1号店という位置付けでもある。

このテキストを書いている僕(石崎)は、まだこのホテルに「Arbor」という名前が付く更に前、もっと言うと尾道で物件の紹介がされるよりも前、ベースとなる企画の種を考えるところから、ちょうど企画全体の骨組みに当たるくらいまでを主導する立場にあった。

ホテルに関わらず、宿作りは往々にして大きなプロジェクトになる。工事や予算規模の話だけでなく、宿の滞在には朝昼夜すべてのシーンが存在し、そのどれもが宿泊体験の一部となるため、必然的に思考を巡らせる範囲が広くなる。一つ一つの判断をスムーズに行うためにも、「ここはどんな宿なのか」という企画の骨子は重要だ。

収支を計算し、名前やコンセプトを定め、設計、デザイン、設備、オペレーションの計画を重ね……と具体化をするにつれ、企画は少しずつ輪郭を持ち、色を帯びていった。同時に、社内外ともに関わる人が増えていき、皆がホテルの完成形を思い浮かべながら作業にあたった。正解や先が見えない不安と闘いながらも、頭の中にしかなかった風景が、ときに思い通りに、ときには思ってもみなかった形で立ち上がっていくのを目の当たりにするのは間違いなく開業期の楽しさの一つである。

まだ企画の種だった頃から計画が進行し、世の中に向けて「Arbor」と名乗り、一つ、また一つとピースが埋められて完成が近づくホテルの姿に期待を込めながら、同時に、僕は喉元に透明なナイフを突きつけられているような気持ちになっていた。

開業に臨むArbor Onomichiのプロジェクトメンバーには、数字を見れる人も、ホテルの空間全体をディレクションする人も、体験満足度とオペレーションの両面から部屋づくりを考えられる人も、飲食のメニュー構成を考えられる人も、美味しいコーヒーを淹れられる人も、誰もが好きになってしまうような接客ができる人も、みんないた。どれも自分にはできないことだ。

みんなのスキルとセンスでホテルは着実に出来上がっていく。一方で、まさに企画の骨子……その成り立ちの部分には誰かの強い意思や願いがあるべきだ。まだ世の中にないものを作っていくつもりなのであれば尚更。そしてその役割は、今回は紛れもなく、僕が担っていたのだった。

Arbor Onomichiに、というよりこの「スモールホテルの企画」に僕が込めた想いはもちろんある。でもそれは本当に、嘘のない真っ当なものだと言い切れるのだろうか。これからもたくさんの人を巻き込んでいくなかで、最後まで信じることができるのか。仮に胸を張ってそう言えるとして、それは本当に世の中に必要とされるものなのだろうか。しっかりした基礎がなければ、どこかで歪みが出てしまう。

そう、喉元に突きつけられたそのナイフの柄を握っているのは、自分自身であった。

企画の原点

翻って、ではホテルの企画を思いついた時の自分は何から着想を得たかというと、限りなく素直な旅人目線からだった。

2010年から2019年までの10年間で、国内のずいぶんいろんなところを周った。北海道なら北海道、九州なら九州、北陸、山陰山陽、東北、紀伊半島と四国……などとエリアを決め、それぞれ2週間ほどの行程で、まだ日本で行ったことのない場所をとにかく巡った。もちろんまだ訪れていないところは山ほどあるけれど、それでも47都道府県全県を旅行しながら思ったのは「日本にはなんていい町がたくさんあるんだろう」という素直な感動だった。

同時に、仕事柄全国に友人知人が多くいることもあり、いくつかの町ではその人たちが厚く、丁寧に、なにより面白くその町を案内してくれた。到着する電車の時間に合わせて駅まで迎えに来てくれ、歴史や文化を交えながら街中を連れ回してもらったこともあるし、「今日はどうしても用事があって行けないから」と言って30軒ほどのおすすめのお店リストが送られてきたこともあった。僕が抱く日本各地の町の印象は、彼らの地域への眼差しと密接に結びついている。

だからこそ、それと同じことをホテルの形で出来ないかと思った。僕が目を見開いたのと同じように、日本の町々はこんなにも面白いのかと衝撃を受ける人はまだまだたくさんいるはずである。僕はたくさん貰ったから、その恩返しとして、また次の誰かに渡せないかと思った。それがこのホテル企画の最初の出発点である。

取材を受けるメディアによっては、分かりやすさを重視して「歴史、文化、工芸、お店、人、自然……魅力的なものはその街ごとにたくさんあるけど、それらと共に楽しむことができるホテルはほとんどないように思えるんです」と、課題感や勿体無さをベースに動機を語ることもある。これももちろん嘘ではない。けれどもこれは僕の感触というよりもむしろ、僕を案内してくれた人たちが語ってくれたセリフだった。「いいところはいっぱいあるんだけど、ホテルだけないんだよね」「せっかくこの街っぽいものを楽しんでもらったのに、泊まるのはチェーンのビジネスホテルってのが勿体ないよねえ」と、いろんな町の違う人たちが、口を揃えて言っていた。

そんなセリフを聞いてきた僕は、考えれば考えるほど、また、うちの会社で働いているスタッフを見れば見るほど、街とちゃんと繋がれるホテルは自分たちこそできるんじゃないかと思うようになっていった。東京のような都市圏よりもむしろ、地方都市でこそのびのびと優しく、自分の興味を掛け合わせて働けるメンバーがいそうだとも思った。そして、地方都市のホテルで僕が思い描くコミュニケーションを成立させていくには、ホテル自体を大きく作らないこと、むしろ小さく作ることが必然のように思えた。

規模が大きくないからこそ目の前の人に向き合うことができる。フラットな目線に立ち、余白を持って街を案内することができる。ホテル内に体験の全てが詰まっている必要はなくって、むしろ積極的に街の回遊を促していけばいい。ここまで考えて、僕は「SMALL HOTEL」の文字を企画書の始めの部分に大きく書き加えた。

時間を掛けて重なる

都市型の大箱ビジネスホテルでもなく、オールインクルーシブのハイエンドでもなく、郊外のラグジュアリーでもなく、「地方都市の・街中の・スモールホテル」。企画の主軸はそう決まった。主役はホテルではない。街であり、土地である。ホテルを目的に訪れる人が増えて街へと促すわけでもなく、魅力はもともとその土地にあり、そこに小さなホテルがスッと建つイメージ。

けれど同時に、余所者の我々が上辺だけなぞって「いい街だ」「魅力的だ」と言ってホテルを作るのは、よくてただの綺麗事、さらに言うと暴力的になってしまうのではないかという葛藤もあった。特に昨今では、「オーバーツーリズム」が太字で叫ばれるごとにインバウンドへの忌避感が思わぬ形で拡大してしまっているのも感じる。東京のよくわからない会社の出店やホテル開発はその地域に望まれていないかもしれない。僕自身が北関東の田舎町出身なこともあり、そういった想像を余計にしてしまう。

葛藤自体がなくなったわけではないが、結果的にその葛藤を癒してくれたのは、土地を知ることだった。

尾道の場合は、出店を決めてすぐに現地に行き、時間を見つけては歴史博物館や商工会議記念館を訪れた。幸運なことに、そこで働く職員さんたちは僕が質問をすると、展示されていることの何倍もの情報を身を乗り出して教えてくれ、それが物凄く面白かった。些細なことかもしれないけど、自分たちが出来る最低限の礼儀として、その街の歴史や地理、文化の基本を学ぶべきだと改めて感じた。

歴史でも、地理でも、産業や商業などの営みでも、得た知識はいま見えている町の風景や人々の暮らしと必ずどこかで繋がっている。過去を知ることは今を知ることだ。ホテルで働くスタッフが新鮮な気持ちで学び、知識を持った上で街を眺めれば、そこで長年暮らす人々ともまた違った視点を、訪れる人たちに渡していくことができるだろうと思った。

それからもう一つ、ホテルにコンセプトを定めたのも地域との関わり方を考えるいい機会になった。

実はもともと、今回の企画にはコンセプトは必要ないのではないかと思っていたこともあった。「SMALL HOTEL」自体が既にコンセプトの役目を負ってくれているところもあるし、コンセプト作りは常に、本当に言いたいことからズレてしまう危険を孕んでいる。耳心地のいい言葉や上手なレトリックを当て嵌めるだけの大喜利もしたくない。そういった理由から、最初の方の企画書には「日本のさまざまな都市で、その土地、その街とともに楽しむ低〜中価格帯のちゃんといいホテルをつくる」とだけ書いていたりもした。

けれど、ホテルについての思考を深めていったり、プロジェクト内のクリエイティブチームと話したりする中で、Arborのコンセプトを「SLOW BLEND」と定めることにした。「SLOW BLEND」はホテルの世界観でもある。「SMALL HOTEL」と呼応し合い、旅行者と地域の人、街とホテル、過去と現在などがそれぞれの形を残したまま緩やかに重なることを思い描いている。結果的にこの言葉が、Arborの客室作りやラウンジの空気感、メニュー選び、訪れる人々との関係づくりなど、さまざまところに反映されている。

コンセプトが決まる過程でチーム内で発せられた「力強くてスピード感のある開発を目指すのではなくて、開業した後も含めて、ゆっくり作っていきましょう。ゆっくり作り上げて、長く続いていくホテルにしましょう」という発言も強く印象に残っている。初めはやれることも限られているかもしれない。地域の人たちとの関係のでき方も街によって違うだろう。それでも、この言葉があるから、とにかく真面目に優しく、焦らず続けていこうと思わせてくれる。

願いの形

そのようにして、「SMALL HOTEL」という枠組みに「SLOW BLEND」というコンセプトが加えられたのち、最後に「Arbor」の名前が付いた。

「Arbor」は「高く伸びる樹木」「木陰をつくる東屋(ガーデンアーチ)」を指す英単語である。その土地に元々あるものと影響し合って人が集まる場所を作ること、自らも根を張って大きく成長することの2つの意味を込めている。

理念も、コンセプトも、名前も、ひとつの願いの形である。こんなふうになってくれたらいい、と少し先の未来を思い描いたもの。

人が変わっても、担い手が変化しても、込めた願いは残り続ける。だからこそ、未来のスタッフや訪れる人に恥じないよう、嘘をつかずに考え切る責任が僕にはあったし、現実よりも少しだけ、世の中の善い方向を見つめる必要があった。その結果として、街の小さなホテルを起点に、旅人や地域の人たちが緩やかに混ざり合って生まれる景色を信じることにした。だからこそ、Arbor Onomichiの開業が近づくにつれて、尾道に住む方たちからたくさんの応援の言葉をもらえたことが本当に本当に嬉しかった。

 

……かくして、Backpackers’ Japanにとっての初めてのホテルは無事オープンを迎えた。開業から2ヶ月が経ち、僕が握っていたはずのナイフは、いつの間にか手元から消え去っている。店を訪れる人たちが解いてくれた気もするし、Arbor Onomichiで働くスタッフ一人一人が形を変えて持っていってくれた気もする。きっと、実際にオープンを迎えるその日まで、自分に向けた切っ先から逃げずにちゃんと考え続けることが僕の役割だったんだろう。そして、僕が込めた願いは、空間の細部となってすでに立ち上がっている。

プレオープンの直前、オープニングスタッフのひとりに「もうすぐオープンだけど、緊張しない?」と聞いたら「全然!みんな優しいから、ちゃんとコミュニケーションさえ取れれば大丈夫ですよ!」と笑顔で返ってきた。

ああ、なんて頼もしいんだろう。その一言がArborの良さも行く末も全部示してくれているような気さえした。

 

このホテルが世の中に必要とされるものになるかどうかは、まだもう少し先の未来になるまでわからない。それまで、多少不器用でもとにかく嘘をつかず、それぞれに必要な議論を重ねながら、真っ直ぐにいいお店を作っていくしかない。

今回、我々Backpackers’ JapanがArborを作ったことで、また、地方都市で開業したことで、僕らの会社で働くスタッフや、彼らが生み出すいい空気感を感じてもらえる機会が増えたはずだ。Arborの中で交わされるコミュニケーションをきっかけに日本の街って面白いと思う人が増えたら、そんなに嬉しいことはない。そして今後も、何十軒もつくらなくていいから、日本の素敵な街で、地域の人たちと関係し合いながらArborを作っていきたい。

会社の理念の一つに「旅多き世界の為に」というものがある。大仰に感じる人もいるかもしれない。実際この理念には、難しい世の中でも平和の側に芯を置きたいという想いも込められている。

けれどもう一方で、「Travel Often(たくさん旅をしようよ)」という気軽な投げ掛けも含んでいる。それがまた、「Arbor」という新たな形で果たされる。これもまた、僕たちが込めた願いの形である。

(写真:土田凌

Written by

石崎 嵩人

1985年栃木県生まれ。Backpackers' Japan取締役CBO。2010年2月にその他創業メンバーと共にBackpackers’ Japanを設立。CBOとしてコーポレートアイデンティティ設計やブランド構築、事業ごとのコンセプト立案やクリエイティブディレクションを担当。個人の活動として、出版ユニット「麓(ふもと)出版」、ラジオ「ただいま発酵中」「炊き込みご飯わくわく舎」等。