Backpackers' Japanがつくってきた景色を語る上で欠かすことのできない、コーヒーというカルチャー。
2017年に東京・日本橋のホステルCITANの一階に誕生したBERTH COFFEEは、コロナ禍を経てロースタリー兼カフェのBERTH COFFEE ROASTERY Haruを立ち上げ、2023年には初の農園訪問を叶えました。
そんなBERTH COFFEEにとって、生産者のもとを毎年訪れ、コーヒーのダイレクトトレードを続けているKARIOMONS COFFEEは目指したい姿の一つ。
今回は「改めてゆっくりお話をしたい」というBERTH COFFEEのゆいさん(西村)のオファーに、KARIOMONS COFFEE代表の伊藤さんが応えてくださり、実現したインタビューです。
西村結衣|Yui Nishimura
2018年入社。学生時代からコーヒーを独自に学び、Nui.への就職直後にコロナ禍に。新規事業の話し合いの中でロースタリーの立ち上げを志願し、BERTH COFFEE ROASTERY Haruをスタートさせる。現在はBERTH COFFEEの全体の事業責任者を務めながら、コーヒーに関わるあらゆる人が誇りを持てる世界を考えている。
伊藤寛之|Hiroyuki Ito
「一杯のコーヒーにとどまらない体験を」をスローガンに、2009年に長崎県でKARIOMONS COFFEEを創業。毎年必ずコーヒー豆の生産国に足を運び、農家の人々との信頼関係から生まれたコーヒーを店頭で提供している。BERTH COFFEEとはゲストロースターやゲストビーンズを通し、数年来の親交がある。
—— まず、ゆいさんが今回の対談相手として伊藤さんにお声がけをしたのは、どんな経緯からなのでしょうか?
西村:少し前にBERTH COFFEE (以下、BERTH)のビジョンを見直すタイミングがあり、これからも農園訪問をしていきたいと考えたときに頭に浮かんだのがKARIOMONS COFFEE(以下、KARIOMONS)さんだったんです。そこでサイトを拝見したら、すごくびっくりして。
KARIOMONSさんの「全ての人が、誇りを持ってコーヒーに関われる今をつくる。」というビジョンが、BERTHの「コーヒーに関わるすべての人が誇れる世界のために」と、ほとんど同じだったんです。
だから同じ想いを持っているロースターさんだなという気持ちもあったし、何年も前から毎年農園に足を運んでいる伊藤さんに聞きたいこともたくさんあって。
伊藤:光栄です。でも実は、僕らのビジョンはBERTHができる前から関わりがあったBackpackers’ Japanの影響を受けていたりもするんだよ。「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」という当時の理念にかなり引っ張られていると思う。
そもそも僕が現地の農園に足を運ぶようになったのは、純粋に長崎という土地で農家などの一次産業が身近な環境で育ったから、コーヒーの産地も自分の目で見てみたいと思ったのがきっかけ。だけど実際に足を運ぶうちに生産側と消費側の矛盾点や「隔たり」が見えてきて。これからもチームで何かをやっていくためには共通認識できる言葉が必要だと思って、ビジョンをつくることにしたんです。
でも、飲食店としてビジョンやミッションを明確な言葉で表明しているところって、そんなに多くない。だからこそ、きちんとそれを掲げていたBackpackers’ Japanに対して「こんな組織があるんだ」と。
西村:そうだったんですか!?じゃあ、やっぱり深いところから目指す先が共通していたんですね。
農園訪問を経て抱いた、ロースター側のエゴのような感覚への違和感
—— BERTHとしても2023年は念願だった農園訪問を叶えましたが、そもそもゆいさんはどうして農園訪問を実現したかったのでしょうか?
西村:例えば、飲食店のシェフは自ら産地に出向いて食材を選んだりしますよね。コーヒーの場合も当たり前にそういうことができたらいいなと思っていて。たしかに原産国が遠いというハードルはあるかもしれないけれど、私たちもKARIOMONSさんみたいに、ちゃんと足を運んで農園の人たちとの絆をつくっていきたいんです。
伊藤:ゆいちゃんは、去年初めて農園に足を運んでみてどうだった?
西村:正直、ただ現地に赴いて豆を買うだけでは、関係を築いたことにはならないような気がしました。農園訪問は10人ほどのロースターが団体で訪れるのが一般的ですが、生産者さんにとっては一人ひとりを認識しきれないんですよね。
もちろん生産者さんと一緒に写真を撮ったりはみんなするけれど、そこに「訪れた側のエゴ」みたいなものも感じてしまったりして……。
伊藤:僕も初めて農園に連れて行ってもらった時は、良くも悪くも情報量が多くて、頭の中で整理しきれないうちに訪問が終わってしまった記憶があるよ。
西村:本当にその通りで。今でもまだ消化しきれていないのが本音です。一人のロースターとして生産者さんと向き合って売り買いするのってすぐにできることじゃない。だからこそ、自分たちだけで農園を毎年訪れているKARIOMONSさんの「すごさ」をより感じるようになりました。
—— 現在、KARIOMONSさんではどれくらいの農家さんと取引をしているのですか?
伊藤:付き合いがあるのは、ニカラグアに4箇所、エルサルバドルで2箇所、最近ではホンジュラスの農園ともいくつか関わりがはじまっていますね。
伊藤:僕も原産国に足を運びはじめてから数年は、先輩ロースターに連れて行ってもらって団体で農園を訪問していました。その方が生産者にとっては、ロースターを一人ずつ案内するよりも効率的。だから今のように個人で訪れることが負担になっていないか心配だったんです。
でも、とある生産者が「大勢で来ていた頃は、誰がどの会社の人かわからなかった」と話してくれて。これはゆいちゃんが今回感じたことと同じだよね。その言葉にむしろ背中を押されたんです。
伊藤:消費者側から生産者の顔が見えているのは当たり前で、本来なら「その逆」も成立しなければいけない。そこを大事にしながら生産者と毎年の取引をしていくうちに、周りから自然と「ダイレクトトレードをしている」と言われるようになったんです。むしろ、そういう言葉があるなんて僕らは後から知ったくらい(笑)。
—— 感覚と行動が先にあって、後から言葉がついてきたんですね。
伊藤:他にも生産者の何気ない言葉にハッとさせられることがありました。ある時、別の生産者に「本当はもっといろんなところに連れて行って、自分たちが住んでいる国のことをたくさん紹介したいけど、君たちは忙しいから仕方ないよね」と言われて。
これを聞いた時、「自分は今まで彼らの国のことも知ろうともせずコーヒーの評価だけをして、彼らが自分たちに与えたいと思ってくれているものを受け取らずに、何をしていたんだろう」と。
伊藤:だから今は、農園訪問をする時には必ず1日はフリーな時間をつくって、生産者と街に出かけたり、一緒に山に登って彼らの農園を眺めたりと、仕事以外の交流で彼らやその国のことを知るようにしています。僕にとっては、むしろその方が農園にいる時間よりも大事かもしれない。
西村:素敵です。私たちは昨年の農園訪問だけでは伊藤さんほど生産者さんと親しくなることはまだできていないけれど、BERTHで使っている豆の生産者であるルイスさんに「私たちもお客さんもみんなあなたのつくるコーヒーが好きです」って伝えられたことはすごく印象に残っています。
ルイスさんはぶっきらぼうに笑ってくれて、「でも最近は腰の調子が悪くて、これからは弟も生産に入る。そのことをお客さんにも伝えてくれ」って。だから次回からは、BERTHでコーヒー豆をリリースするときに弟さんの名前も入れようと思っているんです。
伊藤:めちゃくちゃ良いエピソードだね。
西村:次回ルイスさんのところに行く時は、日本のコルセットや湿布などを持っていってあげようかなって。「日本のだと効くのかなぁ」なんて考えていたところです。
西村:それから、他の生産者さんに「長く付き合っていくパートナーとなるロースターと繋がりたい。結婚相手を探すように、そういう相手との出会いを求めている」と言われたことも心に残っています。安定した収入を得られるわけではないコーヒー生産という仕事にとって、消費国とのパートナーシップを築くことはとても重要なことなんだと気づかされました。だから私たちは毎年同じ農家さんから豆を買って、長く一緒に歩んで、家族みたいな関係になっていきたいな。
—— 実際に現地へと足を運んだことで、農園や産地に対する捉え方も変化したんですね。
西村:そうですね。現地に赴くまでは、コーヒー産地での貧困の課題などをよく耳にしていたので「何かしてあげたい」という気持ちが少なからずありました。でも、それすらもこちら側のエゴだったのかもしれない。
国にもよると思うけれど、私が感じたコーヒー農家の暮らしは、田舎でお米を育てながら暮らしている私自身のおじいちゃんおばあちゃんの暮らしとほとんど同じ雰囲気だったんです。家族でコーヒーを育てて収穫をして、お客さんがきたらホームパーティーをして。質素かもしれないけど、楽しそうに過ごしている。
今は「自分の祖父母のような暮らしをしている大好きな生産者のところに来年も再来年も会いに行って、そこで育ったコーヒーをみんなに飲んでもらいたい」という気持ちになっています。
西村:だから、お客さんがBERTHのコーヒーをきっかけに生産者さんのことを知って「ここの農園のコーヒーは美味しいよね」と言ってくれると、すごく嬉しい。
伊藤:うん。自分たちを飛び越えてそういう風に知ってもらえると、やっぱり嬉しいよね。「自分たちが好きな人のことを好きになってもらいたい」という気持ちは僕らも同じだな。
バリスタやロースターはお客さんが直接話せる「最後の生産者」
—— 自ら見てきているからこそ、コーヒーの産地や生産者に対する解像度が高いお二人ですが、一方でお店に訪れるお客様にはどれくらいそのことを伝えようと思っているのでしょうか?
伊藤:僕は、コーヒーはあくまで毎日の営みの中で気兼ねなく飲んでほしいと思っています。だから、産地のことを伝えすぎることで、コーヒーに関わる僕らが自らコーヒーを神格化させてしまうことは避けたいなと思っていて。もちろんコーヒーの価値が高まっていくのはいいことだけど、それで手が届きにくくなるのは違う。
コーヒーはたしかにたくさんの人のバトンパスによって消費者のもとに届くけれど、それはどんなものに対しても言えるはずなんです。
西村:なるほど〜。私は農園訪問の経験がまだ浅いというのもあってか、「大好きなお客さんに、自分たちが信頼している生産者のことを知ってもらいたい!」っていう気持ちの方が強いです。
というのも、私自身がコーヒーを飲む時に「あの人がつくってくれた豆だな」って生産者さんの顔が思い浮かんで幸せを感じるようになったから。
BERTHに来てくれるお客さんは「◎◎さんが淹れてくれたコーヒーだ」とバリスタの顔を思い浮かべたり、ひょっとしたら「◎◎さんが焙煎した豆だ」というところまで感じてくれる人もいるかもしれません。それなら、一杯のコーヒーから思い起こす顔が増えたほうが幸せも増えると思うんです。
でもたしかに、コーヒー以外でも同じなんですよね。だからコーヒーに限らず、BERTHで出しているお菓子についても、同じように丁寧に伝えていきたいです。
伊藤:伝えたことを受け取ってもらえる関係性が生まれていることって、改めてすごいことだよね。僕らの側から伝えたいことはいつだってめちゃめちゃあるけれど、相手にも「受け取れる量」というのがあって、その量も変わる。それは「最後の生産者」であるバリスタやロースターへの信頼度によって増えるものだと思うんだ。
そうなった時に初めて、僕はお客さんに自分たちが伝えたい本質の部分を話すようにしてる。そのためには、まず自分たちが「魅力的な人間であること」も大切だよねってメンバーにもよく話していて。
西村:そうですよね。お店に立つ私たちが、お客さんにとっては直接会って話せる「最後の生産者」。だから日々大切に関係を築いていって、最終的には一杯のコーヒーになるまでの工程を思い浮かべながら「美味しいな、毎日飲みたいな」って思ってもらえるようにしたいです。
お客さんが「一杯のコーヒーに対する解像度」を高めるきっかけが、BERTHでありたい。
伊藤:うんうん。僕らも「続きのある関係性」を意識してる。初めてKARIOMONSに来てくれたお客さんは「続いていくための一回目」だし、何度も通ってくれているお客さんとは「前回からの続き」として関わっていく感じで。
西村:私たちがBERTHで「こんにちは」「いってらっしゃい」「おかえりなさい」とお客さんに声をかけているのと通ずるものもありますね。
伊藤:お店では迎える側の僕らだけど、「続きのある関係性」は農園に行くときも全く同じことだね。
西村:そうやって今まで続けてきたことが、生産者さんとお客さんとの今の関係性につながっていったんですね。やっぱりこのタイミングで伊藤さんとお話できて、本当によかったなぁ。
幸せとは、誰かと共に「いる」ということ
—— 今回こうしてお二人のお話を聞いていると、コーヒーを通して「人との繋がりから生まれる幸せ」を大事にしているのだなと感じます。
伊藤:人同士の関わりから生まれた絆ってすごくタフだと思うんです。そもそも僕個人の生き方として、「自分だけが幸せになれるなんてことはありえない」と思っていて。周りの人たちとの関わりの中で僕は生きているから、周りの人たちが豊かになれば、自分も豊かになるはず。
その上で、「誰も不幸にしない」ことも大切にしています。これはつまり「みんなのことを幸せにはできない」と受け入れることでもあって。
伊藤:幸せにできるのは身近な人で精一杯だったとしても、「不幸にしないこと」なら全員にできる。KARIOMONSの「サプライチェーンにおいて不幸な人をつくらない」というモットーは、この考え方からきています。
—— 最近はダイレクトトレードの際に「言い値で買う」ということにもチャレンジしていると聞きました。
伊藤:はい。一般的に豆の価格は市場の相場で決まっていくので、生産者個人のライフスタイルまでを加味した金額になっていないんです。この事実をずっと疑問に思っていました。とはいえ、いざ生産者たちに「いくらで買ったら助かる?」と聞いてもなかなか本当のことを話してくれなくて。これまで生産者たちがいかに瀬戸際のやり取りをしてきたかというのを痛感しました。
もし本音を話して「高い」と思われたら、次からは取引ができなくなるかもしれないという危機感があったんだと思います。最終的には「僕たちはダイレクトプライスでのやり取りを大事にしていきたいから協力してくれないか」と頼んで、やっと受け入れてもらえました。
—— 伊藤さんにとって、「幸せ」の価値観がKARIOMONSにおける思想とつながっているんですね。ゆいさんはいかがですか?
西村:私が純粋に「幸せだな」と感じるのは、家族やお店のスタッフ、お客さんといる時ですね。最近だと、BERTHの常連さんの誕生日をスタッフや他のお客さんと一緒に大勢でお祝いしたことが、すごく幸せでした。
人間って幸せの真逆に「孤独」があると思うので、「みんなが誰かのためを思って集まれる瞬間」って幸せだし、そのために集まれる場所がBERTHになっていることもまた幸せです。
西村:業界には「コーヒーチェーン」という言葉があるように、一杯のコーヒーができるまでには生産者からバリスタまで全員が鎖のようにつながっています。だからこそ、私も伊藤さんと同じ考えで、自分だけが幸せになることはできないと思っています。
少しでも自分が幸せになりたいなら、まずお客さんや生産者さんを幸せにしたいと自然に考えるようになるはず。そういう「両方向の幸せ」がコーヒーの周りにはあるんでしょうね。
伊藤:ゆいちゃんが「幸せの反対は孤独」と言ったのと同じ意味になるけれど、僕も「幸せとは誰かといること」だと思う。一緒にいて心地よい人もいればそうじゃない人もいると思うけど、嬉しいとか悲しいを飛び越えて、誰かが「いること」が、豊かな何かを生み出すのかもしれない。
伊藤:誰かといることの価値は、農園に行くとより感じるんだよね。現地の人たちは決して裕福ではないけれど、自分が大切に思う人と一緒にいるのを一番大切にしているなと。休みの日はどこに行くわけでもなく、家族とテラスでコーヒーを淹れて、地元のお菓子を食べながらテラスでのんびりしていて。
僕も現地ではそこで一緒に過ごしていて、物に溢れている自分たちとどっちが豊かで幸せなのかをふと疑問に思うことはある。だから、「誰かと一緒にいることが幸せなんだ」というのは彼らから教わったことでもあるんだ。
西村:コーヒーショップで生み出せる幸せって、まさにそういうことなのかもしれませんね。お店にきたら、お客さんがその空間に一人きりになることって絶対にない。
私にとってもこれが幸せなんだなって、改めて思いました。