STORY

第7話 | 2008年12月22日

僕たちが四人のチームになってから二ヶ月が経とうとする頃、仕事を終えた僕はミヤのアパートへと向かっていた。

スカイプでのミーティングには四人とも慣れて来ていたが、年が終わる前にやはり一度顔を合わせて話をしようというふうに前回のミーティングで決まったからだった。

 

ミヤが住む千葉の街はクリスマスに際し賑わっていた。駅から少し離れた住宅街に入っても、街中の光を引き伸ばすように、各家庭の木々や塀にも飾りの電飾が散りばめられていた。街中にあるものよりも、光量も色数も少ないその慎ましい点灯を見ていると不思議と穏やかな気持ちになった。

「今年はクリスマスどころじゃないなあ」と、足を止めて思う。

会社と自宅を行き来し、空いた時間には起業に向けて、季節労働に向けて、世界一周に向けての調べ物や考えごとをする生活が続いていた。初めての都会暮らしと冬の到来もあいまってか最近はふと寂しいような気分になることもあったが、世間のクリスマスムードにさらに追い討ちをかけられている場合ではないと、僕は気分を改め目的地へ向けて足を早めた。

 

「鍵は開けておく」の事前情報にしたがってドアを開けると、すでに三人分の靴があった。どうやら僕の到着が一番遅かったらしい。時計を見ると21時を回っていた。

僕の到着に気づいたのか、奥の部屋から「入って来ていいよ!」と元気な声が聞こえた。「お邪魔します」と僕は靴を脱ぎ、キッチンと部屋を分けるドアを開けてリビングに入った。

「よう」と本間君は笑って手を挙げる。琢也君はチラとこちらを見て「おお」と言葉を放ったが、それは挨拶と呼べるようなものではなかった。琢也君は挨拶が下手すぎる。「ご飯食べてないよね?」と言いながら、ミヤがいそいそとお椀を準備している。テーブルの真ん中では大きめの鍋の中で沢山の具材がぐつぐつと煮えていた。

「お疲れさま」と僕は手を上げ彼らに答えた。四人で集合したことはこれまでほとんどなかったが、その平凡で温かい光景に心が少しやすらぐ。道すがらの思考の反動もあってか、自分でも驚くぐらい自然に微笑んでしまっていた。

僕は僕の為に空けられていたテーブルの一辺に腰を落ち着け、「いただきます」とお椀を取った。

 

 

ご飯を食べ終わり「さて、ではやりましょう」とミーティングが始まった。Skypeのミーティングになれてしまっていたせいで、初めのうちは顔を見合わせて話すことにどこか照れやぎこちなさが伺えた。

それらはもちろん大きな問題ではなく、すぐに普段の調子を取り戻してミーティングは進んだ。微妙な表情の変化や空気感など、面と向かって話してみないと気づけないものはたくさんあると改めて感じる。

 

この二ヶ月間で、個人の能力や適性に合わせて自然と仕事の分担が出来ていった。

本間君はチームの理念や季節労働の計画づくり、琢也君は起業に必要な情報集めや季節労働の試算、ミヤは世界一周の企画づくりで、僕は情報発信。2010年4月の世界一周出発を目指し、その一年前となる次の3月には、世界一周参加者を集めるための告知を開始する予定だった。

僕の仕事は友人や応援してくれる人が見れるブログやホームページをつくり、季節労働と世界一周、その先に目指す事業の計画や自分たちの現在の状況を公開していくことだった。

すでに仕事を辞めてしまった琢也くんと違って、僕やミヤは仕事を終えてからの限られた時間内での作業となっていたが、今のところはほぼ予定通りに進んでいたので、この日は進捗の報告程度で済んだ。

四月からの季節労働については、一番初めに働かせて頂く予定のお茶工場の社長と本間君が連絡を取り合っているところだった。季節労働の先輩である本間君の友人から社長を紹介してもらえたのはよかったものの、先方は直接僕らに会ってから働いてもらうかどうかを判断したいと話しているそうだ。女の子がいることも危惧しているという。

来年の年始の三日に四人で静岡まで出向き、挨拶をさせていただく予定を本間君が取り付けていたので、「その時にしっかり自分たちを売り込もう」と意気込みこの日は挨拶に伺う日のスケジュールに関して話し合った。

 

 

しなければならない話も終わり、会社を辞めて起業を目指すというこの状況について、親や上司の反応はどうか、という方向に話は展開した。

本間君は両親とも話した上で僕らのことを誘っており、彼の両親の意見についてはすでに聞いていた。しかし他のメンバーの親が今回の計画についてどう思っているかに関しては、お互い知らないままだった。

 

琢也君が僕とミヤに先駆けて会社を辞めたのは今月頭のことだった。琢也君は経営コンサルタントの会社に勤めており、夢を追って独立していく人も多く、上司も一切驚いたりせず真剣に話を聞いてくれたそうである。会社を辞めることに関しても反対はされなかった。

しかし資金を季節労働で集めようとしている点と、何より「仲間とやる」点で何点か忠告を貰ったとのことだった。琢也君がその忠告を僕らに伝え、僕らはうんうんと聞いた。

また、琢也君の父は大分で有名な焼肉チェーン店の経営者であり、琢也君が決意を表明したときも「起業?ガハハハ。やってみろ、絶対無理だ」と大声で笑われたという。琢也君はそのことに関して多くは語らなかったが、彼にしか感じ得ないプレッシャーを抱えているのはわかった。

 

僕は会社にはまだ話していないものの、親には既に相談してあった。

実際に話すまでは、「大学を出してもらって申し訳ない」とか「せっかくしっかりした会社に入ることができたのに」という気持ちが僕の中にあって、二人を落胆させてしまうんじゃないかということばかり考えていた。

しかし両親が言ってくれたのは「タイミングはほんとうに今なのか」とか「友達とはじめて、今はよくてもお金のことで元の関係すら保てなくなることだってあるんだぞ」など、僕への心配ばかりだった。仕事を辞めることや考えの甘さを責めるようなことは一切しなかった。「申し訳ない」という考え方がかえってひどく自己中心的であるように思えて、僕は少し情けなくなる。

両親は最終的に「賛成はできない。しかしそれでも止めはしない。後は自分で考えなさい」という結論を僕にくれた。

 

ミヤは会社の上司に話をした際、起業を目指すことだけでなく、会社を辞めることについてもしっかりと反対されたと話した。

ミヤの上司は「辞める人に対して、会社として反対することはある。しかし君のことついては私個人としても反対だ。まだ君はここで何も見つけて見つけていないだろう」と言ったらしい。

ミヤの場合は、彼女のお父さんからも大きく反対されていた。ミヤのお父さんは経営者であり、僕たちの計画がいかに無謀か、どれだけ考えが甘いか、想像力が足らないかについて懇々と語られたそうである。

「まったく反論もできない状態だった。すべてその通りだと思った」とミヤは言った。僕たちはそのまま全員口をつぐんでしまった。

ミヤのお父さんが、僕や琢也君や本間君の親と違うところは、とにかく全面的に反対しているところであり、「そこまで言うならやってみろ」というような赦しがひとつとしてなかったことであった。

 

しばらく沈黙が続いたのち、本間君が言った。

「ミヤの実家へ、山形へ行こう。そして直接お父さんと話そう」

本間君以外の三人が無言で本間君の方を見る。

「意見をぶつけに行くんじゃなくて、聞きに行こう。失敗するって言われてるなら失敗しないようにアドバイスをしてもらおう。その上でどうしてもミヤと一緒にやりたいと思ってるっていうことをしっかり伝えよう」

本間君はまさに真剣そのものといった面持ちだった。

「本気で起業しようとして、この先騙そうとしてくる人だって出てくるかもしれない。批判されることだってあるかもしれない。その中で俺たちを心配して意見をくれる人の言葉には全て真剣に耳を傾けよう。そのあとどうするかは、そのときまた考えよう」

琢也君の父も、それぞれの上司も、ミヤのお父さんも、当然僕たちより物事が見通せる人たちであり、その人たちの意見はきっと的を射ている。

本間君の発言は現状を解決するものではないけれど、今の僕たちに出来ることを指し示していた。それに、いまのこの暗いムードを壊すのにも十分な発言だった。

「全員で山形まで足を伸ばせるのは仕事が始まる前の正月休み。静岡のお茶工場に挨拶に行く前の日、なんとか会ってもらえるよう聞いてもらえないかな」

ミヤは携帯電話を取り出しすぐさま実家に電話をかけた。

「2日ならゆっくり話せるって。予定、合わせられそうだよ」

僕たちは本間君の提案に同意した。考えてみれば9月から今まで、自分たちなりに細かい活動や準備を続けてきたけれど、全員で大人の方に意見をもらうような機会はなかった。

僕らは顔を合わせて頷き、少しだけ和らいだ空気のなか、残った具材をつまみにビールを飲んだ。しばらくして、僕はリビングの床の上に横になる。

他の三人は「会社ができたら名前はどうするか」だのなんだの、ここでは絶対に決まらないであろう議題で白熱していた。まじめな話し合いだけでなく、こんなふうに楽しく過ごす時間も僕らには必要だった。

それがくだらない話だろうとなんだろうと、こうしてみんなで話す度にすこしずついろんなことが動いていく。わいわいと三人の楽しそうな議論を聞きながら僕は目を閉じた。後から聞いた話ではそのまま一番先に寝てしまったそうである。

 

翌朝、ビールの缶と未だ寝ているみんなの体を踏まないように気をつけながら歯を磨きに行くと顔と足に落書きがされていた。

僕は後ろの毛布の中でもぞもぞと動く三人をきっちり睨みつけてからひとり黙々と落書きを消した。落書きを消しながら、この家に来る前に感じていた寂しさのようなものがすっかり消えていることを自覚した。

 

*この記事は当時書かれていたブログや日記を元に、また新たに書かれています。