「いいブランドはどのようにして生まれるのだろうか?」
外部の編集チームである私たちが、Backpackers' Japanに聞きたいと思ったのは、ブランドづくりの考え方でした。
「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」の理念のもと、2010年の創業から4軒の宿泊施設、キャンプ場やロースタリーを営んできたBackpackers' Japan。
そこに訪れる人たちから、「どこに行ってもおなじような居心地の良さがある」「開放的でありながらも親しみやすさを感じる」という声をたくさん耳にしてきたことが、“ブランド”をテーマに据えた理由です。
このテーマで真っ先に思い浮かんだ人物がいます。Backpackers' Japanの創業代表で、2019年11月にライフスタイルブランド「SANU」を立ち上げた本間貴裕さんです。
SANUは、本間さん自身の「人は自然を必要としていて、自然もまた人を必要としているんじゃないか」の思いから生まれ、「⼈と⾃然が共⽣する社会の実現」を目指しています。その中で本間さんが自身に与えた肩書きが「Founder」の他に「Brand Director」でした。
“ブランド”の言葉を背負うのは、Backpackers' Japan創業メンバーで今年から「Chief Branding Officer(CBO=最高ブランド責任者)」の肩書きに変更した石崎嵩人さんもおなじ。
今年5月。Backpackers' Japanの宿泊施設1店舗目として2010年10月にオープンしたゲストハウス「toco.」にて、石崎さんと本間さんの対談が実現。
大学時代からの友人同士でもある彼らが、「会社にとってブランドとは何か」について膝を突き合わせて話しました。
石崎さんと本間さんが考える、ブランドの生まれ方、その根底にあるものとは──。
SANU/Founder, Brand Director
Backpackers' Japan/非常勤取締役
本間貴裕2010年2月にBackpackers’ Japanを創業。同年、古民家を改装した「ゲストハウスtoco.」(東京・入谷)をオープン。その後「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」(東京・蔵前)、「Len京都河原町」(京都・河原町)、「CITAN」 (東京・日本橋)を開業。また「K5」(東京・日本橋)の企画およびプロデュースをする。 2019年11月にライフスタイルブランドSANUを創業。
Backpackers' Japan/取締役CBO
石崎嵩人2010年2月に本間とともにBackpackers’ Japanを創業。取締役として予約導線設計や広報戦略を担当。2022年にCBOへと肩書きを変更し、会社のコーポレートアイデンティティ設計やブランド構築、事業ごとのコンセプト策定やクリエイティブディレクションを行う。
(企画:なかごみ / 取材・執筆:小山内彩希/取材・編集:くいしん/ 撮影:Keisuke Furukawa)
ブランドとは「事業の根幹にあるもの」
── 石崎さんは今年4月、Chief Information Officer(CIO=最高情報責任者)からCBOになりました。本間さんも2019年11月のSANU創業時から、ご自身をFounder、Brand Directorとしていますが、ふたりはなぜ肩書きに“ブランド”という言葉を使うようになったのですか?
石崎:肩書きを変えたのはこの春からですが、ブランドについて考えるようになったきっかけは本間くんが2020年に代表を退任したことでした。
本間:そうだったんだ。
石崎:それまでは自分たちらしさを表現して会社の外の人たちと共有するのは当たり前に本間くんがやってたけど、退任をきっかけに、僕がその役割をやるべきだなと。求められているとも思ったしね。そうして徐々に、「自分たちらしさ」を考えることに思考を寄せていったんです。
本間:会社の中では、会社としての感情を汲み取る人が必要だと思うんだよね。なんか嫌だなとか、なんか好きだなとか。CBOはそういった経営判断など論理的にはいかない部分に向き合う役割を果たしていて、Backpackers' Japanではいっしー(石崎)がそこを担ってきたと思うな。
石崎:本間くんとは創業時からわりとそのへんのことについて話してきたと思う。究極的なことを言えば、創業時の組織の代表のように、一番思いのある人物がいて周りの人たちと常に対話して全員が共感し合っている状態だったら、理念を明文化したり、「らしさ」を具現化する必要はないような気もするんだよね。
でも会社が成長してく中で、そうじゃないタイミングが出てくる。人が多すぎて共有できないとか、この先どっちの方向に進めばいいかわからなくなってくるとか、そもそも最初にやりたかったことと会社ができることが違ってきたりだとか。
Backpackers' Japanも成長していく中で、本間くんの言葉でいうところの「感情」なのかもしれないけど、“会社の人格”を捉え直すことが必要だと思ったし、それがブランドを考えるということなんだろうと自分の中でつながった。
本間:Backpackers' Japanは数年前から、いっしーが旗振り役になって理念の見直しやCI(Corporate Identity)の設計をしてきたけど、それも会社の人格を捉え直そうとしたことが発端にある?
石崎:うん。もとの理念である「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」は、ゲストハウスをつくるために掲げたもの。創業から10年、指針としても目的としてもしっかりと役割を負ってくれたし、ちゃんと理念を実現することもできたと思う。
一方で、ロースタリーやキャンプ場などゲストハウスを超えた事業をやっていこうとなったとき、いまの理念のままではそれ以上に会社を推進していく力になりづらいと感じていました。
そういった背景がある中で「自分たちらしさ」を見直すことから理念の再構築やCIの設計を進めていき、僕自身はいよいよCIも形になるタイミングで肩書きをCBOに変えたという感じかな。
本間くんはなんで今の肩書きに?
本間:自分の役割はそうとしか呼べないと思ったから。Founderというのは言葉どおりSANUの発起人ということなんだけど、その役割は立ち上げの時点でほぼ終えていると思っていて。
その後の自分の役割を考えたときに、会社の芯の部分を感じ続けることなんじゃないかと気づいたのが、肩書きをBrand Directorにした理由。
芯の部分とは、会社を1本の木にたとえたときの幹や根の部分で、それは理念やビジョン。事業や、事業の先にある空間は、枝葉のようなものな気がするんだよね。
Backpackers' Japanでの約10年を振り返ると、芯の部分がしっかりしていれば会社が望まない方向に進むことはないというのが体感としてあって。だから根底となるストーリーや背景、もっと言うと思想を担っていきたいと思ったし、それがカルチャーを含めてブランドをつくっていくことなんじゃないかって考えたという感じかな。
石崎:カルチャーやブランドを考えていくことが経営判断をしていくトップと、双璧をなすくらいだいじなことだと捉えている?
本間:そうだね。SANUは俺自身の「自然と共に生きたい」思いと「社会のために生きたい」思いの同居を自覚したことから始まっていて、それが「人は自然を必要としていて、自然もまた人を必要としている」という信念につながっている。
この信念のもとに起業していいのかは正直、代表の福島弦と半年間も悩んだことだったんだよね。「本当に自然にとって人間はウイルス的なものじゃないと信じられるのか、信じられないなら起業なんてせずに田を耕してミニマリスト的に生活したほうがいいんじゃないか」。こんな話を繰り返していたんだけど、やっぱりそれだと世の中は何も変わらないから、変えるための覚悟を決めたの。その上で今の肩書きになっている。
Chief Branding DirectorではなくBranding Directorにしたのは、ブランドは会社の中でもっとも大切なものだと思っているから「C」がつく役職は役員会の中では並列になってしまうけど、自分の中ではそれ以上はないくらいブランドが大切な位置づけにある。それを背負おっていくんだという意志の表れとして、この肩書きにしました。
内側を深掘りすることで、ブランドは「溜まっていく」
── 今、カルチャーという言葉が出てきましたが、カルチャーとブランドの違いはなんでしょう?
本間:カルチャーの方が抽象的だよね。右脳的なつながりというか、「なんとなく〇〇が好き」という感覚を共有している人たちが、同じ場に集まっているようなイメージ。
ブランドはそれがより具体化されたもの。カルチャーを前提として、「だからこういうロゴで、こういう言葉で、こういうカラーなんです」と整理されたものだと捉えています。
石崎:うん、納得する。その上で僕としては、カルチャーは滲み出るもので、ブランドはいろんなことを悩んで取捨選択した先に静かに蓄積されていくもの、ってイメージがあるかな。
本間:ブランドは蓄積されるものっていうのは、本当にそうだね。
石崎:こうやって話してみると、“ブランド”という言葉を、僕たちはイメージ戦略のような意味合いで捉えてはこなかったんだと実感するな。
Backpackers' Japan設立当初から、ブランド構築にあたってコンサル会社などの力を借りようとはしてこなかったのもそういうことだと思います。
本間:それと同時に、若い頃は、若さゆえに反骨精神や世間知らずなところもあったとは思う。
ブランディング会社やコンサル会社はパワーがあるから、そういう大きな力を自分たちが何者かもわかっていないような段階から取り入れてしまうことによって、キャラクターが固定化されることや未来の可能性が狭められてしまうかもしれない怖さがあった。こっちの芯さえブレなければ、組む価値は十分あるんだけどね。
石崎:そうね。そして僕は、正解を外に求めないことがブランドを考えることだと思ってる。
「外」っていうのは社外って意味じゃなくて、世の中のどこかにブランディングの正解があると思ってしまう状態のことで、正解を外に求めると、自分たちらしさはつくられない。
そもそもなにが正しいかなんて不明確で、良しとされる価値基準も目まぐるしく変化する時代で、その中で本当に折れないものをつくっていくためには、正解を内側に尋ねていく方法しかないんじゃないかな。
内発的なブランドは、折れず、オリジナルなものとなる
── ふたりがブランドや会社への考え方を自然と共有できているのは不思議なことですよね。
本間:やっぱりずっと、「Backpackers' Japanとは何か」「ブランドとは何か」という部分に、わりと真剣に向き合ってきたからじゃないかと思います。もう会社の話って、それしかないじゃん?ってくらいのテンションで。
石崎:なるほどね。
本間:会社設立の直前に、創業メンバー4人がそれぞれリサーチも兼ねて日本や世界各地を旅していたけど、その当時から「どういう宿が存続できて、どういう宿が無くなってしまうのか」という話を重ねてきたよね。
出した結論は、「その宿を愛する人がひとりでもいれば無くなることはない」。裏を返せばいくら立地が良く、格好良くても、誰も愛していなかったら廃れてしまうということ。
ここ、ゲストハウスtoco.も、「この宿を愛するのは、創業メンバーの中で宿泊施設1号店の女将になる宮嶌智子(Backpackers' Japanの子会社・株式会社Noum代表)だ」ということから、屋号は代表の俺ではなく彼女に考えてもらうことにした。
その頃からもうBackpackers' Japanのブランドに対する考え方は始まっていたんじゃないかな。
石崎:会社設立前後の立ち上げ期もそうだし、そのあともこれまでずっと、本当にたくさんの話し合いを重ねてきてるよね。
本間:そして、事業が進んでいく過程の話し合いでは、洗練されていないモノも出てくるけど、排除せず、話をしたり、包括したりしてきた。
石崎:もちろん対立する声や一見まとまっている流れから外れた意見も出てくるしね。
本間:ひとりの意思の中にも対立があって、それが10人、50人と増えていくとそのぶん雑多な意見が飛び交うことになるんだけど、そこまで吸収しきったものがブランドであり、滲み出ているものがカルチャーだと思ってやってきたんだろうなって。
石崎:誰の目にもきれいな、対立のひとつもないクリアな状態じゃなく、周り道のプロセスやさまざまな機微が合わさってこそ、代替不可能なものになるのかもしれない。
いろんな意見を受け止めたり吸収するにあたってやっぱり「会社はどんなやつで、なにが好きで、これからどんなことがしたいのか」と内側に尋ねることが大切になってくる。
声が多ければ多いぶんだけ、それらに向き合って選択を重ねたぶんだけ、結果的に他の人にはつくれないユニークネスを突き詰めたものになると思っています。
ブランドや理念の手前にあるもの
石崎:なんか学生時代からこんな話ばっかりだよね?
本間:観念的な話ばっかり(笑)。
今回のCI設計だってそう。理念を捉え直そうとするいっしーから、「『あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を』のもっと手前には、自由があるんじゃないか?」と聞いたとき、「こいつ天才か?」と面食らったことを覚えてる。
石崎:はは(笑)。
この会社の芯にはなにがあるのかをスタッフや役員にヒアリングしたり、過去の資料を振り返ったりしたらいくつかキーワードが出てきて。
その中で最も根底の部分になっていると感じたのが、「自由と自然」だった。僕らは旅だったり空間だったりを通じて「人って、もっと自由に生きていい」という感覚を共有していると気づいたんだよね。
「自然」っていうのは、僕らの文脈では自然体という意味になるんだけど、それは子会社のNoumが担ってくれているから、Backpackers' Japanは「自由」について考えるべきだと思った。
本間:考えた結果、いっしーがたどり着いた自由とはなんだったの?
石崎:思ったのは、僕らが旅や宿で感じた自由って「いろんな人から刺激をもらえて最高、俺も何者かになりたい!」ではなくて、「いろんな人がいて、生き方があって、じゃあ自分も別にどう生きてもいいか、『こうしなきゃいけない』ことなんてほんとうはないんだ」っていう、ある種スイッチがオフになる自由だったなって。
石崎:さらに、自由の感覚をつかむには内部要因と外部要因のふたつの道があるんじゃないかと気づいて。それが今回つくったCIのmissionとpurposeの軸になっている。
missionの「新しい景色をつくる」は自分たちでつくってみること、まだ世の中にないものの価値を信じて生み出していくこと。「自由でいるからつくれる」んじゃなくて、人は「つくってみるから自由になれる」んだと思う。purposeの「旅多き世界のために」はまさに、いろんな人がいて、そこにはさまざまな生き方があると知れること。文化や国籍や人種が自然と混じり合う未来に関わりたいという思いから生まれました。
でもこうやって時間をかけてCIの言葉を探してみても、やっぱり言葉がすべてじゃない。言葉って、言葉の手前にある概念や観念を現世に下ろすための依り代(よりしろ)のようなものだと思うから。
本間:言葉もブランドに紐づく枝葉のようなものだよね。いい加減に使うと半分くらいしか浸透しないから、なるべく100%の意味合いに近くなるように選んでいくようなイメージ。
石崎:そうそう。だからこれから、もしかしたら依り代として使っていく言葉は変わっていくかもしれないけど、「自由」や「自然」といった観念的な部分は変わらないんじゃないかと思っている。
SANUは「Live with nature. / 自然と共に生きる」を掲げているけど、本間くん自身はこの理念の手前には何があると考えているの? 「自然と共に生きると何がいいんだっけ?」というところで言ったら。
本間:ちょっと脈絡のない話に聞こえるかもしれないけど、自然と人間が共生できると、それは人の自信のなさや不安を解消することにつながると思っているんだよね。
石崎:ええっ、どういうこと?
本間:俺の中にはもうずっと、「人ってなんで自信がなくて、いつも不安なのかな?」っていうテーマがあって。それを解消するのは成功体験だ、とか言われたりしているけど、それは本質じゃないような気がしている。
もっと大きな、この地球上で生きる種としての不安があるんじゃないかと思っていて。言ってしまえばそれは、「全体の中で自分が役割を果たせていないんじゃないか」という不安。どんな小さな世界だってそうじゃん。クラスにいても、会社にいても、存在意義がわからなかったら不安だっていうのと一緒で。自分がいることで会社は悪い方向に進んでしまうかもしれないという不安は、自分が存在することで地球を破壊しているのかもしれないという不安と重なるんじゃないかと思うんだよね。
石崎:本間くんだけじゃなくて、多くの人がそういう不安を根源的に抱えているんじゃないかってこと?
本間:うん。とくに今はみんなが情報交換している世の中ということもあり、俺個人が感じることと、多くの人が感じることはどこかでリンクしていると思っている。だから大げさにいうと、SANUがやろうとしている「自然と共に生きる」の手前には、「人間を肯定する」というのがあるんじゃないかと思うんだよね。
石崎:めっちゃおもしろい。
本間:自由の話も、だいぶおもしろいけどね。
石崎:これまでちゃんと言葉になってなかっただけで、自由であることについては個人としてもずっと考えてたのかもなあ。
本間:俺の中では、いっしーは大学の頃からずっと変わらず自由を愛する人だよ。