INTERVIEW

コーヒーとの「距離」を近づけるために、いま私たちがしていること

こんにちは 、Backpackers’ Japanの西村です。早いもので、Haruがオープンしてから1年半が経ちました。

この間に焙煎機を導入したり、シェアローストをはじめたりと、いろいろな出来事がありました。特にシェアローストは、絶対に挑戦したかったことなので、ほんとうに嬉しいなと思っている今日この頃です。

焙煎の様子。豆の焼き加減を色や匂いで確認しています。

 

もちろん「挑戦」は終わりではありません。ほかにもやるべきことはたくさんあります。でもこのあたりで一度、棚卸しをするみたいに、Haruの1年半を振り返ってみたいなと思いました。

そこで今回、お店を立ち上げる前からずっと二人三脚で走ってきた辻本さん(つーじーさん)と一緒に、いろいろと話をすることにしました。最後までお読みいただければ嬉しいです。なお、聞き手はライターの渡辺平日さんです。


Backpackers’ Japanは、「新しい景色をつくる」というミッションのもと、ホテルやホステル、カフェなどを運営している会社です。BERTH COFFEEは、Backpackers’ Japanのコーヒーブランドで、日本橋にある〈CITAN〉というホステルに併設されています。そしてHaruは、BERTH COFFEEが蓄積してきたノウハウを生かし、2021年の春にオープンしたロースタリーなのです。

 


西村結衣(写真左)/1996年生まれ。大学生時代にコーヒーに興味を持ち、ドリップや焙煎のセミナーに通って知識や経験を深めてきました。大学卒業後の2019年4月にバリスタとしてBackpackers’ Japanに入社。現在はBERTH COFFEE ROASTERY Haruで、焙煎士と店舗マネージャーを担当しています。

辻本稔幸(写真左)/1987年生まれ。Lenを利用したことがきっかけで、バリスタという働き方に興味を持ちました。2017年にBackpackers’ Japanに入社し、同社初のカフェブランドであるBERTH COFFEEのオープニングスタッフに。時が経ち、2021年には、同社初のロースタリーであるBERTH COFFEE ROASTERY Haruの立ち上げに携わることに。現在は馬喰町の本店に異動し、クオリティコントロールやマネジメント業務を担当しています。

 

お知らせ

新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐため、取材前の検温や体調チェック、撮影時の換気や手指消毒などを行っています。そのほか、打ち合わせをオンラインで開催し、定休日に時間帯にインタビューを実施するなど、感染症拡大防止に努めています。

 

渡辺
西村さん、辻本さん、こんにちは。時間が過ぎるのは早いもので、オープンから約1年半が経ちました。これまでを振り返ってみて、今、どんなことを感じていますか?

辻本
正直に言うと、このお店がどのくらい受け入れられるかなと、けっこう不安に思っていました。もちろん今でもその気持ちはありますが、だいぶ落ち着いてきました。

渡辺
Haruがある押上と錦糸町エリアには、カフェや喫茶店が多いですからね。その気持ち、お察しします。

辻本
ほんとうに多いですよね。ただ、想定していた以上に、お客さんから支持していただけて、とても嬉しいなと思っています。

辻本
もっと個人的な変化でいうと、もっともっとコーヒーに詳しくなりたいと感じるようになりました。コーヒーとの向き合い方が変わったというか。

それで最近は、ちょっとでも知識を高めるために、仕事の合間を縫って勉強会や講習会に通っています。

渡辺
ポジティブな変化がたくさんあったんですね。では、西村さんはいかがですか?

西村
前回のインタビューで「開店してからすぐにたくさん常連さんができた」というお話をしましたよね。ありがたいことに、その方々とはずっと仲良くさせていただいています。

西村
より仲が深まって、何人かで食事に行ったりとか……。つーじーさん(辻本さん)なんかはほとんど毎週のように、常連さんとランチに行ってますよ。

辻本
「辻ちゃん、いる?」みたいなノリで来てくださるんです(笑)

一同
(笑)

渡辺
すごくアットホームですね。まるで個人経営の居酒屋のようです(笑)

西村
ほかにも定期的に自家製のお菓子を差し入れしてくださる方もいらっしゃいます。ほんと、常連さんに支えられているなあと思いますね。もちろん、新しいお客さんも、ありがたいことに増えています。

渡辺
大好きなお店ですから、順調なようで嬉しいです。さて、ちょっと話が変わりますが、ここ1年での最大のニュースといえば、ロースター(焙煎機)を導入したことではないでしょうか?


「Loring S7 Nighthawk」というアメリカ製の焙煎機を導入しました。直火ではなく熱風で焙煎するので豆が焦げにくく、また、操作も簡単ですので、初心者の方でも安心してお使いいただけます。ちなみに生豆ですが、Haruで購入することも、持ち込むことも可能ですので、お気軽にご相談くださいね。

 

辻本
そうですね。もう「ついに来たな!」という感じでした(笑)

西村
気合が入りましたね。いよいよだなと思いました。

辻本
ただ、正直なところ、「扱いきれるかな?」とも思いましたね。これがもうとんでもないジャジャ馬で……。

渡辺
(笑)。調整が難しかったということですか?

西村
そうなんです。2021年の8月に届いたのですが、調整するのに4ヶ月くらい掛かりました。なにせ高価なものなので、「うまくできるだろうか」と思うと、プレッシャーがすごかったです。

渡辺
高級車が数台買えてしまうくらいの機械ですから……。想像するだけで冷や汗が出そうです。

ところで先ほど、辻本さんが「コーヒーとの向き合い方が変わってきた」とおっしゃってました。これはやはり、ロースター導入が要因として大きいですか?

辻本
間違いなく影響はありますね。――これまでは(他のロースタリーで)焙煎された豆に対して、「どうやったらおいしくなるか?」と考えてきました。

辻本
自分たちで買い付けをし、焙煎をするようになってからは、豆やコーヒーへの意識がずいぶんと変わりました。

具体的には、「どういう生産者さんが育てているんだろう」とか、「どういう農園で育っているんだろう」というふうに、より広い視点で考えられるようになったんです。

もちろんこれまでもそういう意識はありましたが、なんというかこう……。


コーヒーの味や香りを確かめる「カッピング」をしている様子です。専用のシートを作成し、細かい情報を記録しています。

 

渡辺
解像度が高まったという感じですか?

辻本
そうですね。解像度が高まって、いろいろな物事が想像できるようになったと思います。

西村
私もつーじーさんと一緒で、焙煎機を導入してから、意識に変化がありました。自分たちで豆を仕入れてきて、自分たちで焙煎するようになってから、「一杯のコーヒー」に対する責任感が増しましたね。

西村
言うまでもなく、これまでも誇りを持ってバリスタを務めてきましたが、ますますその気持ちが強まりました。

渡辺
ありがとうございます。ところで以前、ロースターを導入した理由は、主にふたつあると伺いました。ひとつが自分たちが焙煎した豆を顧客に提供すること。そしてもうひとつが、シェアローストをはじめることです。

現時点ではまだ試験導入中ですが、シェアローストの手応えはいかがですか?

西村
制度がはじまってからまだ半年程度ですが、予想以上の手応えを感じていますね。「多くの人の助けになっている」という感覚があって、はじめてよかったなとしみじみ思っています。

たとえばカフェを経営している方が「自分で焙煎した豆をお店で提供したい」と利用してくださったり、「お店は持っていないけど自分のブランドを持ちたい」という方が使ってくださったり……。

西村
変わったケースでいうと、自家焙煎しているお店の方が利用してくださったこともあります。というのも、お店のロースターが故障してしまったから、Haruで焙煎して急場をしのぐ……ということがあったんです。

渡辺
たしかに、ロースターが壊れてしまったら、めちゃくちゃ困りますよね。

辻本
海外のメーカーのものだと、日本に代理店が無かったりして、修理するのにもすごく時間が掛かってしまうんですよね。

西村
こういうケースは想定してませんでしたが、困っている同業者の力になれたので嬉しいです。みんな喜んでくれるし、ほんとうにこのシステムって、ポジティブでいいなあと思いました。

技術とか設備、情報とかそういうものを出し惜しみなくシェアするのは、コーヒー業界の特色といえるかもしれません。

渡辺
なるほど。なんだか「共生」や「共存」という言葉がしっくりきます。

ところで、個人のお客さんの利用状況はいかがですか? やはりお店の方の利用のほうが多いですか?

西村
そうですね。ただ、プロの方たちと比べると少ないですが、継続して使ってくださっている方もいらっしゃいますね。

辻本
中には一度に10kgぐらい焼かれていくお客さんもいますよ。

渡辺
10kgもですか!? すごい。個人用ならふつうは3kgぐらいですよね。

西村
家族や友人たちに配っていると聞きました。オリジナルのスタンプを作って、パッケージをおしゃれにしたりと、かなりこだわっていますよ。

渡辺
おお。それは素敵ですね。

西村
個人でこんなに活用してくれる方がいるとは想定してなかったので嬉しかったです。

辻本
その方はもともとアメリカに住んでいたそうで、近所のカフェでよく焙煎してたそうなんですよ。

西村
そうそう。ところが日本に帰ってきたら「あれ、焼ける場所がない」となって……。それから「シェアロースト」などと調べて、Haruを見つけてくれたそうです。

国や地域にもよりますが、個人がお店で気軽に焙煎できる文化があるんですよ。たとえばコーヒーカルチャーが進んでいるメルボルンやカリフォルニアなどでは珍しくないようです。

西村
そういうふうに趣味で焙煎を楽しむ人を「ホームロースター」と呼ぶそうです。

渡辺
なるほど。そのお客さんはまさにホームロースターなんですね。

西村
そうですそうです。その方から焙煎できるカフェの話を聞いたり、写真を見せてもらったりしますが、そのたびに「いいなあ」と思います。

辻本
なんというか羨ましいですよね。

西村
「なんでこんな素敵な文化が、日本で普及しないんだろう?」って真剣に考えたりします。

渡辺
特に都市部では土地が狭いですから、なかなか難しいのかもしれませんね。

西村
環境の違いは大きいと思います。すぐには難しいと思いますが、BERTH COFFEEでの取り組みを通して、もっともっと焙煎を気軽にしたいです。

渡辺
たとえばクッキーを焼いて友達に渡すくらいカジュアルになるといいですね。

辻本
めちゃくちゃいいですね。それくらい気軽にしたいです。

西村
うんうん。それが私たちが目指している未来のひとつです。趣味で焙煎を楽しめるようになると、コーヒーとの距離もぐっと近づくと思っています。

渡辺
あえてお伺いしますが、現時点での課題はどんなものがありますか?

西村
うーん、やっぱり個人の方にももっと利用してほしいです。これまでは一人でお店に立っている時間が多くて、シェアローストを周知したり、改善したりする暇がなく……。

これからは新しいスタッフも増えますので、情報発信を強化したり、制度をさらに整えたりしていきたいですね。

渡辺
ある程度コーヒーに親しんでいる僕でも、「自分で焙煎するのってなんだか難しそうだな」と思います。でもこうやってお話を聞いていると、だんだん挑戦してみたくなりますね。

それでは最後に、お二人の今後の目標を教えてください。

辻本
僕たちがもっと専門的な知識を身につけて、それをお客さんに伝えていきたいと思っています。具体的には、さっきもお話ししましたが、産地の情報なども伝えていきたいですね。

辻本
「この農園は、売上の一部を地域の教育のために使っているんですよ」とか、そういうことを知ると、コーヒーに対する思いも変わってくると思うんです。

渡辺
なるほど飲んだ人の価値観が変わるような、そんなコーヒーを追求したいということでしょうか。

辻本
そうですね。僕たちは基本的には、目の前のお客さんにしか影響を与えられません。その力はほんとうに微々たるものだと思います。でも、そうした小さな「もの」を積み重ねていって、ちょっとずつコーヒーカルチャーにいい影響を与えたいです。

渡辺
とても素敵な目標ですね。一人の「つーじーファン」として、全力で応援したいと思います。では、西村さんはいかがでしょうか?

西村
うーん。やりたいことが多すぎてすぐには答えられそうにないです(笑)。新しいメニューを考えたいし、イベントも企画したいし……。

渡辺
(笑)。シェアローストに関してはいかがですか?

西村
あっ、それならすぐ答えられそうです。繰り返しになりますが、この制度を通じて、コーヒーカルチャーを活性化させたいですね。BERTH COFFEEが、コーヒーをより身近に感じるきっかけになるような、そんな場所にしていきたいです。

これも繰り返しになりますが、焙煎をするようになると、見えてくる世界がぜんぜん変わってくるんですね。産地の環境問題や労働問題に目が向くようになったり……。

そういう意識をみんなが共有することは、コーヒーカルチャーがもっと成長していくためには、絶対に欠かせない要素だと思います。

西村
生産者が情熱を注ぎながら育てたコーヒー豆には、日常を豊かにする力があると信じています。

もちろんそれをカフェで楽しむのも素敵だと思います。でも、自分で焼いた豆で飲むコーヒーは、お店で飲むコーヒーとはまた違うおいしさがあります。ですのでぜひ焙煎から楽しんでみてほしいですね。

……もっと焙煎が身近になれば、コーヒーを取り巻く文化は、もっとおもしろくなっていくはずです。だから私たちはこの場所から、シェアローストという制度をもっと広めていきたいです。

渡辺
ありがとうございました。すでにとても忙しいのに、これからますます忙しくなりそうですね。

西村
そうですね。立ち止まってるのがもったいないので、どんどん進んでいきたいです。

渡辺
なんとなくですが、西村さんはいつか、コーヒー豆の農園を運営するのではないかと思っています。

西村
実は、それも少しだけ考えています。実現するとしたら、ずいぶん先の話になると思いますけど……。

渡辺
その豆を、つーじーさんが焙煎して、お店に出すとか……。妄想が広がりますね。

辻本さん
それ、最高ですね(笑)。やりましょう。

一同
(笑)

 


 

最後までお読みいただきありがとうございました。シェアローストについてもっと知りたい方は、ぜひこちらのページをご覧ください。みなさんとお会いできる日を楽しみにしています。

Writing & Photo

渡辺平日

日用品愛好家。海の見える小さな町で生まれ育ちました。毎日が平日のつもりで、日夜せっせと文章を書いています。趣味は町歩きと物件探しと民話収集。そういう話題が耳に入ると、反応して振り返ります。最近は執筆だけではなく、撮影、住宅や店舗のコーディネート、製品開発などもやっています。