COLUMN

「この窓、ヤバくないですか!?」が僕はうれしい

8時、新宿発。特急あずさに乗ってまずは小淵沢へ向かう。istまで向かう道程もずいぶん慣れた。朝の仕事になっているメールやメッセージのチェックを終えて、急ぎのものには回答をして、iPhoneでもできる文章作成をして……などをしていると八王子を過ぎ、窓の外は建物よりも緑の方が多くなる。

中央本線は甲府までずっと、小さな山の間を縫うように走る。人家ももちろん見えるけど、それよりなにより山が近い。東北新幹線に乗るよりも、東海道新幹線に乗るよりも、長野新幹線に乗るときよりも、特急あずさに乗るときに一番、日本は山の国だと実感する。

小淵沢で乗り換えて、JR小海線に揺られておよそ30分。「まもなく、JR線でいちばん標高の高い駅......」の車内アナウンスとともに、電車は野辺山駅へと到着する。駅を出ると仕事の合間を縫ってキャンプ場の現地スタッフが迎えに来てくれている。「お疲れ様、わざわざありがとう」と告げて車に乗り込む。

仕事の話よりも先に、晴れていれば「今日は晴れてて気持ちいいですね!」、曇っていれば「今日は曇ってて八ヶ岳見えないですね」と話されるのでつい笑いそうになる。ここは彼らの住む土地で、僕はある意味お客さんなのだ。

場内に着くと、まずは工事の進み具合を確認する。今年の3月から始まった場内の改装・新築工事。半年が経つとは言え、とにかく手を加えなければいけないところが多い。定期的に現地スタッフたちとは連絡を取っているが実際に現場を見ないとわからないことも多い。

炊事場、トイレ、小さな家に見立てた宿泊棟「Hut」、そして管理棟をリノベーションしたラウンジを感心しながら見て回る。大工さんのデザインと施工、そしてそれを形として引き出すためにどれだけの会話をしてきただろう、と現地スタッフたちのこれまでの努力を想像する。管理棟の側面、新たに開かれた大きな窓を指して事業リーダーのジョンが言う。

「見てくださいこの窓、ヤバくないですか!?」

ジョンは口角を上げ、静かな目で窓の、窓の向こうをじっと見ている。そこからは場内の木々や芝生が見え、そよそよと風が吹いている。

「めっちゃくちゃいいじゃん」

「でしょう」

ジョンはそこでようやく僕の方を向き直り、にかっと笑う。



2022年9月15日、Backpackers' Japanの企画、運営するキャンプフィールド「ist」がオープンした。

2021年4月にオープンした焙煎所「BERTH COFFEE ROASTERY "Haru"」に続いて、コロナ後の店舗展開としては2拠点目。

実は昨年の4月から同キャンプ場には運営代行という形で関わっていたのだが、その時点ではあくまでそれまでの仕様をそのまま踏襲。なにも手を加えずに運営にだけ入り込む状態だったため、あまり公にはしてこなかった。今回は満を時してのリニューアルオープンとなる。



今回新たに拠点を構えたのは、1980年代から長年の間「青木の平キャンプ場」の名で営業していた歴史あるキャンプ場である。

東京から高速で2〜3時間、長野県と山梨県の県境。日本一標高の高いJR駅「野辺山駅」にもほど近い長野県川上村は、真夏でも涼しい標高1300mの高地。

2020年にSANUのチームから「同じ土地でSANUとキャンプ場やろうよ!」と誘われて訪れたその場所は、レタス畑に囲まれた農道を進んでいった谷地にあり、場内には沢が流れ、見たこともないぐらい高いカラマツが林立する、魅力あふれる土地だった。


広さにしてなんと7万平方メートル。場内を歩けば歩くほど、その多様な地形と頭上を覆うほどに大きく成長した緑樹、そして芝草を照らす木漏れ日に引き込まれる。初めて訪れたときから「ここはいいね……」と視察のみんなで顔を見合わせた。

キャンプ場をつくった初代のオーナーからはある事情で代替わりし、ここ10年以上は年たったの数日しかオープンしていない、知る人ぞ知る(いや、ほとんどだれも知らない...!)キャンプ場だったこともかえってよかった。リピーターはほとんどいないけれど、そのぶん固定化したイメージがついていないし、どこもかしこも造成されたキャンプ場とは違って、手付かずの、元々の地形に近いかたちで自然が残っている。

その後「ここでキャンプ場をやろう」と決めてオーナーに交渉。一般に売りに出ている土地だったが、購入してくれる投資家を見つける約束をし、売り出しを止めてもらう。その保留期間が昨年、つまり2021年にあたり、オーナーさんに負担をかけないよう、これまでの設備を変えずに僕たちが運営代行をしていたというわけである。

SANUの協力もあって(結局一緒にやる話はナシになってしまったけど)土地を購入してくれる投資家チームが無事見つかり、ようやく今年に入ってから管理棟、トイレ、炊事場、シャワー、そして新築のHut(住居型コテージ)の設計デザイン、リノベーション、建設を親しい大工さんとともに進めてきた。



開業準備を語る上でなにより忘れてはならないのはistのスタッフたちである。事業リーダーのジョンを含むスタッフ3人は、去年の運営代行の段階で、東京から現地へと移り住んでいった。今年になってもう1名が加わり計4人。いずれもこの事業に加わりたいと自ら志願している。

日常的な仕事はチェックイン対応や予約管理のほか、掃除、薪割りや草刈りなどの場内整備だが、自発的に林業研修に参加し、林床に光を届けるための間伐(木の適切な伐採)も去年のうちから自分たちで行ってきた。

今年に入ってからは、それに加えて使われていないロッジや家屋の解体、リニューアルに向けた内装や設計についての話し合い、新たに購入する備品の洗い出し、オペレーション構築、飲食メニュー考案、村の方達への挨拶、役所への許認可確認、工事の手伝い、場内デザインへの意見入れ。そのほとんどすべてを、彼ら自身でやってきた。これまでにそういった経験を積んでいた人はひとりもいない。

僕たち経営陣もサポートはし続けているけど、東京からは物理的に距離も離れているし、彼らは事業リーダー以外に、いわば上司のいない状態で開業準備をし続けてきた。冬のいちばん寒いときは-20℃にもなる山の中で3人で暮らしたこともあったし、一年半もの間、ずっと主体的に関わってきたぶん、リニューアルオープンの目前には相当なストレスとプレッシャーがあったろうと思う。

それでも僕らが東京から川上村にやってきての一言目が「今日は八ヶ岳が綺麗に見えて最高ですね」とかなので、なんというか、恐れ入る。



それもあって「この窓、ヤバくないですか!?」が僕はうれしい。この窓自体がその場に暮らし、その土地の空気を感じながら、場所をつくった結果そのものなのだ。自分たちがこれがいいと信じた考え方を、よいと思った光景を、大工さんと一緒に、話して、話して、つくる。

ジョンのこの台詞には、そうやってできた物に対する、自信と、自負と、喜びと、ちょっとの不安がぜんぶ詰まっている。わかるよ、そういうものだよね。でも「ヤバくないですか」と真っ直ぐに言うその衒いのない表現がなによりも正しい。

そして、ジョンだけでなく、その場にいる人たちで感覚を共有してひとつのものを作り上げることの本質的な価値を、スタッフはみんな自然と感じ取っていると、現地に赴き、彼らと話すたびに思う。



このキャンプ事業は、これまでホステル事業のみを行ってきた僕たちが、新型コロナウイルスによる売上の低下や既存事業の停滞を感じたことから生まれたものである。

いまだから言えるが、2020年ごろの「コロナ禍を切り抜けるスマートなアイデアを世に出すことこそ正しいビジネスの振る舞い」とするムードに煮え切らない思いを抱えていた。必要なトライもあったと思うし、悪いこととはいわないけど、「世の中をなんとかよくしないと!」「これから世の中はこう変わるはず!」といった言説にはどうにも乗り切れなかった。自分たちに関しても、コロナ前後でもっともらしい世の中を区別するストーリーやドラマを仕立てないように気をつけた。

いくつも出たアイデアの中から、会社としてこの2つの事業を選ぶにあたって事業性以外に重要視した観点が企画提案者(事業リーダー)の熱量である。

「世の中的な文脈」ではなく「自分はどうしたいか」で語れる人か、そしてやりたいことを勝手にやってしまう人かどうかを重視した。コロナ如何に関わらず、社会的な正誤や善悪を求めてしまう時代だからこそ、自分のなかに芯を置く人を中心に新しい事業をつくりたいと思った。

キャンプ場の事業リーダー、ジョンが企画書をつくっているときにふと話していた「キャンプにやって来て自然のなかで過ごした人が、街に帰ってからも部屋に花を飾るようになってくれたらいい」が大好きでずっと覚えている。「コロナ禍で人々は地方や自然を求めているから」ではなく。慎ましく、(それを実践していくのは)難しい〜〜!と思ったけどこれが彼の本意なのだろう。それがいい。

自分たちで会社をやってきて、ずっと大事に思っていることのひとつが「自らつくることの価値」である。ただこの「つくる」が意外と難しい。もっともらしい言葉を並べるだけでは、すでに誰かが用意した仕組みに乗り込むだけではそこに価値は生まれない。自分の頭で考え、誰が正しくないと言っても譲れなかったものや、社会的な文脈からは逸れて浮かんでくる差異に向き合ってこそ、つくることができる。ないものは自らつくる。実践し始めると、誰かのせいにし続けてしまう円環からも抜けやすくなるしね。

この窓はまぎれもなくスタッフみんながここで過ごして、たくさんの会話を重ねたからつくられたものだ。

思いは常に場に宿る。なにも説明しなくても、人の意思が伝わってしまう、それがいい空間だと僕は思う。改めて、リニューアルオープンおめでとう。残工事がまだもう少し続くけど、引き続きいい場所をつくっていきましょう。

 

Photo by Syuheiinoue

Written by

石崎 嵩人

1985年栃木県生まれ。Backpackers' Japan取締役CBO。2010年2月にその他創業メンバーと共にBackpackers’ Japanを設立。CBOとしてコーポレートアイデンティティ設計やブランド構築、事業ごとのコンセプト立案やクリエイティブディレクションを担う。個人の活動として、出版サークル「麓(ふもと)出版」、ラジオ「ただいま発酵中」等。