STORY

第2話 | 2008年9月22日

朝目を覚ますと、何人かはすでになにも言わずに帰ってしまったようで、僕だけが起きていて、数人がまだ寝ていた。

普通ならみんなが起きるタイミングまでなんとなくゴロゴロとその場にいたり、もしくは「今日はどうする?」と言って周りを起こしたりしたかもしれない。しかし僕はこの人たちの「連れ合わなさ」が気に入っていたので、先の人たちに倣い、寝ている何人かを起こさぬよう静かに準備して、琢也君のアパートを出ることにした。

きっとこれから起きる彼らも、僕がなにも言わずに帰ったことについて、「ああ帰ったんだな」という認識しかしないと思う。昨日は大勢であんなに盛り上がっておきながら、今日はみんな挨拶もなしにあっさりと帰っていってしまう。それが許される空気感が僕には少し可笑しく、心地よかった。

 

家に帰ってから少し寝て、昼過ぎには溜まった洗濯をしたり掃除をしたりして過ごしていると、夕方ぐらいになって本間君から電話がかかってきた。

「今家にいる?」

「今日はもう出る予定はないよ」

「時間あったらちょっと寄ろうと思うんだけど」

「いいよ。駅は武蔵小金井。荻窪からは近いよ。北口から出て右に真っ直ぐね」

「わかった。じゃあもう少ししたら行く」

昨日の集まりは本間君から見てどういったものだったか。果たして目的は達成されていたのか。その辺りについて聞いてみたいと思っていたので僕にとってもちょうど良かった。

電話での話しぶりからしてなにかしらの話をしに来るのだろうし、それが昨日の話でないはずはなかった。一人で来るのかどうかだけでも聞いておけば良かったな、と僕は電話を切ってから思った。

 

本間君は一人でやってきた。僕が部屋の中に招き入れると、本間君は近くのコンビニで買ってきたコーヒーをテーブルの上に起き、そのまま迷わず椅子に腰掛けた。自分の家であるかのような振る舞いである。僕はベッドに座ることにした。コーヒーは僕のぶんと合わせて二本あった。

「さて、それで、だ」

本間君はニヤリと笑って話をはじめた。唐突に話を切り出すには不敵な笑いが多少必要だったのかもしれないが、彼はあまりそういう笑いが得意ではなさそうだった。

「いっしーはどう思った?昨日の集まり」

「こっちもそれを聞きたかったんだよ。どうだった?」

「いやね、よかったね。よかったよかった。俺が今考えてることについて直接話せたし意見も貰えた。何より楽しかったね」

「そう。それで、その企画書の話?はいつからスタートするの?」

「もうすぐにでもはじめるつもりだよ。企画書はまだ”これをしたい”っていう俺の意思でしかないから、一緒にやる人と考えを摺り合わせて、実際に会社を立ち上げるためには現実的にどんな行動が必要か考えて動いて行く」

「でも本間君以外はほとんどみんな働いてる人ばっかりじゃん」

「うん、だからしばらくは働きながら頭をこっちにも使ってもらうしかないよな」

僕はふうん、と曖昧に答えたが、同時になるほどと思っていた。調べなきゃいけないことは今からでもたくさんありそうだし、別に今すぐ会社をやめなくたってとりあえず踏み出すことはできるだろう。

働きながらバンド活動を続ける人だって多くいるし、会社を起こそうと一念発起するからといって、すぐに辞める必要なない。使える時間さえあれば環境を変えずに新しいことははじめられる。

 

「いっしーは昨日どんなこと考えた?」

本間君がそう聞いてきたので、僕は昨日のことを思い出して正直に伝えた。「旅の価値観」というものは自分にはよく分からないので遠い世界の話のように感じていたこと。企画書についての良し悪しは今は判断できるレベルではなさそうなこと。それでも、このまま進み始めていつか形になってしまうんだろうな、という空気が感じれたこと。そしてチームを組むなら誰と誰が合いそうかな、などということ。

彼は興味深そうに聞いており、僕が話し終えると、「あいつがこんな感じでやってくれたらすごく楽しいんだけどな」とか「こんなキャラクター、チームには必要だよね」とか、そんな話に発展させていった。

変な話、「仕事をする」「働く」ことが前提にあるとは思えないような意見交換会だった。「やりたいと思うことを一緒にやって、それが結果として仕事というものになっていくのだ」という考え方の方が近い。そもそも僕らは仕事ってものが一体なんなのか、そのへんところがよく分かっておらず、「近くにいる人とどんなことができるか」のその論点でしか話せなかった。

 

夜になり、僕と本間君は外で夕食を取ってそのまま駅のあたりで別れることにした。別れ際、「なにか役立つ話が出来たかはわからないけど」と僕は言い、彼は「いや、よかったよ」と応えた。よかったよってそればっかりだな、と思ったが、まあそれもいいかと思い直す。駅からの道を僕は自宅に向けて一人で帰り、ひさびさに濃い週末だったな、と昨日今日みんなと話したことをもう一度思い返してみた。

家に帰ってから頭が少しぼうっとしていたのでその日は早めに寝た。

 

 

週が明けてからは完全に頭を仕事用に切り替えていたし本間君とも連絡は取らなかったので、今回の集まりのことはそれからほとんど思い返すことなく少しずつ日常を取り戻していくだろう、と思っていた。

しかし、集まりからまだ一週間も経たない内に本間君がふたたび家にやってきた。

「琢也を誘った。あいつは一緒にやるってさ。いま勤めてるところも年内には辞めるって」

「えっ!そうか、やっぱり話が進んだね、それはそれは……」

「うん。いっしーも一緒にやろう。今日は誘いに来た」

正直驚いていた。しかし今にも次の句を出そうとする本間君のペースに巻き込まれるのを畏れた僕は生唾を飲み込み、「とりあえず一から話を聞かせてほしい」となるべく落ち着いて言った。本間君はまたしてもニヤリと下手に笑った。

 

*これらの記事は、当時書かれていブログや日記を元に、今回また新たに書かれています。