STORY

第3話 | 2008年9月27日

「なんで琢也を誘ったかっていうと、簡単に言うと俺と正反対の人間だから、だね」

「一から聞かせてほしい」という僕の質問に本間君はこう答えた。

前回の話し振りから考えても、本間君はすでに確かにやるかやらないかでは悩んでいなかったし、どういう企画をつくればうまく行くかに関して考えていたわけでもなかった。いまは「誰とやっていくのか」を決める段階にあり、この答えは確かに適切だと言えるだろう。

「……正反対って言うとどういうこと?」

琢也君とは何度か飲みに行ったことはあったが、付き合いはまだ浅い。彼のどんな部分をよいと思って誘ったのかについて僕は詳しく聞いてみることにした。

「なんつうか、考え方の根本が違うんだよな。思考回路が違って、今までの生き方も当然違う。あいつは俺にないものを持ってて、逆に俺はあいつにないものを持ってる。俺がチームをつくったら、『こうだ』って思う方向に丸ごと持ってく自信がある。でもそれってある意味危険な状態で、力ずくで立ち止まらせるやつが必要なんだよね」

「それはまあ、わかるけど」

「もちろんすべてが違えばいいってわけじゃなくてさ、大切にしたい部分とか根っこのところは共通してなきゃだめなんだよ。ただ、それを成し遂げるために別の道を選ぶようなやつがいて欲しい。俺の中でそれが琢也だったんだよね」

本間君は落ち着いた話し方でそう言う。座っている椅子をたまにくるりと動かして視線を変えたり、机に載せた手に頬を置きながら話したりとまるで自然体である。一方の僕はベットに座って、少し体を強張らせて本間君の話を聞いている。もしここに誰か別の人が入ってきたら誰もが彼の方をこの部屋の主人だと思うだろう。

「なるほど。それで琢也君は?」

「あいつは……うん。なんていうか、あまり驚いたりもしなかったし、すぐに決めてたよ。たぶんこうなることを少しは予想してたんじゃないかな」

「会社はすぐに辞めるって?」

「年内中には辞めるつもりらしい。琢也がいま勤めてる会社もあまりいい状態じゃないらしいし」

「そうかあ……」

会社をいつ辞めるのかを聞いたのはもちろん自分の状況と照らし合わせる為だ。この質問が終れば、僕は本間君からの誘いについて考え、答えねばならない。琢也君の考え方を少しでも聞いてみようと思ったのだが、あまり参考にはならなそうだった。琢也君はどうやらほとんど迷っていないらしい。

「でもさ、琢也だけじゃだめなんだよ。多分ことあるごとに衝突してうまく行かなくなる。そこの間に入って……というかもうちょっと大きく、チームの状況や状態を客観的に見れる人が必要で、それでいっしーを誘ってる」

そこに関しては確かに自分でも得意なつもりでいた。

今どんなことが起きてるかとか、誰がどんなことを考えてるかとか、人の建前と本音が分かったりとか、それは長所というよりはどちらかというと癖みたいなもので、臆病な人はどこかしら同じような癖を持っているものだと思う。実際役に立つことも多いので、自分でも大事にすることにしている。

僕は一番気になっていることを聞いてみた。

「でもさ、この前も話したけど、僕は旅とかぜんぜん経験ないよ?『旅の価値観』もよくわからないし。実感として分かってないものを目標に目指せないだろうし、『誰かに伝える』ときにも引っかかってくる」

「それは、俺は、大丈夫だと思う」

「えっ?」

「『旅の価値観を伝える』ってことを大事にしたいって俺は企画書にも書いたけれど、正確に言うと旅をして自分が感じた、『価値観が広がる瞬間の気持ちいい感覚』を伝えたいのであって、んでそれって別に旅しなくても感じれるんだよ。俺は旅で感じたし、そうなりやすい環境にあると思うんだけど、旅で知らなくたって別にいい。『旅に出ようぜ!』とか『旅って最高!』って言うつもりはこれから先もないし」

と、本間君はなめらかに、けれど力強く話しきった。彼自身が考え、納得した答えを話しているから不思議な説得力を持つのだろう。

「んで、その感覚はいっしーはもう知ってると思うし、そうでなくても想像出来るはず。それからそれを良いものとして向かっていける」

「人のことなのに自信満々だね」

と僕は少し笑った。

「まあそれはいっしーが判断すればいいところだと思うけどさ。少なくとも俺は気にしてないってこと。まあでもどっちにしろみんなで行くでしょう、旅。そしたら分かるんじゃない?」

「その辺はアバウトだなあ」

本間君はけらけらと笑った。最初の方にあった緊張感は、このときはもうだいぶ砕けたものになっていた。本間君がはっきりと僕を誘う理由を伝えてくれたおかげで、期待に応えられないんじゃないかという不安はだいぶ解消されていたし、必要としてくれる人に自分の力が活かせるならそうしたいと思っていた。 僕はもう少し質問を続けることにした。

「他にも誰か誘うつもりはあるの?」

「うん、あとはミヤを誘おうと思ってる」

ミヤというのは僕や本間君と同じ大学に通っていた同い年の女の子で、大学時代には本間君と同じ学生団体で活動していた。卒業してからはイベント関係の会社に就職し千葉で働いている。

「ついでに聞くけど、ミヤはどうして?」

「あいつは、ほら、なんでもできるから」

「確かに」

ミヤは一言で言うと万能型だ。なんでもこなせる上にパフォーマンスが高い。リーダーになってチームを統率することもできる。大学の学生団体では本間君が代表でミヤが副代表をしていた。

僕はそこでなるほどと思いついてペンと紙をとり、縦線と横線でその紙を四つのブロックに分けた。ペンで横軸に「狭⇔広」縦軸に「攻⇔守」を書いて、右上にミヤ、右下に僕、左上に本間君、左下に琢也君の名前を配置した。

「こういうこと?」と聞くと本間君は「なるほどね」と眉を上げた。

 

それからの話の中で、本間君は改めて「一緒にやろう」と誘ってきたり答えを求めてきたりはしなかった。

帰るときの玄関先で、「じゃあどうするか決めたら連絡くれ。いろいろ言ったけど、とにかく俺は一緒にやりたいよ、ってことだから」とそれだけ言って彼はドアを閉めた。今回は駅まで送らず「わかった」と答えそのまま玄関で見送った。

 

数日後、僕は本間君に電話をかけ、「自分も一緒にやろうと思う」という旨を告げた。

その数日間は悩んでいたというよりもいろんな事柄を整理する期間に充てていたという方が正しい。すぐに返事をするのが軽率で嫌だという意識もあった。

働いている会社に不満があったわけではなく、むしろ楽しく仕事をしていた。ただ、「別にここじゃなくてもいい」という気もしていた。選択肢が与えられ、会社を辞める道と会社を続ける道にレベルの違いがほとんどなかった。

決定した瞬間の自分は驚くほど身軽だった。今日はこっちの道で帰ってみようかな、ぐらいの「やってみてもいいかな」が自分に満ち、決意というには申し訳ないほどの「決定」がされた。社会人一年目、23歳。考えてみれば失うものはべつになにもなかった。

 

琢也君に初めに話がいっていて、彼が既に参画を決めていたことも僕にとっては大きい。本間君が先に僕を誘っていたら話に乗っていたかどうか分からない。うまくいかない気がするからだ。それなりに長い付き合いなのでその感覚は間違っていないと思う。僕には誰かと衝突するほどの力、というか主張がないのだ。ただその代わり緩衝することは出来るので、本間君と琢也君の間に僕は役割を見い出せた。

そんなことを電話で本間君に伝えた。今度は僕が話す番で彼は聞いていた。

「しかしミヤが入ったとしても、なんというかばらばらのチームだなあ」

と言って僕は自分の話を終えた。強固で盤石なチームという印象はこの四人から受けなかった。まあね、と本間君は軽く同意してから「それでも俺の中での三人への共通点はあるからね」と続けた。

「なにそれ?」と僕は聞いた。

「三人とも一緒に働きたいと思ってるし、なにより尊敬してる」

こういうやり取りは恥ずかしく、僕はそれにはうまく応えられなかった。琢也くんなら「そうやな」とか言うんだろうか。ミヤだったら無言で頷いてかもしれない。

僕の微妙な反応が電話先の本間くんにも伝わったのか、それを上塗りするように本間君は「とにかくありがとう、また連絡するよ」と締め、電話は切られた。 電話を切ってから僕は深く息を吐きベッドに寝転んだ。

肩のあたりが凝っていて、電話の間じゅうずっと緊張していたことを僕に伝えた。

 

*これらの記事は、当時書かれていブログや日記を元に、今回また新たに書かれています。