STORY

第4話 | 2008年10月2日

10月に入ってすぐに本間君から連絡が来た。「ミーティングをしよう」という内容だった。メンバーは本間君と、琢也君、ミヤ、そして僕の合計四人。

 

本間君は僕を誘った後にミヤにも声を掛けていたが、その話の内容やミヤからの回答に関しては知らないままだった。琢也君も他人にさぐりを入れるような性格ではないので、誘われた僕ら三人は、この件に関して本間君以外と話をするのは初めてだった。

そういった背景もあり、第一回目の議題は「参加の理由」「やりたいこと」「チームに求めること」の三つになった。

ミーティングは平日の夜にSkypeで行なわれることとなった。代表の本間君は福島にいるし、僕ら三人も会社の休みや就業時間がばらばらであるため直接会って話をするのは難しかった。

 

Skypeを利用して複数人で会議通話ができることは知ってはいたが、利用するのは初めてだった。

マイクの設定などをみな一通り調整し終えて、「じゃあ第一回ミーティング、はじめましょうか」という本間君のシンプルなかけ声のもとミーティングが始まった。うわつかず、かしこまらずのスタート。改めて議題が発表され、みなそれぞれに頷く。

本間くんの聞き慣れた声で話されるその耳慣れない司会ぶりは、新しい物事のはじまり実感させた。新たな企画というのははなんとも気持ちが昂るもので、ときどき会話を見失いそうになり、僕はあわてて集中し直す。こんなことでは先が思いやられる。

 

議題に沿ってまず琢也君から参加の理由について話すことになった。

琢也君と本間君は、シドニーで一緒に住んでいた頃から「将来一緒に何かやろう」という話を何度となくしていたそうである。琢也君の気持ちはそのときからなに一つ変わっておらず、「ただ想像よりも予定が早まったというだけ。誘われたタイミングで話に乗った」と淡々とした口ぶりで語った。

琢也君は口数多く話すタイプではない。媚びることもなく恥ずかしがることもなく、他人がどう思うかを気にせずに自分の思ったままを話していた。

彼は最後に、「誘われない可能性だってあったはずだけど今回はこうして声を掛けられた。それが純粋に嬉しいというのもある」と言った。「だからやる」ということだった。

正直な人だなあ、と僕は思う。「誘われて嬉しいと思ったからやる」なんていう理由は見方によっては幼稚で格好悪い。本間君に対してはともかく、ろくに会ったこともない僕たちの前でわざわざそこまで正直に話す必要などないし、いくらでも他の言葉で取り繕えただろうに。

琢也君の発言は全体的に潔かった。器用ではない分、彼の芯のようなものが素直に感じ取れ、とても好い印象だった。

 

そのような琢也君の主張を聞きながらも、僕はむしろミヤの反応の方が気になっていた。Skypeの会議通話では表情は見えないのだが、明らかに話に関しての反応が少ない。

しかしそこについてはあまり深く掘り下げて考えたり会議に持ち出したりはせず、自分の中だけにその思いをとどめた。

琢也君の発表が終わり、順番は僕に回って来た。以前本間君に話した通りの話を、無駄な虚勢を張らぬよう気をつけながら僕は一つ一つ話していった。三人は黙って僕の話を聞いた。

 

最後にミヤの番になった。

話し初めからやはり声の調子は軽くはなかった。彼女は参加を決めていたわけではなかったのだ、ということを僕はここで悟った。迷っている状態をそのまま言葉にしようとしているせいか、話しながらもどうも詰まってしまう。しかし、 「自分のやりたいことが確立できていない」 というその台詞だけは、彼女ははっきりと伝えていた。

ミヤの不安や悩みがこの一語に集約されていることに誰もが気づいたし、実際僕にとっても非常によく理解出来る感情であった。

自分のやりたいことがこの計画の中で達成されるのかわからない上に、彼女自身、仕事をする上で、もしくは生きる上で、「これがやりたい」とはっきり言い切れるものが定まっていないぶん、いまの仕事と比較することができないのだ。それが彼女が踏み切るのを妨げていた。

自分のやりたいこと……つまり「なにを大事にして働いていくのか」を、ミヤは今の会社で働いてみるなかで見つけていくつもりだった。そこに突然の誘いがあり、戸惑ってしまっているのだった。

自分の意思が曖昧なまま周囲にひっぱられて活動するのは、自分の生き方を大切にする人にとってとてもストレスがかかることである。もちろんやってみたい意思はあるのだろうが(だからこそ今回の打ち合わせに参加しているのだろうが)、ムードに流れされて安易な決定をしてしまうことは、彼女の性格が許さなかった。

 

本間君はミヤの話が止まるところまで聞き、少し考え、

「ミヤのことは考えが定まるまで保留にしよう。といっても、俺たちの方はストップしていられないから、進めてるよ。もしやりたいと思うときが来たら連絡してくれ。それでいいよね?」

と言った。

「保留」という言い方はしたものの「今回の計画はミヤ抜きでスタートするよ」という確認でもあった。

ミヤはこれに関して「うん、分かった。」と短く答えた。暗いムードではなかった。これはこれで、ミヤが自分の気持ちに真摯に正直にいようとした結果であり、それがうまく交差しなかったというだけの話である。

それから後は三人で残りの議題に関して話し、一回目の会議は終了した。次回からのミーティングはミヤ抜きで進められることとなった。

 

*この記事は、当時書かれていたブログや日記を元に新たに書かれています。