STORY

第15話 | 2009年5月21日

白いたい焼き店のオープンを二日後に控えた5月21日、僕たちは家を出て開店準備中の店へと向かっていた。

たい焼き屋の店舗工事は先月末頃から始まっており、現時点ではすでにそのほとんどが終了している。僕たちが今日四人全員で店へと向かったのは、二日後から働くアルバイトスタッフを迎え入れ、オープン前のトレーニング研修をするためだった。

 

 

遡ること二週間ほど前、大分での修行を終え東京に帰ってきた僕たちは、疲れを癒すためにその翌日を各自の休みに充てた。

たい焼き屋以外にも、それぞれ世界一周企画に関するタスクがあったが、「全員がしっかり休むように」と本間君から方針が出されており、この日は仕事を一切しないことになっていた。

 

昼過ぎまで計画的に寝過ごし、休日の順調なスタートを切った僕だったが、起きてしまったあとは突然現れた膨大な時間に対してのいい案が全く思い浮かばず、すでに読み終わった本を本棚から出して読むなど、とても効率的とは言えない過ごし方をした(休みとしてはむしろそれが健全だと言う考え方もあるが)。

本の内容がほとんど頭に入らなかったのは単に再読だったからというだけではない。この約一ヶ月の生活があまりに忙しかったせいで、僕は休日を有意義に過ごすことに明らかに下手になっていた。

 

夜になってから琢也君と飲みに出掛けた。本間君はまだ帰ってきていなかったし、ミヤはミヤで部屋にこもっていたので、琢也君と出かけたのは単にタイミングがあったからだった。とはいえ、二人で出かけるのは結構久しぶりで、嬉しかった。

まだ会社に勤めていたころ、本間君の計画にともに乗ることになってから、僕と琢也君は月に一回ぐらいのペースで飲みに出かけああだこうだと話をしていた。まだ半年ぐらいしか経っていないのにずいぶんと昔のことのようである。

琢也君は出不精であるが酒に誘って断られたことは今まで一度もない。今日もまた然り。初めての店に入ったがビールはおいしかった。

 

「こう、今の状態でぽっかり時間ができて休んでいいよ、って言われてもなにしていいか分からないよね」

ビールジョッキを低く掲げて通り一遍の乾杯をしてから、僕が言っても仕方の無い話で切り出す。

「いいやん。別にそれで」

琢也君はそっけなく返し一口目のビールをぐいっと飲んだ。こうやって、今日の無意義さを肯定してもらうためにために僕は琢也君を飲みに誘ったのかもしれない。「いやそうだけどさ」と笑って、その話をうやむやにした。

ふだん滅多に人の意見に左右されたり、情にほだされたりすることのない琢也君だが、酒が進むと理屈や理論よりも感情論に傾いていく。

先日までの仕事の忙しさやそこで生まれた軋轢みたいなものを引き摺っているのは琢也君も同じなようで、僕たちは余裕についての話をした。

 

時間的にも、仕事的にも、僕たちは今後さらに余裕が持てなくなっていくはずである。ここから先は自分たちが店を任されることになるから、関係のなかで起こる不和もより顕著になるだろう。

そんな状態が続いては、仮にたい焼き屋がなんとか運営できていても、自分たちにとってはよくない。お互いへの不満も募っている状態はチームとしても不健全だろうし、事業計画の構想にも支障が出るかもしれない。どうすればいいだろうか。

僕たちは生酔いの頭で「先を見ること」「想定すること」「役割を知ること」の三つを挙げた。

とにかく、視点を遠くに置くことが大切だ。世界一周と、旅の会社をつくるという二つの軸を大事にするなら、その手前に起こるあらゆるいざこざは取るに足らないことと考えられるべきだ。そして、その「あらゆるいざこざ」にいちいちつまずいたり混乱したりするのを避けるために、「起こるもの」だと思ってできるだけの想定をしておく。そういった話を続けていった。

「あいつが何を言っても、嫌われることになっても、その逆の立場を俺は取る」

琢也君はそう言い、「ブレーキをかけるのが俺の役割やけんな」と話した。「あいつ」とは本間君のことである。

誰かと何かをやりたいと一番強く思っているのは、案外琢也君なのかもしれない。彼自身役割を探して必死なのだ、と僕はこのときそう思った。もちろんそれで構わないと思う。誰もが自分の存在意義を求めているし、大事なことだと思った。

「僕は文章を書こう」とこのとき思った。これまでも自分たちの活動の記録をブログに残していたのだが、その必要性を改めて認識した。自分たちのことを俯瞰するためである。余裕がなくなればなくなるほど、第三者的に自分たちのことを見つめる機会が必要になる。文章を書くことはそれを助けてくれると思ったのだ。

 

それからまた同じような話を二周ぶんぐらいして、ビールを三杯飲んで、二人で一緒に店を出た。

八王子に住み始めてから決めてからもうすぐ一ヶ月が経つというのに、琢也君はいまだ道を覚えていないようで、店を出てから自信満々に家とは別の方向に進んでいく。そんな様子にいちいち突っ込みながら帰っていると、なんだか今日が有意義な休日であるように思えてきた。

 

一日休んだ次の日から、たい焼き店オープンに向けての本格的な準備が始まった。僕と本間君は営業許可申請のため、保健所や関係機構をまわって書類を集めていった。

ブレーキ役として重心を低くしていこうと決意していた昨夜の琢也君に対し、一日の休みで心身ともにリフレッシュしたのだろう、本間君は喜色満面、意気揚々、むしろ浮ついた様子で保健所までの道を歩いていった。

 

「お店を始めようと思っているのですが手続きに必要なことを教えてください!」

保健所の担当部署につくなり本間君はそう言った。担当の人は一瞬面食らったようだったがすぐに仕事の表情に戻り、「ではまずこちらに」と書類の書き方を教えてくれた。

書き始めるやいなや、さっそく専務に確認が必要な事項が出てきたので、僕はその場を本間君に任せて専務に連絡を取ることにした。

いったん廊下に出てから五分少々の間専務と電話をし、メモを取ったノートを持って元の部屋に戻る。さっきまで本間君と担当者の二人が向かい合って話していたはずなのに、どうやらデスクの様子が少し違う。

「へえ。白いたい焼きですか!」

「もちもちの白い生地ねえ!」

「原料はなんなんですか」

「東京じゃ聞かないですよねえ〜」

デスクの向こう側では担当の方の後ろにもう三人、所員が増えていた。しかもかなり盛り上がっているようである。

合計してその四人は「これは面白い」とめいめいに顎に手を当てて頷いたり、腕組みをして書類を覗き込んだりして興味深そうに本間君の話を聞いていた。

「本部は九州にあって、いま八王子で計画してるこの店でも東京ではまだ三店目なんですよ」

などと本間君がなにか言うたび「へえ〜」とか「なるほど!」とか感嘆の声が口々に上がる。

保健所などの公的機関は静かに淡々と仕事をこなしていくものだと思っていたのでこの光景には正直驚いた。というか、他の受付は静かに業務が行われていたので、やや異様であることに間違いはないのだろう。その盛り上がりが白いたい焼きの訴求力によるものなのか、はたまた本間君の弁論術によるものなのかはわからない。

「はい!オープンしたら来てください!」

と本間君が威勢よく締めくくるのを聞いてから、それでもまだ少し申し訳なげに「あの、さっきの件、確認できたよ」と僕はその渦の中に割って入った。そんな僕を見て思い出したように、担当の方以外は自分の机へと戻っていった。

 

無事保健所での初仕事を終え、その後別の手続きをしに行った本間君と別れた僕は、ひとりで家へと帰った。マンションのエレベーターで一組の老夫婦と乗り合わせる。

「あら、あなた」

僕の後ろで、おばあさんがなにかに気づいたように声を発した。いかにもひとの良さそうな、丁寧で落ち着いた声。おばあさんの方を向き、どこかで会っただろうかと考えてみたが思い浮かばない。「あ、はい?」と僕は曖昧に返事をした。

「あなたたち、たい焼き屋さんをされるんだって?いつごろオープンなの?」

「あ、えっと……23日を予定しています。今はちょうどその準備中で」

にっこりと笑みを浮かべて訊ねるおばあさんに、僕は戸惑いながらそう答えた。これまで会ったことがないはずなのに、どうして僕を見てたい焼き屋のことが分かったのだろう。それらしい格好もしていないし、変わった持ち物もない。疑問を払拭できない様子でいると、おばあさんはそれに気づいたのか「ああ」と合点が言ったように頷いてから話しはじめた。

「この前ねえ、ええっと、元気な彼……本間さんでしたっけ。彼が教えてくれたのよ。今みたいに同じエレベーターに乗ったときにね」

おばあさんはそう言うってふふふと目を細めて楽しそうに笑った。本間君がどのように説明をしたのかはまったくわからないが、僕はそれを聞いて思わず笑った。 

本人が帰ってきてから聞いてみてたところ、どうやら本間君は、会う人会う人に見境なくたい焼き屋の宣伝をしてまわっているらしい。「隣に住む人の顔も知らない」と形容される現代の東京で、この活動はあっぱれであった。

 

こうして、保健所の人や周囲の人の声援を勝ち得ていった僕たちの開店準備はその後もまあまあ順調に進んでいった。

僕と本間君が申請関係で動き回る傍ら、ミヤは駐車場の契約や備品の調達、その他生活のための雑務をこなし奔走していた。

一言に生活のための雑務といってもその内容は多岐に渡る。貯金の計画を元に税金や保険料の支払いをしたり、口座を作って財布や通帳を分けたり、煩雑なそれらの業務を正確にこなすのはミヤがいちばん向いていた。その上、毎日の夕食の準備も欠かさない。

食卓の上に何品も並ぶ料理をみんなで食べながら、ミヤから一つの提案がされる。

「このままのペースで行くとオープン日までに実質二日、中途半端に予定が空く日ができるはず。すこしでも生活や貯金の『たし』にするため、短期のバイトをしましょう」

攻めの姿勢を崩さないミヤであった。

空く時間があるならばそれを有効的に活用したいと思っていた僕たちは全員この提案に賛成したわけだが、多忙極まるミヤの口からその提案がされたことに心底恐れいった。

そしてその提案から二日後、ミヤは実際に短期の派遣バイトを見つけてきた。

 

琢也君は毎日一人でアルバイトの面接を行なっていた。

今回八王子店をオープンするにあたり、琢也君が店長に就任することになった。飲食業、接客業の経験があることに加え、なんだかんだ本部とのやりとりが多く出てくることを考えると当然の成り行きではある。

もちろん、チームとしては本間君が代表者であるため、たい焼き屋を含めた全体の動きに関しては引き続き本間君がまとめていくが、店舗に関する実務的な決定権や主導権は琢也君が持つことになった。

 

アルバイトの募集記事がタウンワークに載ったのは、僕たちが大分の修行から帰ってきて三日後のことである。

採用後、全員が同じスタートラインに立てるオープニングスタッフでの募集とはいえ、一誌に載せただけでは反応もそんなにないかもなと思っていた僕の懸念はすぐに覆された。アルバイト募集の代表電話として掲載していた琢也君の携帯電話がとにかく鳴り止まないのだ。募集記事が掲載された当日とその翌日に関しては、三十分のうちに着信が十件も入るような、そんな盛況ぶりであった。

電話で軽い質問をしながら面接の日程を組み、実際に会って良かった人には採用の連絡をしてオープンからのシフトに組み込んで行く。逆に合わないと判断した人には断りの連絡を入れる。

言葉で並べるととたったこれだけの作業ではあるが、実際にやってみるとかなり時間と体力を要する仕事だろう。

琢也君は最終的に五十人〜六十人の希望者と面談をすることになった。ある程度は電話の時点で断っていたにも関わらず、である。最終的にそのなかから、琢也君は十数人のアルバイトをオープニングスタッフとして採用した。

 

「いや、あいつはすげえわ」

ある日、面接に同行した本間君がそのときの琢也君の様子を見て、僕にそう伝えた。

実家での飲食店経験や、会社員時代の外食系コンサルタント経験こそあれ、自分の店の人材を雇うため何十人と面接をするなんてもちろん初めてのはずだ。それなのに彼は「困った」「疲れた」と弱音を吐くことはおろか、採用活動に関し悩んでいる素振りさえほとんど見せなかった。

 

一度、面接から帰ってきた琢也君を労おうと思って言葉を掛けたことがある。

「おつかれさま。慣れないことだから大変でしょ」

「そうやな。疲れたわ」

琢也君は本当にそれだけを言って、自分の部屋に入っていってしまった。疲れたよね、の問いにはああ疲れた、だけでこと足りるらしい。

わかりやすい性格と言ったらいいのかわかりにくい性格と言ったらいいのか、僕がその様子を見て半分呆れたように肩をすくめていると、隣で本間君が「琢也らしいわ」と笑っていた。

 

 

僕たちはそんなふうに各々分担して開業準備を進め、いよいよ琢也君が採用したアルバイトスタッフに来てもらって、初の研修を迎えたのだった。

店の前に着くと専務とねえさん、そして乙津店の岩本店長が来てくれていた。気を引き締めて挨拶をし、鍵を開けて店に入る。工事や設備が完了したのがつい先日の話なので、中が整った状態で入るのはこれが初めてとなる。

 

ほぼ正方形の店舗内部には、真ん中に大きなステンレスの作業台があり、それを囲うように二つの焼き台、レジ、たい焼きをストックする為の長机が並んで配置されている。作業台とそれぞれの什器の間には人が一人二人通れるほどのスペースがある。

当然僕たちが研修に出向いた乙津店とは違うかたちだが、10坪程のこの店舗の形をうまく活かした配置と言えるのだろう。図面から設備に至るまで、すべて専務の目が入っており、改めて中を見渡し「問題ない」と言わんばかりに大きく頷く専務を見て、僕たちは安心をした。

 

設備の確認を終え、岩本店長やねえさんとともにレジや機材のチェックして備品を並べているとアルバイトスタッフがちらほらとやってきた。

全員が集まったところで琢也君が呼びかけ、僕たち、専務たち、スタッフたちが互いに挨拶と自己紹介をする。専務やねえさんの前だからか、これまで腹の据わった様子だった琢也君にも若干緊張の色が見て取れる。

一般的な新規開店の店がオープン前にどの程度トレーニング期間を設けるのかはわからないが、乙津店の混みようを当てはめて考えるならある程度十分な研修が必要だ。一人でも二人でも、即戦力になれる人間がいてほしい。

もしオープン日から乙津店ほど混んでくれるのであればそれは嬉しい悲鳴になるだろう。「白いたい焼き」の認知度が低い東京で、八王子の、更には駅から徒歩15分以上かかる立地である。専務が太鼓判を押しているとはいえ、やはり集客に関しては不安がある。このトレーニングが無駄なものにならないようにと心のなかで願わずにはいられなかった。

 

また一方で、このトレーニング日は僕たち自身のためでもあった。大分での修行が終わって以来、二週間以上の間僕たちはたい焼きを焼くことができなかったので、研修期間で完全にものにすることができなかった「焼き」の技術に関しては、練習出来る日があるに越したことはない。

そう言ったわけで、僕たちは僕たちでひたすら焼き台の前で練習をしつつ、スタッフには餡の補充や、たい焼きの耳切り、生地の準備など補助となる動きの一通りとレジ打ちから提供までの流れを教えた。

今日のトレーニングの段階ですでに、「想像していたたい焼き屋のアルバイトと違う」と感じた人もいるだろう。お客さんがいなくても、少なくとも楽な仕事でないことは明白である。

 

半日ほどのトレーニングを終え、僕たちはスタッフを引き連れ近所の家に今日焼いたぶんのたい焼きを配って回った。これは専務からの提案だった。この二週間の間、すでにチラシと粗品を持って挨拶に行っていたこともあり、近所の方はたいてい快く受け入れてくれた。

前回の挨拶のときもそうだったが、はじめは訝しげにドアを開ける人も「今度近くでたい焼き屋をオープンすることになりました」と告げるとすぐに表情を緩めてくれる。「近くにそういういお店がないから嬉しい」と感想を述べてくれたり、「オープンしたら買いに行きます。頑張ってね!」と明るい声援をくれることも少なくなく、こちらが逆に元気を貰って帰るようであった。

その後スタッフたちとオープン日のシフトを確認し、片付けをしてお店を出るころには、あたりはもう暗くなり始めていた。少しだけ夏の匂いがする。

 

家に帰り、「実際オープン日は何匹売れると思うか」などとリビングで本間君と話していると、部屋で休んでいたミヤが「ええっ!」と声を上げた。

なにごとかと思いミヤの部屋を訪れると、

「ねえ、見て。これ」

と、ミヤはパソコンの画面に向かって目を見開いていた。覗き込んでみるとそこには「たい焼き屋オープンスタッフ募集」の文字。しかし僕たちの店の募集ではない。

「うわ、すげー偶然。同じタイミングでたい焼き店って」

本間君が状況を悟って口を開く。どうやら同じ八王子で、他にも近々たい焼き屋がオープンするらしい。

なんだそんなことか、と僕は心のなかで思っていると、ミヤが少しだけ語気を強くして言った。

「いや、ちょっとよく見て。これ、ここ」

指差した先の画面を見て、ミヤが驚いている理由がわかった。募集記事の詳細を読んでみると、どうやらそこも僕たちと同じ、白いたい焼きの店であるようなのだ。

「うわ、しかもオープン明日やん。かぶりすぎやろ」

いつの間にか、風呂から上がった琢也君もやってきていて、後ろから声を上げた。確かに22日オープンとある。僕たちのオープン日は23日なのでそれよりも一日早い。

「マジか」

発祥となる九州ではすでに大流行しているとはいえ、本州ではまだ話題になっていないこの白いたい焼き。このまま東京にも流行が来ると考えるなら先行できるほどいいし、できるだけの間独占状態であるほうがいい。それなのに、まさか八王子という町で出店が重なってしまうなんて。

例えば白いたい焼きの噂を聞きつけた人が一日前にそのお店で買ったとして、翌日うちの店で再び並んで買うとは正直考えづらい。僕たちは顔を見合わせ息を飲んだ。

 

「ちょっと、ええとまず住所調べよ。どこだ、これ」

本間君がそう言って短い沈黙が破られる。住所を入力し、吐き出された画面を見た僕たちはさらに眉をひそめる結果となった。

「あれ、これ」

「もしかして……」

本間君とミヤが続けざまに反応する。そこは物件探しの段階で僕たちにも紹介されていた物件であり、しかも専務に「選ばれなかった」物件であった。

その物件は駅から近い上に、僕たちの店より明らかに人通りがある。素人目には、そちらの選ばれなかった物件こそ好条件に思えた。僕はつい琢也君の方を見た。

「こんな偶然もあるんやな……まあ専務を信じよう」

琢也君はそれだけ言って、この件に関してあまり取り合わずぷいと部屋へと戻っていった。確かに今の状況下でできることもないし、自分たち店と専務の勘を信じてオープン日を迎えるしか無い。「ドラマってあるんだな」と僕は思った。

 

 

そして迎えたオープン当日。

その日は僕らの想像も及ばないほど店の前には開店前から長蛇の列ができ、その行列が信号待ちの車の人の目に留まってさらに人を呼び、店内の忙しさは閉店まで熾烈なものとなった。たい焼きは文字通り飛ぶように売れた。

一日目が過ぎてみれば、八王子店の売上数は今までチェーンの中で最高記録であった乙津店を300匹も上回る「3800匹」の新記録を叩き出しだした。

たった10坪の店が開店初日で50万以上を売り上げるという、好調この上ないスタートを切ったのだった。

 

 

※この記事は当時書かれていたブログや日記を元に、また新たに書かれています。