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「Haruが生まれた理由と、その未来について」

INTERVIEW | Writing & Photo: 渡辺平日

posted :2021/11/27

こんにちは 、西村です。先日、Haruのオープンから半年が経ちました。

「半年」というと、なんだか短く感じられるかもしれません。でも、私たちにとっては、ずいぶんと長い時間でした。

私は喋るのが大好きなので、ご来店された方には、店舗のコンセプトやこだわりなどを、できるだけお伝えするようにしています。

とはいえ時間はかぎられていますし、状況も状況ですので、すべてをお話しするのは難しいです。まだまだ説明が足りていないなと、日々、痛感しています。

たとえば、Haruが個人店ではなく、Backpackers’ Japanという会社が運営する店舗であること。いろいろな人が利用できるロースタリー(焙煎所)としての役割を持つこと。そして、この場所から、コーヒー文化を変えていきたいこと……。

ほんとう、伝えたいことがたくさんあります。


Backpackers’ Japanは、「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を。」というミッションのもと、複数のホステルを企画・運営している会社です。BERTH COFFEEは、Backpackers’ Japanのコーヒーブランドで、日本橋にある〈CITAN〉というホステルに併設されています。そしてHaruは、BERTH COFFEEが蓄積してきたノウハウを生かし、2021年の春にオープンしたロースタリーなのです。

そこで今回、Backpackers’ Japanの石崎さんと一緒に、Haruが生まれた理由やそのビジョンなどについて、インタビュー形式でお届けすることにしました。

伝えたいことが多く、ちょっぴり長めになってしまいましたが、最後までお読みいただければ幸いです。聞き手はライターの渡辺平日さんです。


西村結衣/1996年生まれ。大学生時代にコーヒーに興味を持ち、ドリップや焙煎のセミナーに通って知識や経験を深めてきました。大学卒業後の2019年4月にバリスタとしてBackpackers’ Japanに入社。現在はHaruで、焙煎士と店舗マネージャーを担当しています。

石崎嵩人/1985年生まれ。2010年、他の3人のメンバーとBackpackers’ Japanを立ち上げ、現在は取締役を務めています。社内では主に、クリエイティブのディレクションや店舗のブランディングなどを担当。コーヒーは進んで飲むほどではありませんでしたが、ここ数年で好きになりました。

お知らせ

新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐため、取材前の検温や体調チェック、取材中のマスク着用や手指消毒などを徹底しました。そのほか、打ち合わせをオンラインで開催し、利用者が少ない時間帯に取材を実施するなど、感染症拡大防止に努めています。


渡辺

西村さん、石崎さん、こんにちは。Haruに来るのは3度目ですが、いつ訪れても雰囲気がよくて、なんだかホッとします。

西村
そう言ってもらえて嬉しいです。リラックスしてコーヒーを楽しんでいただけるよう、壁の色や照明の配置など、細かい部分にも配慮しました。もう、こだわりを話しはじめるとキリがないです(笑)


内装のテーマは「山の麓の川沿いにある研究所」。差し色のブルーは、澄んだ水の流れをイメージしています。また、BERTH COFFEEの「BERTH」には埠頭という意味があり、海の色合いなどからも着想を得ました。

渡辺
特にブルーの差し色が印象的です。ところで話が変わりますが、オープンして間もないのに、常連の方がたくさんお見えになっていますね。それもどうやら近隣にお住まいの方が多いみたいです。

西村
そうですね。遠出が難しい状況ではありますが、それを考慮しても、地元の方が多いように感じます。

ご来店された際も、私たちや店舗のことを気に掛けてくれたり、応援してくれたりで……。いつも励まされています。


こちらは焙煎機が導入される前の写真です。現在は焙煎機が設置されており、より「研究所」らしい雰囲気になっています。

渡辺
土地柄もあってか、街全体にアットホームな雰囲気が漂ってますよね。さて、石崎さん。基本的には新規プロジェクトを見守る立場だと思いますが……。石崎さんから見て、Haruはどんなお店ですか?

石崎
オープン直後は様子を見にいくために、よくHaruに通ってました。その時、「すでに数年、この場所でお店をやっているような安定感があるな」と思いましたね。

利用している方にもリラックスしていただけているようですし、これはいいお店ができたなと、密かに喜んでいました。

西村
今の話で思い出したのですが、あるお客さんが、「ずっとここで営業している感じがします」とおっしゃってました。

西村
オープンしたての店舗ですが、たくさんの人たちに支えられているなあと思います。「ハルちゃん」と呼んでくれるほど、Haruに愛着を持ってくださっている常連さんもいらっしゃるんですよ。

ただ、ある程度通ってくださっているお客さんでも、Haruを個人店だと認識している方が多いのかもと、最近感じるようになりました。

私はオーダーを受ける際やコーヒーをお渡しする際などに 、できるかぎり、Haruについてお話しするようにしています。しかし、こういうご時世ですので、会話できる時間はどうしても短くなりますよね。仕方のないことですが、そこにもどかしさのようなものを感じます。

西村
利用する方からすれば、そこがお気に入りの空間であれば、「個人店」でも「グループ店舗」でも、大きな差はないと思います。

ですが、Haruがもっと愛される店舗になるには、どういう経緯で生まれたとか、なにを大切にしているとか、そういうことを説明する必要があるなと、感じるようになったんです。

渡辺
僕個人としても、Haruが生まれるまでの経緯は気になるところです。

Haruは、Backpackers’ Japanの系列店という位置づけですよね。Backpackers’ Japanは宿泊業を主軸とする会社ですが、いったいなぜ、ロースタリーを立ち上げる流れになったのでしょうか?

西村
様々な理由がありますが、コロナウイルス感染症の拡大が大きなきっかけとなりました。

コロナウイルス感染症は、観光業や販売業など、多くの業界に影響を与えています。もちろん宿泊業も、非常に深いダメージを受けています。感染拡大から約1年半。未だに収束のめどは立っておらず、先行きは不明瞭です。

不安定な状況で、新しいアクションを起こすのは、非常にリスキーですよね。しかし、Backpackers’ Japanは、新規事業を立ち上げることにしました。新規事業の候補にロースタリーがあって、それがHaruという形で実現されたんです。

渡辺
なるほど。……厳しい状況下での、新規事業の立ち上げ。勇気を要する決断だったと思います。

ところで、ロースタリー以外にはどんな候補があったのですか?

石崎
スタッフ全員からアイデアを募りまして、全部で50個ほどの候補が出ました。すでに実現したものとしては「キャンプ場の運営」があります。

ほかにも、オリジナルプロダクトの開発であったり、ECサイトの充実であったりと、様々なアイデアがありました。数多くのプランの中に、ロースタリーがあったという認識ですね。

渡辺
ありがとうございます。「ロースタリー案」を出したのは西村さんですか?

西村
いえ、ほかのスタッフのアイデアです。最初は「誰が案を出したんだろう」という感じでしたが、コーヒーがとにかく好きなものですから、だんだんと「挑戦してみたい」という気持ちになりました。

アイデアが出尽くしたタイミングで、ひとつずつ精査をして、いくつかの案がプロジェクトとしてスタートしました。その際、各プロジェクトに担当者を付けることになったので、自分が立候補したんです。

渡辺
だんだんと熱を帯びていったわけですね。社内からはどんな反応がありましたか?

西村
ポジティブな反応が多かったと思います。創業者のひとりである桐村さんは、「きっと西村さんが手を挙げてくれる気がしてたよ」と言ってくれました。

それくらい、コーヒーに対する思いが伝わっていたのかと考えると、とても嬉しくなりましたね。同時に、身が引き締まるような感覚もありました。

いろいろな人たちが利用できる「シェアロースタリー」にしたいというアイデアも、かなりスムーズに受け入れてくれました。また、チャレンジングな姿勢を評価するだけではなく、しっかりバックアップしてくれたので、とてもありがたかったです。

石崎
話がそれてしまうかもですが、新規事業案の多くは、「コロナウイルス感染症が拡大していく状況で、どうやって事業性を持たせるか」という発想のものでした。たとえば、デリバリー専門店を立ち上げる案もありましたが、それはほとんど、現状に対応するためのアイデアですよね。

現状に対応するために、短期的なプロジェクトに取り組むのは、決して間違いではありません。

しかし僕たちは、コロナウイルス感染症の収束後にも継続していくことが、なによりも重要だと思いました。そういう意味で、ロースタリーは、長期的に取り組める事業ですので、自分たちらしいやり方だなと感じました。

石崎
言うまでもなく、西村さんの熱意も、大きなきっかけとなりました。コーヒーに対して並々ならぬ情熱を持つ西村さんに、会社としても、自分としても、プロジェクトを任せたいと思ったんです。

渡辺
社内のメンバーから、西村さんへの期待があったと。西村さん、嬉しさを感じたのと同じくらい、責任も感じられたのではないでしょうか?

西村
そうですね。もちろんプレッシャーは感じました。でも、どちらかというと、ワクワクのほうが強かったです。

西村
私はもともと、バリスタとしてBackpackers’ Japanに入社しました。それから様々な偶然が重なって、かなり早い段階でカフェチームのリーダーというか、マネージャーに近い役割を担うことになったんですよ。

これまでは主に、カフェメニューの開発や、スタッフの育成に携わってきました。しかしまさかロースタリーの立ち上げに携わるようになるとは……。想像もしなかったです。ですが、せっかく機会をいただけたのだから、最高の空間をつくろうと考えました。

プロジェクトがはじまってからは、事業計画書を作成するなど、数字と向き合う日々が続きました。簿記に関しての基礎知識はあったので、その点に関してはさほど苦労もなく、数字を眺めながらワクワクしてました(笑)

西村
言うまでもないですが、楽しいことばかりではなかったです。「コーヒー事業で適切に収益を上げるのは難しいな」とか、いろいろな課題と向き合いました。

特に不安だったのは、どの程度、「Backpackers’ Japanらしさ」を表現できるかということです。

Backpackers’ Japanは、確固たる文脈や価値観を持っている組織です。「入社して間もない私が、それにどれだけ近づけるか?」と、そういう懸念を抱いていました。

西村
しかし、プロジェクトが具体化していくにつれて、自分が理想とするロースタリーと、Backpackers’ Japanらしいロースタリーは、そう遠くない……。むしろ近しいものがあると感じるようになりました。

たとえば店舗に訪れる方へのスタンスであったり、表現したい世界観であったり。そんなコアとなる部分に関しては、ズレはほとんどなかったように思います。

スムーズに事が運んだのは、Haruの立ち上げをサポートしてくれたメンバーのおかげです。常に2~3人で、店舗のミッションやビジョンについて議論できたので、安心してプロジェクトを進められました。


渡辺
詳しくありがとうございました。Haruが生まれるまでの話を聞けて、グッと親近感が増したように感じます。

興味深い話が多かったのですが、特に「コーヒー事業で適切に収益を上げるのは難しい」という言葉が気になりました。

自分は飲食店の経営には詳しくありません。それでも、カフェや喫茶店、ロースタリーを運営していくのは、かなり厳しいと認識しています。もし差し支えなければ、そのあたりについてお聞かせいただけますか?

西村
店舗にもよりますが、Haruの場合、まず、海外から良質な豆を仕入れますよね。それを一粒ずつピッキング(点検)し、細心の注意を払いながら焙煎して、品質を保てるように慎重に保管します。

そして、それを専門知識を持ったバリスタが丁寧にドリップしてと、とにかく手間暇が掛かっています。

西村
加えて、こういう言い方は好きではありませんが、競合関係にある店舗も多いですよね。そのような環境で、長く運営していくのは、率直に言って非常に難しいです。

それでも、どんなに困難であっても、ロースタリーを運営する意義があると私は考えました。その理由は大きく分けてふたつあります。

バリスタの待遇であったり、働きがいであったり、そういう面を改善したいと思ったのが、動機のひとつです。

接客業全般に言えることですが、賃金が安かったり、労働時間が長かったりと、多くの課題や問題があります。続けたくても続けられない人を、これまでに何人も見てきました。そのたびに……私は、悲しい気持ちになりました。

これは業界の構造によるものですから、「自分たちだけではどうすることもできない」というのが率直な感想です。

西村
そこで考えるのを止めてしまうのは簡単です。しかし、自分たちができる範囲で、なにか行動を起こせないかと、ずっと考え続けました。

業界全体からすれば、ごくごく小さな取り組みですが……。自分を含め、Backpackers’ Japanに所属するバリスタにとって、より働きやすく、より働きがいのある環境を整えることは、可能だと考えました。

そのために、既存店よりもコーヒーに特化した店舗をつくりたいと考え、それを形にしたんです。

西村
「コーヒーを気軽に学べる場をつくりたかった」のも大きな動機です。コロナウイルス感染症の影響もあり、現在、コーヒーを勉強できる場所や機会は、かなり減っています。

たとえば私が学生の時、今から数年前は、日本中からバリスタが集まるイベントや、海外の焙煎士たちと交流できるイベントがあって、コーヒー全般に関する知識やノウハウを得ることができました。

その場には、私と同年代で、そして、同じくらい情熱を持った人もたくさんいました。そのイベントをきっかけに交流が広がったりしましたね。ですが、現時点では、そういうイベントはほとんどなくなっています。

もしも困っている人がいたら、Haruを、学びの場として活用してほしい。そういう願いを込めて、ロースタリーを共有できる仕組みを導入したんです。

渡辺
もしかしたら、Haruは、西村さんが学生のころに「こんな空間があったらいいな」という理想が形になった店舗なのかもしれませんね。

西村
たしかに……。そうですね、ほんとうにそのとおりです。

私は大学生のころ、毎週のように、当時住んでいた茨城から東京に通って、コーヒーの勉強を続けてきました。焙煎した豆を友人に配って感想を尋ねたりしてましたね。

ただ、ことに焙煎の勉強に関しては、とにかくお金が掛かります。今だと金額感も変わっているかもしれませんが、一度の焙煎セミナーで、2万円程度の料金が必要でした。

石崎
プロユースの焙煎機って、ものすごく高価だから、そのあたりも料金に関わっているかもですね。

西村
店舗で使用される焙煎機は、安価なもので数百万、高価なものだと一千万を超えますから……。ある程度料金が高くなってしまうのは仕方がないと思います。

誤解がないように補足すると、その焙煎セミナーは、とっても有意義なものでした。そこで得たものは日々の仕事のなかで生かされています。

西村
私の場合、漠然とではありましたが、「一生、コーヒーに関わっていくんだろうな」と、学生時代から思っていました。思っていたからこそ、なんとか費用を工面しながら、勉強を続けられました。でも、そういう人ばかりではないですよね。

だから、「カジュアルに焙煎を体験できる場をつくりたい」と思ったんです。少しでも興味がある人が、「ちょっと一度、試してみようか」という、それぐらいの気軽さで焙煎に取り組めるような場所を。

この場所をきっかけに、コーヒーに関心を持ってもらえたら、とても嬉しいし、そこに大きな意義があると感じています。

石崎
たとえば学生の方が、Haruの焙煎機で豆を焙煎して、自分のブランドを立ち上げて、ECサイトで販売するとか、そういう流れが生まれてもいいですよね。

西村
すごくいいですね。大歓迎です。将来、自分のお店を持ちたいとか、ブランドを立ち上げたいとか、そういうことを考えている人って、少なくないと思うんです。そんな方たちと一緒に、コーヒー文化を盛り上げていければ嬉しいなあ。

石崎
お店を構えるとまではいかなくとも、たとえばイベントで出店するとかよさそうですよね。

西村
それもいいですね。かつての私のように、友人にコーヒー豆を配るとか、そういう人が増えれば、コーヒーに親しむ人がもっと増えると思います。

渡辺
もし、それくらいコーヒーが好きな人が同級生にいたとしたら、コーヒーに対する感覚はずいぶん変わりそうですね。

西村
ぜんぜん変わりますよね。「えっ、君が焙煎したの?」みたいな(笑)

それくらい、焙煎のハードルを下げていきたいです。焙煎がもっと気軽になれば、コーヒー文化も、ちょっとずつ変わっていくと信じています。


石崎

西村さんから、バリスタの待遇についてや、学ぶ機会が減っていることを聞いて、コーヒー業界が抱えている課題を知りました。

それを解消し得るひとつの手段としての、「シェアロースタリー」という発想は、とてもおもしろいと感じました。Haruのミッションがもっと浸透したり、波及したりすれば、コーヒー業界はよりよくなるんじゃないかと思います。

渡辺
西村さん、石崎さん、今日はありがとうございました。Haruの成り立ちやそのビジョンなど、興味深いお話が伺えてよかったです。最後に、Haruの今後の展望についてお聞かせいただけますか?

石崎
「深くも、広くも、どっちもフォローする」のが、Haruのコンセプトであり、大切にしている考えです。

この考えは、「Haru」という名前が決まる前から、西村さんたちが言っていたことなんですよ。それをしっかりと保ったまま、Haruは、ここまで歩いてきたように思います。

とことんコーヒーを追求しつつ、その一方で、気軽にコーヒーを楽しむこともできる。それがHaruの目指しているところで、これからも変わることはないのではないかと、僕は考えています。

西村
すぐには難しいですが、焙煎やドリップの勉強会など、コーヒーが好きな人たちが集えるイベントを開きたいです。その一方で、マニアックになりすぎず、だれでも気軽に立ち寄れるような雰囲気も大切にしたいですね。

……長い時間を掛けて、時には遠回りをしながら。ちょっとずつ、コーヒー文化の底上げをしていきたいと、私たちは願っています。