COLUMN

「あらゆる境界線を越えて」と「新しい景色をつくる」──価値を重ねる理念の関係

コーポレートサイトをリニューアルしてから一ヶ月が経った。

ロゴの考案から含め、約半年の時間を掛けて形にしていってくれたSHEEP DESIGN Inc.さん、改めてありがとうございます。

トップページをはじめとした各ページはもちろん、このJOURNALのページが細かいところまできれいに設計されていてとても気に入っている。メディアではないけれど、匹敵するぐらいのきちんとした体裁で記事をアーカイブしていけることに大きな安心感があるし、ちょっとしたコラムも書きたいと思える。

文章は思っていることを書き残すための手段でもあるけどそれだけではないよね。書くことでより遠くに行ける。


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さて、今回のリニューアルではロゴとコーポレートサイトだけでなく、会社の理念を刷新した。

内容や背景についてはプレスリリースこちらの対談記事で触れている通りで、社内では去年のうちにすでに発表していたものを、サイトのリニューアルに併せて初めて公にした。

記事のリリース後、とある人から僕の元にSNSでこんなメッセージが届く。

「実は『あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を』がすごく好きだったので、変えるって聞いたときにちょっとショックだったんです。でも対談を読んで、芯が変わらないなら変化はプラスでしかないんやなと思いました。それこそ今までの土台に新しい価値が積み重なるというか」

「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」は僕たちが創業時から掲げていた理念。当時は「日本にゲストハウスをつくる!」が動機だったので、この理念はゲストハウスやホステルに焦点を当てたもので、実際にとても相性がいいと思う。社内でもこの理念への共感と愛着を持っている人はとても多い。

……一方で、数年ほど前からこの理念の効力は弱まっているとも感じていた。「全世界からさまざまな国の旅行者がやってくる状況があって、カフェやバーには既に世代や地域を越えてさまざまな人が集うようになっていて、だとすると『あらゆる境界線を〜』のミッションとしての効力は最大化されないのではないか」つまり「自分たちはある程度理念を達成してしまっている」と思っていた。

そういった背景から、この言葉を残すかどうかについて改めて深く考えてみることにした。そして、いま一度突き詰めて「あらゆる境界線を越えて」に向き合ってみることで、むしろこの言葉に込められた真意を再発見することとなった。

元々の理念の説明文はこのような書き出しで始まる。

“「国籍や宗教、人種、思想、性別、年齢、職業。 そういったものをひとまず隣に置いて、「人」と「人」とが話せる空間。 心地よい音楽を聴き、世界の仲間と語る時間。 暖かい笑顔、真剣な眼差し。」”

ここを読むとわかるが、大事なのは、国籍や宗教、人種、思想、性別、年齢、職業……「そういったものをひとまず隣に置いて」である。様々な人が来れる場所にしよう、それぞれに違いはあるけどみな一同に集まろうよという話ではないのだ。いろんな背景の人がいるけど、そんなことは関係ないよね、ただの個々人として自然に知り合い、過ごせる場所が心地いいよね、という意味であったのだ。

理念を訳して、英語にずっと「Beyond All Borders」を充てていたが、芯の芯はBeyond(越える)にはなかったのかもしれない。アメリカ人もいて、ヨーロピアンも、アジア人も、若者も、おじいさんもおばあさんもいて、大事なのは、その誰もが、そんなこと別に関係ない場所をつくることなのだ。境界線を越えて近づくというよりも、境界なんてそんなものもともとないじゃないかという、ある種超然とした感触なのだ。つくろうとしてきたのは、そのための内装であり、飲食であり、音楽だった。これは僕たちがこの先もラウンジと共にホステルやホテルを展開していく上でも大きな気づきだと思った。もちろん理念を定めたときにも散々話していたことだったけれど、使われれば使われるようになればなるほど、じっと見つめないと本質を見逃してしまう。経営陣として、創業メンバーとしてこの言葉に長く触れてきた僕でさえ。

 

そのため、『あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を』はホテル、ホステル事業のミッションとして残すことした。これからも宿泊飲食事業を続けていく上で更に深めていくべきテーマだと思ったし、武器になると思った。同時に、この先の掘り下げはいま実際に店舗に立つスタッフがしていけるとも思った。十分に社内にも通用している言葉である上に、既に述べたように、この言葉に共感や愛着を持っているメンバーが多くいる。

いままで会社の理念でもあった「あらゆる境界線を」を改めてホステルのミッションとして据えたぶん、Backpackers' Japan全体には新たな理念を与えることを決めた。現状、ホステル事業だけではなくなったすべての事業を包括する新しい使命と先行きを示すことで、会社はさらに先を見つめ、もっと幅広く、より自由になれると思った。

このような経緯があったので、会社理念を刷新したとは書いたが、僕としては「新たに加えた」という感覚の方が強い。はじめに述べた通り、創業から10年以上の間ずっと会社=ホステル事業だったこともあり、「あらゆる境界線を」はホステル事業のための理念だった。会社の理念を「あらゆる境界線を」に置いたまま、ホステル事業と並べて「あらゆる境界線を越えるための別事業」をつくっていく可能性もあったけど、創業時のことを振り返るとそれは不自然であるように思えた。あらゆる境界線を越える場所をつくるためにゲストハウスを選んだのではなく、ゲストハウス事業をやることは決めていて、そこに与えた魂が「あらゆる境界線を」だったからだ。ならばホステル事業の頭に据えるべきミッションだと思ったし、「あらゆる境界線を」と並列して、同じように思いの込もった言葉が、ホステル以外の事業にも魂として吹き込まれていくところを見たいと思った。


では会社全体の理念はどうするかと考えたのち、今後事業をつくるときにも、店舗展開をする際にも、なるべく幅を狭めず、それでいて自分たちの大事なことを言い表したものにしようと思って定めたミッションが「新しい景色をつくる」である。僕たちの見たい「景色」は人と場所の力が掛け合わさって生まれるものだと考えていて、「新しい景色をつくる」とはつまり、人と場の力で世の中に新たな価値をつくるということである。

新規事業であるロースタリー、キャンプ場、ブルワリー、それからウェブサイトにはまだ載っていないけど公園の事業もそのミッションと紐づいた企画になっているし、いまのホステル事業も、元を正すと人と場の共鳴で生まれる活気、一瞬目を奪われてしまうぐらいその場にいる人が自由に自然に過ごす空間、それらを新たな価値として提案したいという思いから誕生している。

今後ホテルやホステルを店舗展開する際も、「あらゆる境界線を」を事業ミッションに据えつつ、その町にとっても、自分たちにとっても新しい価値、新しい景色を提案できるものにしたい。コピー&ペーストではなく、考えて考えて考えて、意味のある出店をしたい。そして同時に、宿泊以外の分野でも新たな価値、新たな景色を、その事業リーダーと共につくり上げながら、会社の視野を広げていきたい。

会社はある種幻想の共同体である。会社という個体は存在しないけれど、概念は存在する。その概念が存在するからこそ、一人では到底できないことをできるようになる。辿り着けぬと思ったところにも、辿り着くことができる。これは理念体系の再構築を始めたときに経営陣でも認識をあわせたことでもあるが、Backpackers' Japanはもう少し遠くまで歩みを進めたがっていると僕は感じる。

届いたメッセージにあったように、「今までの土台に新しい価値が積み重なる」というのはまさにその通りである。「あらゆる境界線を」があるから、「新しい景色をつくる」がある。

今回「新しい景色をつくる」について触れたけど、会社のパーパス、「旅多き世界の為に」についてもいつかここで詳しく書きたいな。「なぜ人と場の力で新しい景色をつくるのか」「あらゆる境界線を越えた場所を増やしていった先にどんな未来を見るのか」の答えが旅多き世界の為に、です。

Written by

石崎嵩人

Backpackers' Japan取締役CBO。2010年2月に他創業メンバーと共にBackpackers’ Japanを設立。取締役として予約導線設計や広報戦略を担当。2022年にCBOへと肩書きを変更し、会社のコーポレートアイデンティティ設計やブランド構築、事業ごとのコンセプト策定やクリエイティブディレクションを行う。