INTERVIEW

事業成長しながらも個人の意思を活かす。BJ流、自律分散型の組織制度はどう作られた?ー Backapackers’ Japan 野上 × 組織開発ファシリテーター 渡邉 インタビュー Vol.1

「スタッフのみんなが楽しそう!」
Backpackers' Japanのホステルを訪れて、そんな印象を抱く人は多いと思います。どのホステルでも、自由なファッションに身を包んだスタッフが、それぞれの持ち場を担当しながらもひとつのチームとして、わきあいあいと働いています。

自由でフラットな職場環境を支える基盤となっているのが、独自の組織制度「Co-Management Team(以下、Co-M)」です。全てのスタッフには階層・役職がなく、誰もが意思決定できる権限をもち、また給与評価もスタッフ同士で行います。一見、奇抜にも思えるこの仕組みがどう機能しているのか気になる、といった声もよく聞きます。

Co-Mの体制づくりと運用を、2017年の構想から行ってきたのがBackpackers' Japanの野上千由美さん。そして、2020年から外部のアドバイザ―として伴走してきたのが、人と組織に詳しい渡邉貴大さんです。

Co-Mの導入から3年経った今、二人がBackpackers' Japanを通じて追い求めてきたより良い組織について話を聞きました。「Len京都河原町」にて3時間に渡って行われた対談を全5回に分けお届けします。初回は、Co-Mの黎明期を中心に。一体Co-Mとはどんな組織制度なのか? 組織体制を大きく変えることにした理由とは? それぞれの視点で話します。

Backpackers' Japan/Support Center
野上千由美
2015年、Backpackers’ Japan入社。東京を拠点に、社内の組織制度設計やイベント企画運営に従事。2017年末に京都へ移住し、現在は組織制度設計のクライアントワークや採用広報を担当している。

株式会社MIMIGURI
渡邉貴大
規模・業態の異なる複数の組織において、人事やコンサルタントとして業務に従事。チェンジ・エージェントとして組織変革のファシリテーションを実践してきた。現在は株式会社MIMIGURIのHead of facilitationとして組織ファシリテーションの開発実践を行っている。

(企画・ディレクション:なかごみ/取材・執筆:池尾優/撮影:原祥子)

 

組織体制を変えた理由

── 野上さんは7年以上、Co-Mの組織作りに携わっているそうですね。最初はどんなことをきっかけに、組織制度を変えることになったのですか?

野上:2016年のことです。宿泊業態の3店舗目であるLenが京都にでき、4店舗目のCITANのオープンを控えていた頃。東京から離れた拠点(Len)もでき、50名ほどだったスタッフもこれから倍になっていくという時期でした。

渡邉:この時点では僕はまだ関わっていないのですが、事業が急速に成長していたタイミングだったんですね。

野上:それまでは創業メンバーがリーダーシップをとってあらゆる物事を決定していましたが、拠点や人数が増えることによる弊害として、個人の力が発揮しづらくなるとか個々の熱量が伝わりにくくなる、といったことが起きてくるのでは? という懸念が生まれて。新たな組織体制を作ろうとなったんです。

渡邉:「50人の壁」とよく言われますが、組織を率いる強力なリーダーシップにも限界があります。組織の人数規模が大きくなると、権限を委譲して、トップが細かく指示をしなくても現場で判断して自律的に動けるようにすることが求められます。それまでは強力なリーダーシップを持った創業メンバーが、基本的に現場レベルの意思決定全てに介入していた。でもそのやり方では、会社の規模人数が大きくなると現実的ではないし、無理に通底してもスピード感のある事業展開を阻んでしまう。意思決定のスピードを早めるために、その権限をスタッフみんなに渡していくことにした、ということですね。

野上:そうなんです。それに加えて、従来の体制では、役職や階層が増えたとしても、役職についている人たちだけしか成長しないのでは? という心配もあって。そうではなく、スタッフ1人1人の意志を尊重して、誰もが公平にチャレンジができ、生き生き働けるような組織にしたかったんです。

階層型組織から自律分散型へ

渡邉:権限を移譲するとなったとき、職能や店舗毎に中間管理職を設けるといった、分業と調整の選択肢はいくつかあります。そのなかで、Backpackers' Japanではそれまでの階層型組織をやめて、「自律分散型」を柱とするCo-Mが作られていった。

野上:スタッフの自律性を尊重し、全員に意思決定が委ねられているフラットな形態。それをベースに、Co-Mのガイドラインを作っていきました。スタッフ1人1人が自律的かつ積極的に様々な決定を行い、店舗の経営や運営に主体的に関われる環境。従来の“うまくマネジメントする”仕組みをやめて、“展開しながらも、個人の意志が活きる”仕組みにしたかった。

渡邉:Co-Mの大きなポイントになるのは、「役職がない」「一人一人に意思決定権を委ねている」「給与評価をスタッフ同士で行う」等でしょうか?

野上:はい、だいたいそのあたりかと。まずは、役割やキャリアに関係なく、階層的な役職を撤廃しました。雇用形態も「正社員」「アルバイト」といった呼び名をやめて、月給の「マンスリー」と時給の「アワリー」に。マンスリーなら「フレックス」やアワリーなら「パートタイム」などと、自分に合った働き方をスタッフが自ら選べるようにしました。そうした雇用形態に関わらず、福利厚生は基本的にはみんな同じように適応されます。

アップデートは2ヶ月に一度。進化する組織

渡邉:少し専門的な話になりますが、Co-Mは何か参考にしている組織モデルがあるのでしょうか?

野上:Co-Mの構想をしていた2018年にベストセラー書『ティール組織』の日本語版がちょうど発売して。この本に出合って、組織のあり方に大きく共感しまして。まずはティール組織をベースにした体制を、2018年8月にトライアルとして導入しました。

渡邉:ティール組織というのは、組織の全メンバーが目的実現に向けて自律的に意思決定していく組織のあり方の概念ですね。まさにBackpackers' Japanが目指している自律分散型に近いものだった。

野上:はい。ただ、トライアル導入後には「セムコスタイル」や他社が採用している組織制度の要素も掛け合わせることにしたんです。その要素も、そのまま流用するのではなく、若干考え方を変えて取り込んでいきました。

渡邉:ティール組織は具体的な運営方法が特に提示されていないんですよね。セムコスタイルはブラジルのセムコ社が経営再建をするなかでつくりだした組織運営のフレームワークで、ティール組織の概念を体現しているとも言われているモデルです。それらを参照しCo-Mの土台ができた。

野上:どんな組織モデルでも大事なのはインストールすることではなく、自分たちの会社に合わせて作り替えてオリジナルの形にすることだと思っていて。そこは実際に構想段階から気をつけていた点です。土台ができてからも、アップデートを繰り返していて。導入から7年経った今でも、2ヶ月に1度はアップデートしています。

渡邉:このトライアルがバージョン0だとしたら、現在はどれくらいですか?

野上:いくつでしょうね……バージョン20ぐらい?(笑)

渡邉:まさに進化する組織、ですね!

組織体制の大変革で、スタッフからは戸惑いの声

渡邉:ティール組織をはじめとする自律分散型組織は2018年頃に日本の多くの企業組織が共感し、導入を試みた組織概念ですが、全くもって新しい考え方だったので、苦戦する企業も多く見受けられました。BJでは導入時の難しさはありましたか?

野上:そうですね……徐々に移行したのではなく、トライアル期間から抜本的に入れたんです。なので、スタッフからは戸惑いの声が多く上がりましたね。

渡邉:例えばどんな?

野上:戸惑いが大きかったのは元々役職についていた人たちでした。マネージャーやチーフという役職が撤廃され、彼らの中から何名かがコーチという役割になったんですが、コーチはあくまでスタッフの意思決定をサポートする立ち位置という定義が、理解しにくかったみたいで。

渡邉:もともとの権限や役割責任がゼロリセットされ、新たに自主的に立ち振舞うことがはじめは難しかったということでしょうか?

野上:そうです。でも実際は、意思決定できる権限を全員がもてるようにしただけで、コーチだから意思決定しちゃいけないわけではないんですよね。その違いと新たなコーチの役割がみんなのなかで腹落ちしていない、というのはすごく感じましたね。

渡邉:そうしたスタッフの不安に対して、何か対処はしたんですか?

野上:当時代表だった本間と私の2人で個々のスタッフと話す機会を設けて、本間からは組織体制を変えた理由や思いを伝えて、私からも「みんなで作っていきたい仕組みだから意見を言ってほしい」と伝えて。そこで汲み取った意見を参考にしつつ、本番用のガイドラインを作り上げていきました。

渡邉:こうしたユニークな組織体制は特に、浸透するのに時間がかかるから、最初は難しい部分が大きいと思います。ただ、BJはフラットで自由な気風がもともとありましたよね? 会社のビジョンも「意思ある仲間と広げ合う会社に」ですし。その意味では、浸透しやすい部分もあるのかなと。

野上:そうなんです。例えば制服がなかったり、かっちりしたルールもないし、みんなが自律的に楽しく働けるための環境への意識はみんなのなかにもあった。私のなかにも、その延長線上にこの仕組み作りがある、っていう確信めいたものは、トライアル時点からありました。

渡邉:1人1人が権限をもって決めていく、アイディアを出して形にしていく、という仕組みが、元々のBJのカルチャーに合っていたし、スタッフのなかにもそういう気持ちがあった。そこを最大化するための変革だったということですね。


対談はVol.2へ続きます。

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Backpackers’ Japanでは、組織の文化づくりや制度設計に関するクライアントワークをお受けしています。事業成長に伴う組織制度の整備や自律分散型組織への移行など、組織に関する課題感をお持ちの方はお気軽にこちらからご相談ください。

Planner / Director

なかごみ

Business Designer / PR として、戦略から実行まで、複数の会社の新規事業開発やコミュニケーション領域に関わる。デザイン会社でのUXデザイナー、アパレルブランドでのコミュニケーション責任者、新規事業責任者を経て、2022年7月よりフリーランスとして独立。好きなお酒は、ビールとワイン。

Editor / Writer

池尾優

編集者、ライター。1984年東京生まれ。大学卒業後、タイのバンコクで現地情報誌の企画・編集に携わる。2010年よりトラベルカルチャー誌『TRANSIT』編集部に在籍。同誌副編集長を経て、2018年に独立。京都在住。

Photographer

原祥子

1985年三重県生まれ。東京でスタジオアシスタントを経て現在、京都を拠点にフリーランスとして活動。物撮り、料理写真、イメージ撮影、ポートレート、ドキュメンタリー取材などジャンルを問わず撮影。光を感じる写真を得意とする。