INTERVIEW

ヒエラルキーをなくし、意思決定をスタッフに委ねた。「自律分散型」導入期のポジティブな変化と課題 ─ Backpackers’ Japan・野上 × 組織ファシリテーター・渡邉 Vol.2

Backpackers' Japan(以下BJ)が、自由でフラットな職場を目指し、「自律分散型」組織への移行に取りかかったのは2017年のこと。以来、独自の組織体制「Co-Management Team(以下、Co-M)」を設けて、細部のアップデートを何度も重ねてきました。

そんなCo-Mの体制づくりと運用を、当初から行ってきたのがBJの野上千由美さん。そして、2020年から外部のアドバイザ―として伴走してきたのが、組織づくりや人材育成に詳しい組織ファシリテーターの渡邉さんです。

連載1記事目ではCo-Mのアウトラインや組織変革に至った理由などをお話しいただきました。続く今回は、Co-Mを抜本的に導入したというトライアル段階(2018年8〜12月頃)の話を中心に。導入期のポジティブな変化と課題を、お二人の目線から掘り下げていただきます。

 

Backpackers' Japan/Support Center
野上千由美
2015年、Backpackers’ Japan入社。東京を拠点に、社内の組織制度設計やイベント企画運営に従事。2017年末に京都へ移住し、現在は組織制度設計のクライアントワークや採用広報を担当している。

株式会社MIMIGURI
渡邉貴大
規模・業態の異なる複数の組織において、人事やコンサルタントとして業務に従事。チェンジ・エージェントとして組織変革のファシリテーションを実践してきた。現在は株式会社MIMIGURIのHead of facilitationとして組織ファシリテーションの開発実践を行っている。

(企画・ディレクション:なかごみ/取材・執筆:池尾優/撮影:原祥子)

 

役職をなくしヒエラルキーのない組織に

── 2017年に構想が始まり、独自の「自立分散型」組織へ移行することにした、というのが前回までのお話でした。2018年8月からトライアル期間を設けて抜本的に導入したそうですが、この時点で大きく変わったのはどんな部分ですか?

野上:まずはやはり、店舗内のヒエラルキーをなくしたことでしょうか。スタッフは店舗ごとにホステルやカフェ、バー、またはキッチンの4セクション(部門)のどこかに属しているのみで、上下関係のない体制に生まれ変わりました。

渡邉:マネージャーやチーフという階層的な役職を撤廃し、替わりにスタッフのwill実現に伴走し意思決定をサポートするコーチという立場を設けた、と前回の話にもありましたね。そのコーチとコーチ以外のスタッフの間にも上下関係はない、ということですよね?

野上:その通りです。代わりに「ロールマーケット」と呼ばれる役割リストを、店舗ごとに設けることにしました。店舗を運営するためのあらゆるオペレーションがロール(役割)として洗い出されたもので、ロールごとに必ず1人の担当者をつけるようにしました。スタッフはいずれかのロールを担う必要があり、いくつかを掛けもちしている人もいます。例えば、シフト作成はこれまでマネージャーが行なっていましたが、これ以降、「シフトロール」の担当者が行うようになりました。

渡邉:店舗を成り立たせるために必要な役割。それら全てを誰かが担わないと店舗は運営できない、という見取り図のようなものですね。

野上:役割分担の決定も、「あなたはこれ」と会社がアサインするわけではなく、決定段階からスタッフに委ねています。自分で立候補することもあれば、向き不向きから誰かを推薦することもありますが、どちらの場合もスタッフ同士で話し合って決めていきます。何らかの理由で役割を交代する場合も、その交渉や引き継ぎはスタッフ間で行います。

渡邉:前回の話では、階層的な役職をなくしたことでマネージャーやチーフのなかには戸惑う人もいた、とありましたね。また、コーチの定義がなかなか浸透しなかった、という話もありました。逆に導入期に起きたポジティブな変化はありましたか?

野上:店舗では、それまで役職をもたなかったスタッフが新たに役割を担うことで、これまでの運用方法の見直しや改善が行われていました。この変化は目に見えてわかりましたね。それぞれが店舗をより良くするための提案や巻き込みを、自律的にするようになりました。

渡邉:なるほど。ロールマーケットによって、見えていなかった多様な貢献領域が見える化され、起きた動きと言えますね。スタッフのなかから「もっと店舗をよくするために提案していきたい」みたいな、これまで表層化していなかった意識が立ち上ってきた。

「誰もが決められる」意思決定プロセス

野上:役割の決定をスタッフに委ねたのもそうなんですが、私たちが目指す会社の姿に合わせて、店舗経営に必要なほとんどの意思決定プロセスを変えることにしました。

渡邉:意思決定の権限をスタッフ全員に渡していくことにしたんですね。ただ、誰もが意思決定できるというのは自由な反面、難しい部分も多いと思うんです。具体的にどうやって決めているんでしょうか?

野上:「みんなで決める」というと、全員の合意を取って何かを決める、といったイメージが強いですが、そうではないんです。何かを提案した人や意志ある人に、最終的な意思決定権があるのがポイントです。そうした人が主体となり、最後まで責任をもってリードしていく、という考え方です。

渡邉:何かを決める際には、コーチの許可などは必要ないんでしょうか?

野上:前提として、経験が長く全体を把握できる人がコーチとして選ばれています。ですので、何かを決定したり実行する前には、コーチに意見を訊ねるべき、としています。ただ、許可を得るのではなく、あくまで“一緒により良くするため”、という意味合いから、BJではこれを「アドバイスプロセス」と呼んでいます。アドバイスプロセスは、プロジェクトを進める上で関係するメンバー同士で行います。コーチにだけアドバイスを求めればいいのではなく、提案者は関係者全員に意見を求めながら進めていきます。

渡邉:実際に決定したり実行する前に、シビアに実現可能性を検討するためのステップですね。

野上:そうです。とはいえ、たとえコーチから反対意見が出ても、そのまま提案を進めることもルール上は可能なので、あくまで決定権は当事者にあるといえます。

店舗の方針を「誰も決めない」事態が発生

野上:階級的な役職をなくし、スタッフに意思決定を委ねた結果、大きな問題が発生しまして……。各店舗の方針が決まらなくなっちゃったんです。

渡邉:それまではマネージャーやチーフが、店舗の方針や運営の舵取りをしていたんですね。そういう存在がいなくなっちゃったから。

野上:はい。コーチはそうした権限はもたないので店舗の方向性を店舗スタッフに決めてもらうために、店舗ごとに「ゲストバリュー」を設定することにしたんです。個人の意志を尊重する組織を作るには、スタッフ全員の目線を揃える必要があると感じまして。

渡邉:根底にブレない軸があるから、ほかは自由にしても大丈夫、ということですね。

野上:その目線合わせをするためにゲスト(宿泊者)やビジター(カフェやラウンジ利用者)に対してどんな価値を提供できるかを言語化した「ゲストバリュー」を店舗ごとに設けることにしたんです。半年に一度、店舗の全スタッフが集まる「ハーフイヤーミーティング」でディスカッションをして、ゲストバリューを決めてもらう。最終的に、それらが各店の個性になっていけばいいなと思いました。ただ、これがなかなか上手くいかなくて。

渡邉:お店をこれからどうしていくか? を決定するためのボールを「みんなに渡したよ」というのが、Co-Mのメッセージの一つだったわけですよね。しかし、みんなが自分のやりたいようにやるだけでは生まれた熱量も分散してしまう。そこで店舗ごと旗印としてゲストバリューを置く必要が生まれた。しかし、実際は「誰も決めない」事態に陥ってしまった

野上:toco.は「セカンドホーム」、Lenは「See you againと思える場所に」というバリューに決まりました。一方で、Nui.とCITANは決まらず、結局ゲストバリュー自体を作らないことにしたんです。このタイミングで、たかぴーさん(渡邉さんの愛称)にサポートに入っていただいたんですよね。

渡邉:そうでしたね。ちょうどCo-Mがトライアル期間を経て、本格的に導入されたタイミングでした。僕の方ではこの状態を受けて、各店のハーフイヤーミーティングを取り仕切るスタッフに向けたワークショップを開くことにしました。

店舗によって温度感が違った

── ワークショップでは、具体的にどんなことを行ったのでしょうか。

渡邉:toco.とLenでは、ゲストバリューを深掘りするワークを実施しました。具体的にはゲストバリューを体現できているシーンを描いてみて、それを生み出し続けるためにチームとしてどんなアクションができるか? をメンバー同士で話し合いました。一方、 Nui.とCITANではゲストバリューを無理に決めずに、どんなゲストにきてほしいか? そのために自分たちはどんなアクションを描けるか? というワークを実施しました。

野上: 前者と後者の違いは何かというと、toco.やLenはBJでのキャリアが長いメンバーが多いこともあり、スタッフの考えが共通していて異論が出なかった。対してNui.は新しく入ったスタッフが多かったり、CITANは新しい施設の上規模も大きかったので、スタッフの姿勢が割と理念から離れている傾向がありました。

渡邉:なので後者の店舗では、ワークショップやディスカッションを通してBJのビジョンをどう体現していくのか? をそれぞれ再解釈する時間に充てることにしたんですよね

野上:後者の店舗では、「ゲストバリューを新しく設定するよりも、まずはBJの理念をしっかり意識してもらった方が良いのでは」という意見も多く。これを聞いて、確かにそうだよな、と私も思いましたね。

渡邉:現在も、ハーフイヤーミーティングは店舗の現在地を目線合わせする場として機能していますね。

野上:当初は、店舗の魅力や提供できる価値をみんなでブレストして言語化してもらいたいと思っていたんですが……それをスタッフに委ねるのは、すごくハードルの高いことでしたね。

渡邉:店舗運営の根幹に関わるものですしね。でも、結果的に「ゲストバリューを設定するかどうか」を店舗に委ねることにしたのは、柔軟で、とてもBJらしいと思います。会社のビジョンを自分たちでどう体現していくか? の舵取りを自分たち自身でしている状態、自律分散を体現していますね。

野上:今回こうしてCo-Mの導入期を振り返ってみて、私自身も改めて整理できて良かったです。役職をなくしたことでスタッフの自律的な行動が生まれたのは、早期に見えたポジティブな変化でした。

渡邉:一方で、意思決定をスタッフに委ねたことは、この段階では課題の方が明るみになり苦戦した。けれど結果的には、そこも自律分散の軸に沿った解決策を見つけることができた、ということですね。

 

◆対談はVol.3(2023年1月上旬公開予定)へ続きます。 

Backpackers’ Japanでは、組織の文化づくりや制度設計に関するクライアントワークをお受けしています。事業成長に伴う組織制度の整備や自律分散型組織への移行など、組織に関する課題感をお持ちの方はお気軽にこちらからご相談ください。

Planner / Director

なかごみ

Business Designer / PR として、戦略から実行まで、複数の会社の新規事業開発やコミュニケーション領域に関わる。デザイン会社でのUXデザイナー、アパレルブランドでのコミュニケーション責任者、新規事業責任者を経て、2022年7月よりフリーランスとして独立。好きなお酒は、ビールとワイン。

Editor / Writer

池尾優

編集者、ライター。1984年東京生まれ。大学卒業後、タイのバンコクで現地情報誌の企画・編集に携わる。2010年よりトラベルカルチャー誌『TRANSIT』編集部に在籍。同誌副編集長を経て、2018年に独立。京都在住。

Photographer

原祥子

1985年三重県生まれ。東京でスタジオアシスタントを経て現在、京都を拠点にフリーランスとして活動。物撮り、料理写真、イメージ撮影、ポートレート、ドキュメンタリー取材などジャンルを問わず撮影。光を感じる写真を得意とする。