海外にいるかのようなオープンで穏やかな空気感。和気あいあいと楽しそうに働くスタッフ。そこに上下関係はなく、それぞれがフラットな関係性で、何をやるか、どうやるかを話し合いながら運営しているという。
他の宿泊・飲食業と比べても独特な文化の源泉はどこにあるのだろうか。Backpackers' Japanで働くスタッフ一人ひとりに焦点をあてたインタビュー集 "Each Perspective"
今回は、東京・馬喰町のホステル「CITAN」のキッチンで働くお二人に話を伺います。
松尾 瞬 | Shun Matsuo
佐賀出身。29歳。2017年に上京し、CITANのキッチンに約6年勤務中。静かでひとりになれる時間が好きで、集団行動は苦手め。好きなものは、禅、猫、読書、映画、登山、キャンプ、サウナ、筋トレ、ラジオ(COTEN RADIO、ハライチのターン)。現在はCITANでの業務と、都内の写真館でインハウスデザイナーを担うかたわら、フリーランスデザイナーとしても活動中。
中田 直美 | Naomi Nakada
栃木出身。CITANのキッチンで約3年半勤務。個人活動として、間借りのカレー屋hug curry(ハグカリー)として不定期でPOPUPを開催。好きなものは、朝陽、夕陽、散歩、銭湯、サウナ。植物、猫、お茶、スパイス料理。海辺、フィルムカメラ。ほのぼのとした時間がこよなく好きです。
CITANと個人活動の二つを両立
—— まず、お二人のことを簡単に教えていただけますか?
松尾:CITANに入ってから、もうすぐ6年ほどが経ちます。キッチンというセクションを担当していて、地下のラウンジで提供するモーニングやランチ、ディナーを作ったり、一階のBERTH COFFEEで売っているお菓子を焼いたりしています。
個人として、グラフィックデザインの仕事もしているので、いまは月の10日ほどをCITANのシフトに入って、残りの時間を個人の仕事に充てています。
—— グラフィックデザインの仕事はいつから?
松尾:入社した6年前は、デザインに興味はあったのですが、デザインソフトを遊びで使ったことがあるくらいでスキルも全くなかったと思います。あるときCITANの業務の中で、フライヤーのデザインが必要なタイミングがあって、せっかくだし自分でやってみようかなと。
それがきっかけで店舗内で制作物がある時には、自分から少しずつ提案して作るようになっていきました。そこから段々と外部のお仕事にも広がっていったという感じですね。
中田:CITANに入って約3年半が経ちます。キッチンでの業務内容は、先ほど瞬さんがお話しした内容にスタッフみんなで取り組んでいます。人によって朝と夜のシフトの割合は異なるのですが、臨機応変に対応しています。
個人の活動として、hug curryという名前でスパイスカレーのPOPUPをやっています。過去にはCITANのお昼の時間帯に、エントランスでカレーランチを提供していました。最近では外部のイベントにも呼んでもらえるようになり、出店する機会も増えてきています。
—— なぜスパイスカレーのPOPUPを?
中田:実は私が入社して半年くらいですぐにコロナ禍に入ってしまい、CITANも約3ヶ月ほど休業していた期間がありました。お店でカレーを食べるのはもともと好きだったのですが、休業中の家に居る時間に、なにかを作ったり学びたいという気持ちが強くなって。スパイスをごっそりと買って、気付けば毎日色々な種類のスパイスカレーを作っていました。
休業明けのシフトの関係でお昼の枠が空いていたところに、週替わりで季節の食材を取り入れた水曜カレーとして打ち出したことがきっかけで、現在のPOPUPの活動にも繋がっています。
旅との出会いがきっかけで、道がひらけた
—— 二人はどうしてCITANで働こうと思ったんですか?
松尾:僕は佐賀出身なんですが、高校卒業までは佐賀にいて、大学は福岡にいきました。建築学科に2年ほど通ったんですが、なかなか熱が入らず、もやもやとした時間を過ごしていました。田舎で育ったこともあり、世の中のことを何も知らなかった。
そんな自分がこのまま建築の道を進んで本当に楽しく働けるのだろうかと不安のようなものにも駆られて。どうせならいろんな人と職業に触れていく中で進む方向を決めたいと思い、そのタイミングで思いきって休学をしてみることにしたんです。
休学してすぐに、SNSでTABIPPOという会社が開催する旅イベントの運営メンバーの募集を知り、参加してみることに。そこでの経験が転機になったというか、「旅」というものを通して、自分の視野が日本中、そして海外にまで拡がっていきました。
松尾:そこから自分でも旅をするようになり、その中で出会った人たちのおかげで、それまで知らなかった世の中を楽しめるようになっていきました。それと同時に、世界中から人が集まる東京という土地で僕も働いてみたいという気持ちが強くなっていって、CITANで働くために上京したんです。2017年のことだったと思います。
—— CITANのことはどうやって知ったんですか?
松尾:当時はバックパッカーをしている人が周りにたくさんいたので、CITANのこともその人たちに教えてもらいました。まだ日本にゲストハウスは多くなかったですし、その先駆け的なtoco.とNui.は旅好きな人たちの中でよく知られていたと思います。
そうした評判を聞いていたのもあって、まず採用に応募して、面接を受ける前日に初めてCITANに泊まりました。スタッフの人に採用候補者ということは伝えていなかったので、一般の宿泊客として泊まったんですが、そのときの体験がとても印象的で、直感的にここで働いてみたいと思いました。
—— CITANのどんな部分が松尾さんに刺さったんですか?
松尾:やはり一番は働いている人ですね。チェックインのときも目をしっかりと見て、雑談も交えながら案内をしてくれて。仕事としてではなく、人と人との関係性として歓迎してくれているように感じたんです。
チェックインを済ませてラウンジに降りていくと、すぐにスタッフの人が話しかけてくれました。その日に佐賀から上京してきて、知り合いが一人もいない自分をなんの躊躇もなく受け入れてくれた。スタッフの一人ひとりもそうですし、CITANという場がそんな空気で満ちていた気がしました。
食が自分の土台となった栃木での3年半
—— 中田さんはどうしてCITANに?
中田:私は栃木県出身で、高校を卒業して歯科衛生士の専門学校に通っていたのですが、一年ほど経ったときに自分がやりたいことはこれじゃないと気付いてしまって。ずっと好きだったアパレルに転職して、1年半くらい販売員をしていました。
—— アパレルの次はどんなことを?
中田:栃木市の嘉右衛門町というところに、カフェとして営業しながら、ランチには手打ちのラザニアを出したり、夜はバルとしても営業しているcafe bazzarというお店がありました。何度も通っていたのですが、ある日スタッフ募集の張り紙が出ていて。ちょうどほかの世界も見てみたいと思っていたタイミングだったので、面接をしてもらい働き始めました。20歳くらいのときですね。
cafe Bazzarの店内
中田:そこのオーナーがとてもユニークな人で、働いているスタッフもみんなフレンドリーで、今でも地元に帰ったら寄りたくなる場所です。内装や料理も個性的で、店内で写真展や企画展をしたり、普通の飲食店とは違った環境で仕事ができたことはすごくおもしろかったですね。
—— そこでいまの仕事の土台ができた感じでしょうか?
中田:そうだと思います。在籍していた3年半で、ホール、ドリンク、キッチンを順番にやらせてもらいました。ずっと食べるのは好きだったんですが、料理をつくる楽しさと食べてもらう楽しさが自分の中で根付いたのは、Bazzarで働いたことがきっかけだった気がします。
中田:Nui.やCITANのこともBazzarの内装を手掛ける建築家の方から教えていただいて、それで初めて泊まりに行ったんです。Bazzarは大好きな職場だったんですが、ずっと東京で働きたいという思いもあったので、CITANのスタッフ募集のタイミングで応募して、上京してきました。
—— 二人はキッチンという仕事や料理をどう捉えていますか?
松尾:料理をすること、それをだれかに美味しいと言って食べてもらえる環境はもちろん好きです。ただ料理人になりたいわけではない。自分にとっては、どちらかというとCITANで働くということ自体に意味があって、その中で自分が役割を果たせるのがキッチンであるということなんだと思います。
CITANは日本中、そして海外からも多様な文化を持つ人たちが集まるホステルです。個人の活動としてグラフィックデザインの仕事を始め、勤務日数も少なくなりましたが、CITANに集まる人たちと会話することやバックパッカーの人たちを過去に自分がそうしてもらっていたように歓迎をすることも僕の中ではやりがいのあることです。そういった環境に自由な働き方で身を置くことができているのは、自分にとってありがたいなと思います。
CITANに集まる人たちのいいところは、人を先入観で判断しないこと。オープンに素直に目の前の人と接するのが文化になっているから、僕もいつも通りの自分でいられるんです。ゲストも含めて、ここに集まる人たちは旅を通して、自分と違う他者を受け入れるスタンスやマインドを培ってきた人が多いからかもしれませんね。
つくるから食べてもらうまで、見える範囲で完結できる
中田:私はキッチンで働きたい、料理をしたいという気持ちが大きいです。やっぱり料理を作るのが好きで、工程を考えるのも好きだし、料理を作っているときのゾーンに入っているような集中している感覚もすごく心地いいなと思います。
あと目の前で食べてもらうのは嬉しいし、やっぱり楽しいですね。CITANのラウンジはオープンキッチンになっているので、カウンターに座ったゲストと会話をしながら調理ができて、目の前で自分の作った料理を食べてもらえる。
チェーンの飲食店だと分業制のお店が多いと思いますが、作るところからゲストと会話をして、料理を食べてもらうところまで、自分の見える範囲で完結できるというのはとてもやりがいがあるなと思います。
—— お二人がシフトに入る日の1日の流れを教えてもらえますか?大きく分けて朝シフトと夜シフトの二つがあるんですよね。
中田:では朝シフトに入ることの多い私から。朝シフトの勤務時間は、7時から16時の8時間(1時間休憩)です。CITAN1階のBERTH COFFEEが8時から営業開始なので、その時間に合わせてシフトが始まります。
まず朝の山場はモーニング。最近ありがたいことにモーニングが定着してきていて、多くの方にご利用いただいています。近くのBEAVER BREADさんのカンパーニュや季節ごとのグリル野菜、ベーコンや目玉焼きなどをワンプレートで提供しています。
中田:8時から11時まではモーニングを提供しつつ、CITANスタッフ15人ほどのまかないも一緒に作るので、ここが朝シフトの中で一番忙しい時間帯かもしれません。
11時を過ぎると一旦落ち着いて、カヌレなどの焼き菓子を焼いたり、夜の仕込みを16時までやるというのが主な朝シフトの動きです。
松尾:夜シフトは、朝シフトからのバトンタッチになるので、15時半-24時が勤務時間です。CITAN地下のバーのオープンが18時なんですが、そこから夜のフードメニューも提供を開始し、アラカルトで注文ごとに料理を作っていきます。
松尾:夜シフトは比較的ゆったりしていて、カウンターに座ったゲストとコミュニケーションを取りながら料理ができるのはとても楽しいです。ゲストからも実際に作っているところが見れるのは楽しいと言っていただきますね。
1/1の体験にどう向き合うか
—— 普段仕事をする中で、意識していることはありますか?
中田:私は、CITANに来てくれた人に楽しんでもらいたいという気持ちが強いです。それはコーヒーの味でも、料理の見た目でも、スタッフとの会話でもいいんですが、CITANで過ごす体験のどこかで感動してもらえたらと思っています。
中田:働く私たちは、100回あるうちの1回の接客かもしれないけど、目の前のゲストにとっては、1回しかないうちの1回の体験です。そのたった1回の体験を通して、少しでもCITANに来てよかったと思ってもらえるように、ゲストとの一つひとつのやり取りを大切にするようにしています。
松尾:僕はディナーに入ることが多いんですが、CITANのラウンジって地下というのもあって、初めてだと入るのに少し勇気がいると思うんです。でもそのハードルを越えて、ラウンジに降りてきてくれたゲストには「僕たちはあなたを歓迎しています」という気持ちを伝えたくて。会話って一言目があれば自然と続けられると思うので、なるべく自分から声をかけたり、声が届かなくてもしっかり目を合わせることを心掛けています。
—— CITANに入る前と入った後で、ギャップなどはありましたか?
中田:現場主体でほとんどの物事を決めていくというのは、BJ(Backpackers' Japanの略称)が一般的な宿泊業や飲食店と大きく違うところだと思います。そういうやり方の会社で働くのは初めてだったので、働き始めたときは正直戸惑いました。
一般的な飲食店は、店長などのトップがいて、その人が決めたことを他のスタッフが実行していくことが多いと思います。でもBJは、どんなメニューを出すのか、どんな工程で作るのか、どんな接客をするのかなど、そのほとんどを現場のスタッフ同士で話し合って決めています。
松尾:たしかにそこはBJの特徴ですね。中田が言ってくれた料理に関することはもちろんですが、売上や人件費、原価などの事業的な部分も毎月キッチンセクションのメンバーみんなで打ち合わせをして、課題の共有や改善のためのアクションを行っています。
もちろん料理を集中的に極めたい人もいるとは思うんですが、自分は数字の部分を見ながらお店全体のことを考えるのも好きなので、楽しんでやっています。そういう意味で、将来自分でお店を持ちたい人にとっては、事業的な視点を身につけるためにもいい環境かもしれませんね。
CITANに軸足をおきながら、好きなことにトライする
—— 最後に、お二人の将来像やこれからトライしたいことについて教えてください。
松尾:CITANのスタッフの多くは何かしらの自分の将来像を持ちながらチャレンジをしている人が多いです。いまの自分にとっては、CITANでのキッチンの仕事と個人でのデザインの仕事のどちらもできていることが、精神的にも経済的にもバランスのいい状態のような気がしていて。当分はこの二つを両立しながら、デザインの仕事の比率を少しずつ増やしていけたらいいなと思っています。
中田:私は、さっきお話したスパイスカレーのPOPUPの活動をもっと面白くしていきたいです。ただカレーを作るだけではなく、スパイスや野菜や材料にこだわり、食べているときに読んでもらえるカレーの説明書を作ったり、色々なことにトライしてみています。
一つのアイデアから始まったこの活動に屋号がついて、自分が思っていた以上におもしろい活動になりました。この活動を続けていくことによって、スパイスカレーという文化を極めながら、また新しい人と出会ったり、次の可能性が広がっていったらいいなと思います。
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