自由でフラットな職場を目指し、2017年に「自律分散型」組織への移行に踏み切ったBackpackers' Japan(以下BJ)。独自の組織体制「Co-Management Team(以下、Co-M)」を設けて、以来、細部のアップデートを何度も重ねてきました。
そんなCo-Mの体制づくりと運用を、当初から行ってきたのがBJの野上千由美さん。そして、2020年から外部のアドバイザ―として伴走してきたのが、組織づくりや人材育成に詳しい組織ファシリテーターの渡邉さんです。
これまでの連載では、Co-Mのアウトラインや組織変革に至った理由、トライアル導入時(2018年8〜12月)のスタッフの反応、また正式導入からの2年間( 2019年1月〜2020年12月)の良い変化についてお話しいただきました。今回は、Co-Mの肝でありながら導入以来ずっと「苦戦してきた」という、スタッフの評価・給与制度にフォーカス。スタッフの能力や貢献度によって処遇を決めるだけでなく、スタッフのモチベーションやキャリアにも直結するため、慎重な改革が求められる部分です。新制度をどのように取り入れてきたのか? その試行錯誤をお二人に振り返ってもらいます。
Backpackers' Japan/Support Center
野上千由美
2015年、Backpackers’ Japan入社。東京を拠点に、社内の組織制度設計やイベント企画運営に従事。2017年末に京都へ移住し、現在は組織制度設計のクライアントワークや採用広報を担当している。株式会社MIMIGURI
渡邉貴大
規模・業態の異なる複数の組織において、人事やコンサルタントとして業務に従事。チェンジ・エージェントとして組織変革のファシリテーションを実践してきた。現在は株式会社MIMIGURIのHead of facilitationとして組織ファシリテーションの開発実践を行っている。
(企画・ディレクション:なかごみ/取材・執筆:池尾優/撮影:原祥子)
「ボトムアップで給与を決める」制度に混乱
── 評価制度はスタッフを評価し処遇を決めるものですが、企業の実績やスタッフの意欲にも直結する重要な制度です。この制度を、BJでは「Co-M」導入に合わせて、どう変えていったのですか?
野上:新しい評価・給与制度については、自律分散型へのシフトを構想していた時から視野にありました。BJの「Co-M」には、ティール組織の考え方を大きく取り入れていることは以前お話ししましたが、ティール組織を実践している組織では、評価者(スタッフを評価する人)は存在せず、評価も給与も現場のスタッフが主体となって決める、という方法を採用しているケースがあると知りました。
渡邉:自立分散型を選択する組織では、全体性を各々が理解した上で、自分の給与を自分で決める、ということが行われているケースがありますね。
野上:それを知った時、私も最初は「奇抜だなー」と思ったんです。でも確かに、自分の仕事や努力した部分を最も理解しているのは自分ですよね。であれば、自分で決めるのが公平なのかも、と思えてきて。Co-Mのトライアル導入時に、まずは2度試してみました。
渡邉:評価・給与制度も、トライアル段階からやってみたんですね。具体的にはどんな風に?
野上:評価は各店舗ごとに行われます。360度評価のようなかたちで、店舗スタッフ全員が全員に向けて「チーム及びゲストへの貢献度」を評価し合います。スタッフはその評価結果と自身のキャリア習熟度をどちらも考慮して、店舗の人件費予算に応じてあらかじめ定められた「給与ステージ」のなかから、自分に該当するステージを申告するんです。
渡邉:自己申告された給与ステージと客観的に見た貢献レベルが合っていれば良いのですが、2つがかけ離れていた場合はどうなりますか?
野上:その場合はCOOと面談になります。
渡邉:それまでは、店長やマネージャーが各スタッフを評価する、という一般的なやり方だったんですよね? 突然こういう制度になって、スタッフは戸惑わなかったですか?
野上:まさにそうなんです。この給与・評価制度で2回ほど運用したあたりで、スタッフから不満の声が上がってきてしまって。自分が全員のことを評価しなきゃいけないのがプレッシャーだ、とか、特に新しく入ったスタッフは、入ったばかりなのにみんなのことを評価できるわけがない、とか……。
渡邉:そうですねぇ……。全員がフラットに評価し合うことを正当にやろうとしたら、会社の方向性や全員の仕事のディティールまで把握していないとできないですもんね。あるいは、会社やスタッフのことを全部知らなくても、みんなに評価されても大丈夫、というスタッフ全員の許容度を上げ、信頼関係を育んでいくことが必要になります。どちらにせよ、時間がかかることですね。
野上:もう一つは単純に、みんな給与を上げちゃう、という問題も起きました(苦笑)。自分の評価や給与の申告には根拠も必要ですが、その良し悪しを客観的に判断する役割は設置していませんでした。
渡邉:「言ったもん勝ち」になってしまった、ということですね。
ビジョンにつながる評価項目を設定した
渡邉:そうした内情を聞いて、僕の方からは、働き方の指針となるような評価項目を作ったらどうですか、と提案させてもらったんでしたね。つまり、何を体現することがBJの貢献につながるのかを見える化しようということで、新しい評価軸を一緒に作っていった。
野上:2021年の夏頃でしたね。BJで働く上でもっていてほしいマインドやスキルの達成に繋がるような、全社統一の評価項目を9つ設けました。「自走できる力を持つ」「自身の魅力や発想で変化を起こす」「仲間と信頼し合い働く」の3つのなかに、それぞれ3つの項目があります。例えば「自走できる力を持つ」のなかには「Logical Thinking」「Willing & Action」「Strategicness」があって。
9項目に対してそれぞれどの程度影響力を発揮できているか? を、1〜6のステージで評価することにしたんです。例えば「Logical Thinking」であれば、論理的な思考がどの程度できているか? に対して、「まだ見習い段階で、このスキルや働き方を意識することを目指している状態」であれば1。「1人でできる状態」なら3、「全社的に影響を与えられる状態」までいっていれば6。この軸に沿って個々が自己評価をし、それを踏まえて、他の人が評価するようにしました。
渡邉:ポイントは、それらのマインドやスキルが全てBJのビジョン(意志ある仲間と広げあう会社に)にリンクしていることですよね。この評価項目は、いわばバリューとも言えるかと思います。BJで営むひとりひとりによってつくり出す会社の姿がビジョンで、それを実現するための立脚点となる指針を評価項目として言語化しているという構造ですね。評価項目を意識して、各自の持ち場で体現していくことでビジョンに近づいていくことができますし、その行動が評価をされるのはスタッフの納得感も得やすいように思いました。
野上:もう一つ大きく変えたのは、全員からの評価を止めたことです。「自分の働きをよく知っている人」という基準で、評価される人が自分を評価する人を3人選べるようにしました。評価される人が選んだ3人とランダムに選出した2人を合わせて、5人が評価するようにしました。
渡邉:BJでは全員がこの制度に沿って評価・給与が決まるんですよね?
野上:はい。アワリー(時給で働く)のスタッフもマンスリー(月給)のスタッフ、店舗で働くスタッフは全員、これを軸に評価と給与が決まります。
「距離感」がキー
渡邉:Co-Mを導入したことによる様々な変化をこれまで聞いてきましたが、整理してみると、Co-Mでうまくいったことといかなかったことの違いは「自分の持ち場からの距離感」の違いにあると思ったんです。
野上:距離感……? 例えば、うまくいったのは「役職をなくしたこと」「ロール・マーケットを作ったこと」「誰もが決められる意思決定プロセスを設けたこと」「プロジェクト推進が始まったこと」などですよね。対して、うまくいかなかったのは「スタッフ同士でゲストバリューを決めること」、それに今回の「スタッフ同士で評価・給与を決めること」。
渡邉:うまくいったことは、自分の持ち場から見えていたセクションのポテンシャルを自分の権限で引き伸ばすことができた、ということだと思います。 BJのみんなはゲストに喜んでもらうための提供価値を高めることを自然と考えられる集団で、それぞれが日々の仕事のなかで伸びしろを見つけることが上手い。一方で、うまくいかなかったことは、少し自分の持ち場から距離感のあること。店舗や会社というメタ視点(俯瞰)や全体視点で考えることに少し熟れていない、ということだと思いました。
野上:確かにそうですね。ゲストバリューや評価制度には、どちらも全体を俯瞰して考える力が要りますね。
渡邉:今後は、店舗や会社を主語にしてより良くするには? をスタッフが考える機会を設けることで、そのメタ視点を養っていくことが重要だと考えています。そうすることで、店舗マネジメントや経営に対する距離感を縮めていくことができると、より自律分散型組織に近づいていきますよね。
組織制度のアップデートに終わりはない
渡邉:色々な壁に当たりながらも、BJは独自の組織制度を突き詰めてきた。Co-Mは今も「マンスリーで更新される」と言っていましたね。苦戦しながらも仕組みのアップデートを繰り返してきたのが、BJの良さだと思います。
野上:課題はまだまだありますが……ありがとうございます(泣)
渡邉:組織づくりというのは終わりがなく、試行錯誤の連続です。目指すビジョンも変わればそのための戦略も変わるように、必要に応じて柔軟に変えていく必要がある。BJは経営とサポートセンターと現場で対話しながら、そのあり方と制度そのものをアップデートしつづけており、その営みこそ自律的な組織をつくりだしていく上で重要ですよね。
野上:本当に、導入してからずっと試行錯誤の連続で……(苦笑)
渡邉:評価制度を始めとする人事制度は組織運営の核とも呼べる部分です。そこをどう模索してきたか、という今回の話は、自律分散型へのBJのこだわりが強く感じられる内容でした。壁にぶち当たっても、一人一人の自主性を尊重しているというメッセージは消さない。その上で、仕組みのアップデートを繰り返してきた。そこが本当に素晴らしいと思います。
◆対談はVol.5へ続きます。
Backpackers’ Japanでは、組織の文化づくりや制度設計に関するクライアントワークをお受けしています。事業成長に伴う組織制度の整備や自律分散型組織への移行など、組織に関する課題感をお持ちの方はお気軽にこちらからご相談ください。