INTERVIEW

「自律分散型」の組織文化から生まれた新規事業。変革5年目の現在地とこれから ─ Backpackers’ Japan・野上 × 組織ファシリテーター・渡邉 Vol.5

自由でフラットな職場を目指し、2017年に「自律分散型」組織への移行に踏み切ったBackpackers' Japan(以下BJ)。独自の組織体制「Co-Management Team(以下、Co-M)」を設けて、以来、細部のアップデートを何度も重ねてきました。

そんなCo-Mの体制づくりと運用を、当初から行ってきたのがBJの野上千由美さん。そして、2020年から外部のアドバイザ―として伴走してきたのが、組織づくりや人材育成に詳しい組織ファシリテーターの渡邉さんです。

これまでの連載では、自律分散型組織へ移行した理由トライアル導入時(2018年8〜12月)のスタッフの反応、また正式導入からの2年間(2019年1月〜2020年12月)の良い変化や、苦戦した評価制度(2018年8月〜現在)を中心に、組織の変遷を振り返りました。最終回の今回は、Co-M導入5年目を迎えた組織体制の現在地とこれからについて。フラットな組織体制が新規事業を後押ししていることや、目下取り組んでいるキャリアプラン設計のこと。そして、それらの先に目指す組織の未来像まで語を交えます。

Backpackers' Japan/Support Center
野上千由美
2015年、Backpackers’ Japan入社。東京を拠点に、社内の組織制度設計やイベント企画運営に従事。2017年末に京都へ移住し、現在は組織制度設計のクライアントワークや採用広報を担当している。

株式会社MIMIGURI
渡邉貴大
規模・業態の異なる複数の組織において、人事やコンサルタントとして業務に従事。チェンジ・エージェントとして組織変革のファシリテーションを実践してきた。現在は株式会社MIMIGURIのHead of facilitationとして組織ファシリテーションの開発実践を行っている。

(企画・ディレクション:なかごみ/取材・執筆:池尾優/撮影:原祥子)

 

自律分散型が新規事業に接続

── 近年、BJでは新規事業の立ち上げが続いています。ホステル事業に加えて、2021年にはロースタリーカフェ「BERTH COFFEE ROASTERY Haru」をオープンし焙煎事業をスタート。2022年には「ist - Aokinodaira Field」とブルワリー&ビアパブ「BEER VISTA BREWERY」がオープンしました。自律分散型の体制が、こうした事業展開に関係していたりするのでしょうか?

野上:それはかなりあると思います。特に、全社のスタッフから事業アイデアを募集し、集まった企画のなかから事業展開が決まったのがロースタリーとキャンプ場です。両事業ともにNui.で働いていたスタッフが、自分で事業案を作り提案しました。

渡邉:そのスタッフは、勤続年数の長いコーチなどだったのですか?

野上:それが、違うんです。特にロースタリーを提案したスタッフは、BJで働きだして2年目のアワリーのスタッフでした。

渡邉:アワリーの方で、それも2年目。立場や経験に関係なく、どんなスタッフにも事業を立ち上げられるほどのチャンスがある。自由でフラットな組織体制が新規事業立ち上げに結実した、素晴らしい例ですね!

野上:それとは別に、BJでは事業アイデアを提案して役員の承認が下りれば新規事業を立ち上げることができる「スピンオフ制度」というのもありまして、ブルワリー事業は、このガイドラインに沿ってスタッフが提案し、始まりました。

渡邉:そうした常時のガイドラインに加えて、必要があれば都度企画を募る。スタッフからすれば、いつでも自分の意見を伝えることができる。そうした積極的な受け入れ姿勢が、スタッフの自主性を高め、発言する空気を醸成するのでしょうね。

3つの定例ミーティングが土台に

渡邉:組織体制を自社に合わせてチューニングし、頻繁に更新しながらも、情報共有や意思決定でのエラーが起きていない点に密かなBJの強みがあると思います。それは、組織基盤としてのミーティング設計にあると思うんです。

野上:確かに、定期ミーティングの種類は結構多いです。各店舗では、日々の小さなやりとりはセクションごとのグループチャットで行うのですが、それだけだと情報共有のメンバーも内容も偏るので、3種類の定例ミーティングを設けています。

月に1度の「セクションミーティング」では、セクションごとのメンバーが集まり月ごとの方針を決めます。そこで決まったことを、各セクションの代表者が集まって店舗全体へ共有・相談するのが「マンスリーミーティング」です。さらに店舗ごとに解決できないことやより広く意見募集をしたい議題は、店舗を横断して四半期に1度行われる「クウォーターミーティング」で話し合われます。

渡邉:各ミーティングで情報を意識的に繋いでいくことで、情報が流れ、意思決定がスムーズに行われるようになっていますね。

野上:情報共有や意思決定が各ミーティングメンバーだけで完結しないように。というのは、ホステルの店舗や新規事業が増えるにつれて、より注意するようになったポイントです。

渡邉:そもそも情報の「パス設計」というのは、組織構造の核でもあります。例えばスタッフ2名なら、そこに発生する情報伝達のパスは1本で済みますよね。それが3人、4人と増えるごとにパスも増え、情報共有や意思決定が難しくなる。一般的な組織構造では、そのパスの回数を減らすためにヒエラルキーが設けられるのです。ピラミッド型になっていれば、パスの回数が少なくて済みますから。では、自律分散型でフラットなBJがどうして成り立っているのか? それは、店舗やセクションの箱に立脚した情報パス設計ができているからだと思います。

流動性の高さがハードルに

野上:ミーティングが重要とのこと、その通りだと思います。ただ、BJのスタッフは基本シフト制なので、こうした定例ミーティングに同じスタッフが出席するのが難しいところがあって。そもそも、日々のオペレーションに加えてこうしたミーティングに時間を割いてもらうこと自体ハードルが高い。飲食や宿泊などの同業者さんでは、Co-Mのような体制をほとんど聞いたことがないんですが、その辺りの難しさも関係していそうです。

渡邉:確かに、自律分散型を取り入れるのに、サービス業ならではの難しさはあるかもしれません。そもそもこうした体制を採用している企業はまだ少数派。サービス業のように元から流動性の高い業種において自律性を尊重しすぎると、そこでスキルや経験を積み重ねて学ぶことが無くなったらたらさようならという感じで、スタッフがますます定着しにくくなるということも起きてきますね。

野上:スタッフの流動性の高さは目下の課題ですね……。そもそもCo-Mは概念としても複雑なので、スタッフが適応し、その良さを感じられるようになるまでに時間がかかります。スタッフの入れ替わりが激しいと、結果的にCo-Mの良さが発揮されなくなってしまう。

個人と経営のビジョンをつなぐ

渡邉:そこは今、まさに野上さんと話し合っている部分ですよね。スタッフの流動性をいかに抑えるか? そのためにはスタッフのキャリアプラン設計や採用に力を入れましょう、と。

野上:これまでBJにはキャリアプランなどはなく、「自分でキャリアを作っていってね」くらいのスタンスでした。というのも、これまでは時代の流れもあり自然発生的に新規店舗の立ち上げが続いてきたところがあって、結果、人事異動などもあって、スタッフ全体に良い循環が生まれていたんです。それがコロナ禍に突入したことでホステル事業が停滞してしまった。みんな行き詰まりを感じて、チャンスやキャリアどころか辞める人も多くて。このままでは人は残らない! という事態になり、たかぴーさん(渡邉さんの愛称)に相談したのでした……。

渡邉:元々BJには、ジョブローテーションをする「エクスチェンジ制度」はあるんですよね。これが生かされていないのはなぜか? というと、キャリアパスのモデルとして敷かれていなかったからだと思っていて。まずは、そこの見取り図を作る部分に着手しています。

野上:コロナの影響で採用もかなり状況が変わって。2022年の後半から徐々に回復してきていますが、コロナ禍入ってからは、だいぶ人が集まりにくくなってしまった。なのでそうした将来のことをイメージできるキャリアプランを、採用時にも伝えられたらと思います。

渡邉:キャリアパスのバリエーションが豊かになれば、「1年後こうなっていたいから、これをする」という方向性を、個々のスタッフがより自律的に見出せるようになります。そうしたスタッフのキャリアビジョンとをBJが描くビジョンを噛み合わせて、3年や5年後、誰がどういうポジションでどんなミッションを担い活躍しているのか? といったレベルまで解像度を上げることができると、一人ひとりの価値を最大限に引き出すマネジメントが可能になる。それができるといいなと思いますね。

野上:長期的なキャリアを描ける状態になれば、スタッフ自身も日々の意思決定を長期的な視野で考えられるようになりますね。

渡邉:2020年の代表交代からBJは第2創業フェーズに入っていて、これまではホステルの店舗を増やしてスケールしてきたところを、異業種含め多角的な展開に踏み出していますね。そんな今改めて、BJの良さって何なの? というのが問われている。それを作っていくのは当然経営陣でもありつつ、自律分散型組織としては1人1人に考える機会が与えられています。日々の事業管理だけじゃなく、組織としてどういう現場を作っていきたいか? 組織として世の中にどんなインパクトを生み出していきたいか? を考え始める人が増えると、BJは本当の意味で次のステージに行くんだろうなと思います。

野上:幅広い事業展開に向けてギアを入れている今、タイミング的にも、長期的なキャリアを描ける人材育成がますます重要ということですね。Co-Mの軸は、1人1人の力にあります。将来的に、1人1人が意識的に組織の未来に目を向けられるようになった時に改めて、Co-Mの良さが最大限に発揮されるように思います……と、希望を込めて。

 

◆対談は今回で終了です。 

Backpackers’ Japanでは、組織の文化づくりや制度設計に関するクライアントワークをお受けしています。事業成長に伴う組織制度の整備や自律分散型組織への移行など、組織に関する課題感をお持ちの方はお気軽にこちらからご相談ください。

Planner / Director

なかごみ

Business Designer / PR として、戦略から実行まで、複数の会社の新規事業開発やコミュニケーション領域に関わる。デザイン会社でのUXデザイナー、アパレルブランドでのコミュニケーション責任者、新規事業責任者を経て、2022年7月よりフリーランスとして独立。好きなお酒は、ビールとワイン。

Editor / Writer

池尾優

編集者、ライター。1984年東京生まれ。大学卒業後、タイのバンコクで現地情報誌の企画・編集に携わる。2010年よりトラベルカルチャー誌『TRANSIT』編集部に在籍。同誌副編集長を経て、2018年に独立。京都在住。

Photographer

原祥子

1985年三重県生まれ。東京でスタジオアシスタントを経て現在、京都を拠点にフリーランスとして活動。物撮り、料理写真、イメージ撮影、ポートレート、ドキュメンタリー取材などジャンルを問わず撮影。光を感じる写真を得意とする。